#032 三体のオーク
2016年5月19日
翌朝、僕は作業道を出て剣を振っていた。
スキルの恩恵のおかげではあるが、我ながらなかなか様になっていると思う。
間合いを調整をしていくと、向かい合う木の幹は鋭利な切り傷でいっぱいになっていく。
僕はメニュー画面を閉じて、一息ついた。
「ずいぶんと、お元気そうですね」
「あ!エナさん。おはようご……」
エナさんが、目の下にクマを作って、不機嫌そうに立っているのを見て、僕は昨日の所業を思い出す。
ぐ。思い出したら急に恥ずかしくなってきた……。
「……ございます」
僕は、赤面するのを堪えながら、なんとか挨拶だけは絞り出す。
「お、おはようございます」
どうやらエナさんもいつも通りとは行かない様子で、挨拶を終えると僕に背を向けてしまった。
逆に、いつもと同じように接されたら、泣いてしまうところだったので、ここは良しとする。
「あの、エナさん。昨日のことですが……」
「は、はい!」
「おう、おめーら早えぇな!
「なんじゃこりゃ、俺が張ったトラップ簡単に解体しやがって!
「意味ねーじゃねーか!
「がはははは!」
がはははは。
また、《毒霧》食らわせてやろうか。
「……エナさん。街に戻ったら時間をください」
エナさんは、コクコクとしきりに頷く。
表情は、僕からは見えない。
おっちゃんが出てきてしまったので、話しは中断。
どちらしても、森を出るまではおあずけだ。
森の中でぼーっとしてると死にかねない。
とりあえず、記憶は封印。
まぁ、記憶喪失の僕が言うのもなんだけれど、とにかく集中して森の調査に当たろうと決める。
とはいえ、朝食の間、隣に座るエナさんをチラチラ見てしまい、目が合って、お互い居心地悪そうにソワソワするような一幕はしっかりとあったのだけれど。
理屈は分かっていても、なかなか割り切れるものではないのだった。
おっちゃんだけは、いつも通りだったけれど。
僕たちは、少し早めに拠点を引払い、森を歩き始める。
これは、居心地が悪かったからではなく、不測の事態に備えたためである。
戦闘に時間を取られて、夜になっても森を抜けられないということも想定しておかなければならない。
森を進んで行くにつれ、生物の気配が強くなって来た。
木の切り傷や、踏み折られた枝。
何かが引っかかって不自然に散った葉っぱ。
それから、足跡も見つかった。
形と大きさから言って、昨日の推察の通り、オークかオーガなどの二足歩行型の中級魔物で間違いないらしい。
もうしばらく進んだ先で、エナさんが急に木に登り始めた。
魔物の気配を察知したようだ。
「前方にオーク。……三体です。なかなか統率のとれた動きをしているようでした」
「三体か。まぁ相手大丈夫だろう」
まずは、固まって身を潜める。
一度やり過ごして、背後から急襲する作戦だ。
同時に、後続の部隊が居ないかを確認する。
戦端を開くのは、エナさんの弓だ。
《弓術》スキルを使ったようで、弓が散開して雨のようにオークへ降り注ぐ。
オークは矢が刺さるまで、攻撃に気付かず、いや、なんなら、刺さっても気付いてない個体も居たが。とにかく感覚が鈍いようだった。
エナさんが続けて弓を放つ。
狙いは比較的ダメージが少ないオークの、その足。
機動力をそぐ狙いだ。
おっちゃんは、戦斧を装備して正面から。
僕は、《活性》の魔術を自分にかけて側面から回り込む。
おっちゃんは、最初の攻撃で最も大きなダメージを負った個体を切りつける。
エナさんの弓が一体の機動力を完全に奪ったのを確認して、僕は今朝の特訓した『武技』を使って、二体同時に斬りつける。
「お前さん、いつの間に《閃》を?」
「この間エナさんに教わって、使えそうだなと思っていたんですよ」
《剣術》のスキルであるところの《閃》は、攻撃範囲の延長と切断属性付与、威力増大の要素を持つ技だ。
《閃》は《斧術》や《槍術》や《盾術》なんかでも同名の技があるほど、汎用性が高い技とされている。
《盾術》の場合は、攻撃に切断の属性付与の効果が顕著に表れるので、特にありがたい技の一つとされているという。
もちろん、本とエナさんからの受け売りだが。
ただし、《閃》はあくまでそれぞれの『術』に帰属する『武技』だ。
《剣術》を持っていないと、剣を使った《閃》は放てないし、《盾術》が無ければ、盾をいくら振っても《閃》は出ない。
今回、おっちゃんが「いつの間に」と言ったのは、いつの間に《剣術》と《閃》を習得するほどの訓練を積んだのか。という意味になる。
普通、『武技』を覚えようと思ったら、まず《剣術》の訓練から始めなければならない。
訓練を終えて、神殿で《剣術》を取得した後、ようやく《閃》の訓練をする。
その修行がある程度形になって初めて、神殿で《閃》を取得可能になる。
神殿で習得できるスキルは、自分の身に付いたものに限られるからだ。
その後も修行は続く。
なぜなら『武技』は、「使えば使うほど熟練度合が増す」と言われているからだ。
これは、『魔術』における詠唱短縮や、コスト低減などに関しても、同じようなことが言われている。
昨夜、僕は、眠れない時間を使ってメニュー画面を弄っていた。
複数の敵を同時に相手取る方法を模索していたのだ。
『魔術』か『武技』のどちらかで迷って、ポイントを振ってはリセットを繰り返していた。
ふと、《閃》にポイントを振ったまま、《剣術》のポイントだけリセットしてみると、《閃》は残り、《剣術》だけが消えた。
もしやと思い、試しに《棍術》を取得すると、木剣からは《閃》を放てるが、黒剣からは放てない。
けれど、《棍術》を外すと、木剣からも黒券からも、なんなら足からも《閃》が放てるということに気が付いた。
『ピコン』
「……あ!メニュー」
しばらく振りだったので、この音がなんなのかすっかり忘れていた。
【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□
いつも、ご利用ありがとうございます。
お客様におかれましては、時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、この度のお問い合わせにつきまして、こちらでは設定ミスではなく、仕様であると考えております。
今後とも、よろしくお願い致します。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
しばらく見ない間にキャラ変わってんじゃねーか。
そもそも、問い合わせなんかしてないよ!
「仕様であると考えます」って、明らかに不慮の事態じゃねーか!
想定外のことが起こっちゃってる場合の言い回しじゃねーか!
『ピコン』
【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□
いやー、今までそんなに自由にステータスいじれる奴って居らんかったんじゃよねー。
だからそれ、だーれも気付いとらんかったんじゃ。
どうせ、他の誰にもできんから、お主のユニークスキルってことにしといてくれ。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
いや、これじゃユニークスキルじゃなくてチートだよ。ていうか、バグだよ。
しかもそんなに便利じゃない。
ちょっとポイント削減できるだけじゃないか。
出せるからと言って、手足から自由に『武技』を出してたら、みんなに不審がられるし。
《欺瞞》を使うにしても、『武器術』を片っ端から取ってたら、それはそれでセオリー無視の頭のおかしい奴になっちゃうよ。
『ピコン』
【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□
ついでに教えとくと、『魔術』や『武技』はメニューからコンフィグできるからの。
範囲や威力の拡大。コストの削減思うままじゃ。
熟練度とか不要じゃの!はっはっは!
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
僕は、メニュー画面から、《閃》のコンフィグを開く。
取得の時に支払った十ポイントを自由に振り分けられるようだ。
項目は『威力』『範囲』『コスト』の三項目。
『威力』は威力だろうし、『範囲』は剣先の延長の度合だろう。
『コスト』はスキルに使う生命力を削減できるらしく、『威力』や『範囲』を上げれば上げるほど、ゲージが増していっている。
試しに『範囲』に極振りして、軽く剣を振る。
今いる採掘場のスペースくらいは全部カバーできそうだ。
大体、半径三メートルくらいなのかな?
次に『威力』極振り……は怖いので、『範囲』と半々に振る。
生命力にはまだ余裕がありそうだ。
これは、余談になるが、僕はメニューからHPのゲージを見られるが、この世界の人はそうはいかない。
自分の感覚か、あるいは神殿で使ったような特殊な用紙が必要になる。
では、まずは軽く。
ホコリは立ったが、壁には届いていないようだ。
もう一歩近づく。
すると、軽く振っただけでも、大きな裂傷になった。
元の位置に戻って、ポイントをさらに《閃》に振り分ける。
五ポイント追加で振って、『威力』に五、『範囲』に十を振り分ける。
『コスト』のゲージは自動で更に増大した。
まぁ、死にはしないだろう。
こうなってくると、一撃撃ったら死ぬ(自分が)究極奥義の《閃》を試してみたくなるが、僕はぐっと堪える。
結果から言って、高威力の《閃》の傷が、この部屋全体に付くことになった。
そんな形で《閃》習得に至ったのだが、僕はその経緯について「昨日の夜と今朝、練習して少し上手くなりました」とだけ言った。
おっちゃんは納得しかねるようではあったが、それ以上は聞いてこなかった。
エナさんがたまに言っている、「体が覚えている」というやつとでも思ってくれたのだろう。
以前の魔物と同じように、三体のオークはボフンと消え去った。
そして、それぞれ一枚ずつカードを落とした。
内容は『オークの肉』が一枚、『オークの皮』が二枚。
ラッシュボアのドロップアイテムと比べると、肉は旨いが、皮は弱いらしい。
ただし、ラッシュボアの毛皮よりも扱いやすい素材だそうで、加工次第では十分な強度になるそうだ。
「まぁ、一流の職人が作ればラッシュボアのほうに軍配が上がるがな」
軍配がって、この世界に相撲とかあるんだろうか。
そう言えば、インテリ眼鏡はちゃんと僕の防具を作ってるんだろうか?
徹夜で頑張ってるとしたら、「ざまーみろ」としか言いようがないな!
結局、僕たちはそれ以上のオークを発見することなく森を出ることとなった。
今回の森でわかったことは、巣食っているのはオークであろうということと、巣は森の西側だろうということ。
しかし、その規模と正確な位置は不明なままだ。
街に戻ると、門の所にヒムロスさんが居たので、少しだけ世間話しをした。
オークの話しはしていいのかわからなかったので、僕からは、自分が冒険者になって、魔法も少し使えるようになったということだけ伝えた。
「森の調査をしてきたが、どうやらオークの巣があるようだ」
周りに人がいないのを見計らって、こっそりとおっちゃんがヒムロスさんにだけ伝えた。
ヒムロスさんは少しだけ驚いたようだったが、小さく「そうか」と言うに留まった。
僕たちは門を抜けて主街区へ。
それから、ギルドへ。
おっちゃんは、インテリ眼鏡と応接室に。エナさんは報告書を上げる為に、ギルドの奥に入って行ってしまった。
僕の方を見て、ちょっと名残惜しそうにしていたのは、たぶん錯覚じゃない。はず。
さて、二人の報告が終わるまで暇だなぁ。
報告が終われば、僕はランクアップの手続きをしなければならないから、忙しくなるんだけれど。
それが終わったら打ち上げを兼ねて、三人で一緒に食事を取る約束もしているし。
僕は、足をぶーらぶらさせて、当たりをキョロキョロと所在なく眺めた。
「ヒグマさん、ダリアさん、こんばんは」
そして、知り合いが居たので、声をかける。
先日衝突した、ヒグマさんと、彼とパーティーを組んでいるたれ犬耳アマゾネスのダリアさんだ。
「やぁ」とダリアさん。
「こんばんは」とヒグマさん。
ヒグマさんはその名の通りに熊のような巨躯の持ち主で、名の通った冒険者だと言う。
しかし、最近は依頼があまりうまく行っていないらしく、それもあってか、先日の騒動の際は、ギルド側から結構厳しい通達が行ったと聞いている。
具体的には分からないが、二人の様子を見るにそれほど気にしてはいないらしい。
そんなことでいちいちアワアワしていたら冒険者なんて勤まらないというところかもしれない。
ヒグマさんには、身長が低い人には少し見下したような言葉を使ってしまうという悪癖があるが、今日は座っているところに話しかけたので、柔和な対応をしてくれているようだ。
「最近調子はどう?
「聞いたところによると、すぐにでもDランクに昇格だって?」
ダリアさんが悪戯っぽくニヤリと笑う。
「そうみたいです。
「おかげで、薬草採取の日々とはおさらばできそうです」
と言っても、ボアの葉の一回しか採取依頼は受けていないが。
しかも、結構いい稼ぎになった。
「あはは。
「確かに駆け出しの時は中々金にならないよね。
「私も、一日一食が精いっぱいだったよ」
「俺もそうだったけど、ダリアと出会ってからはずいぶん楽に仕事ができるようになったな」
「そりゃそうさ、アンタ全然頭使わない猪突猛進だもの」
「ダリアさんがヒグマさんの手綱を握ってるんですね」
「そうそう、そんな感じなんだよ」
「ちょっと!人聞聞きが悪いでしょ!」
こうして話してみると、本当にいい人たちだ。
なんで、最近依頼がうまくいかないんだろう?
「実は、最近はBランクの依頼を受けてるんだ。
「いずれはBランクに昇格したいと思っているから、そのための実績作りなんだけれど、どうやら二人だけではちょっと厳しい感じでね……」
「私も、ヒグマも近接系だからね。
「対応できる依頼が偏っているんだよね。
「空を飛ぶ敵がターゲットだったりするとかなり苦戦しちゃってさ。
「器用な人をパーティーに入れて、色々な事態に対応できるようにしようかって話してたんだ」
「魔術を使えば、対応できるんじゃ?」
「実は、俺もダリアもあまり得意じゃないんだよな」
ふむ。
先日のいざこざで、ヒグマさんはかなりの実力者だとわかっているし、彼のパートナーであるダリアさんだって、弱いようには見えない。
Bランクの壁は高いのだなぁと、あらためて思い知らされる。
「ところで、キミがもし暇なら、私とちょっとやってみない?」
え?何を?
2016年5月19日




