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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
30/42

#030 エナ、謎の少年を語る。その四

2016年5月15日



 不思議なことに、その日はぐっすりと眠ることができました。


 もしかしたら、興奮したりもやもやしたりして眠れないのではないかと思っていたのですが、肩透かしを食らった気分です。


 ヒーリカが、「恋する乙女は、寝る前にベッドの上であれこれ妄想を繰り広げる」と言っていたのですが、何か齟齬があったのでしょうか?


 むむむ。よくわかりませんが、ヒーリカの言い分か私の感情のどちらかに何か間違いがあるようです。


 とはいえ、今日は早起きが必要でしたから、これで良しとしておきましょう。



 昨日はあの後、大変でした。


 何がどうなったのかわかりませんが、ギルド内で大ゲンカが勃発したのです。


 下手人は巨躯で有名なCランク冒険者のヒグマ氏とFランクの少年。


 後者はつまり、彼のことですが。



 ずいぶん長めのお説教をしたつもりですが、結局、彼は挑発の理由を話しませんでしたね。


 何か嫌なことを言われたのか、それとも別の理由があるのかわかりませんが、支部長の事といい、彼は喧嘩っぱや過ぎますね。


 今後もしっかり釘を刺していかなくてはいけません。



 私は、エルダさんの家に向かうべく、身支度を整えます。


 今日は森の探索に出かけるので、お弁当作りのためです。


 エルダさんには昨日の夜、許可を頂いてキッチンを貸していただくことになりました。


 おそらくキッチンだけでなくお知恵も拝借することになると思いますので、食材以外にもお土産を買って行きましょう。


 野菜は少しでもいいものを買えるように、重さや形に気を付けます。



「エナ、いらっしゃい」


 買い物を終えて伺うと、すぐにエルダさんが出てきてくれました。


 お土産の焼き菓子を渡すと、その場で食べ始めます。


 エルダさんはとても成人した娘を持つ母親には見えない若さと美貌の持ち主で、それはいまだに健在の様子。


 紫の艶のある髪と口元の色っぽい黒子もさることながら、部屋着の胸元はちきれんばかりです。


 私は、エルダさんのコレについては、羨んだり恨んだりするのは時間の無駄だと、すでに諦めていますね。



 さて、料理に取り掛かりましょう。


 彼は、先日食事をした時、煮物の定食を選んでいました。


 なので、今回のお弁当では煮物をメインに据えたいと思います。


 煮物は、根菜を細かく切った煮しめと、旬の芋を使った煮っ転がしと、酸味が爽やかな牛ホルモンのトマト煮と、トリと大根の照り煮の全四種。


 お弁当ということもあるので、今日は煮汁の少ないタイプの煮物を作ります。


 時間が無いので、野菜はなるべく細かくカットして火の通りを良くします。


 それぞれお鍋に入れて、調味液と一緒に煮ていきます。


 コンロが足りないので、勝手口を出て、外に魔術でコンロを作り、そこで四つの鍋を火にかけます。


 最初は中火、それから弱火です。



 次に焼き物です。


 お肉にスパイスをすり込んでタコ糸で縛ってオーブン焼きにします。


 フライパンで腸詰を焼いて、卵は煮物の時に残ったトマトでトマトオムレツにしましょう。


 揚げ物は、パン粉を使わずにフリッターにして、串に刺したら食べやすいでしょう。


 おっと、煮物を見に行きます。


 この辺りで一度火を止め、魔術を使って少し冷やします。


 トマト煮込みだけは勝手が違うので、火を止めるに留めます。


 しばらく放っておいて、またあとで温めましょう。


 最後におむすびです。


 すでに炊いてあるご飯と作り置きの具材は、お惣菜屋さんで買ったものです。


 手抜きで申し訳ないのですが、お米を炊いている時間が無いので許して欲しいです。


 ウメ干しとシソの実の漬物、それから山海老のつくだ煮はちょっと奮発しました。


 空いた時間にたまごのそぼろと、肉みそを作ったので、これで色々なおむすびを作れます。


 もう一度、煮物に火を入れてから、おむすびを握り始めます。



「~~~♪」


「エナ。ご機嫌ね。」


「そうですか?」


「んん?自分でわかってない?鼻歌なんか歌っちゃってるけれど」


 言われてみれば、そんな気もします。


 意図せず、恥かしい思いをしてしまいました。


 こういう時は、ごまかすに限りますね。


「味見してみてもらえますか?」


 エルダさんは野菜のフリッターをつまんでポイっと口に入れました。


「うん。おいしい。よく揚がってる。

「これをおいしくないなんて言うやつが居たら、私がシバいてやるから連れてきなさい」


「……大丈夫です。彼はなんでもよく食べますので」


 エルダさんは私をキュッと優しく抱きしめ、そして、慈愛の笑みを浮かべます。



 急に何でしょうか?


 エルダさんの美貌でそんなことをされると、同性の私でもドギマギしてしまいます。



「エルダさん?」


「いや。娘の巣立ちを見送るようなさびしい気持ちになっただけ」


「娘さんなら、エリーゼちゃんがいるでしょう」


「いいの!エナも私の娘なんだから!」


 エルダさんはいつも私にそういうことを言ってくれます。


 エリーゼちゃんも私を慕ってくれていて、本当に家族の一員になったみたいに思ってしまうのです。



 けれど、その後、私は一人で寮に帰って、とても寂しくなってしまいます。


 いつか私にも家族ができるのでしょうか。


 旦那さんと子供にこんな風にお弁当を作ったりするのでしょうか。



「それにエリーゼは今一人旅中なんだよね」


「え。エリーゼちゃんまだ十五歳になったばっかりじゃ?」


「うん。成人した途端飛び出してった。あはは」


 あはは。じゃありません。


 通りで最近見かけないと思ったら。



「大丈夫、大丈夫。北の砂丘は超えないように言ってあるから」


「東の山脈は?」


「……もしワイバーン狩ったら、素材は山分けと言い含めておいた」


「危ないです!なんてこと!」


「だいじょぶ、だいじょぶ。

「さすがに挑んでいかないって」


 そうでしょうか?彼女の性格を考えると、行くところまで行ってしまいそうですが。



 私は出来上がったおかずとおむすびをお弁当に詰めていきます。


 出来上がったお弁当はアイテムボックスに。


 後片付けをして、残ったおかずとおむすびはエルダさんが食べてくれるというので、渡します。


 なんとか間に合いそうですね。



「エルダさん。今日は朝からすみませんでした」


「いいよ。おすそ分けいっぱいもらったし、久しぶりに顔見れてうれしかった」


「……ありがとうございます」


 なんだか、エルダさんは少しさびしそうです。


「あの、ドルフさんが気にしてましたよ?」


「んん?まぁたまにはお互い羽を伸ばした方がいいんだよ」



 そうなのでしょうか。


 私にはよくわかりません。



「また来ます」


 それだけ伝えて家を後にしました。


 私に何かできることはあるでしょうか。



 集合場所はギルド前ですが、彼の装備品を受け取るために、支部長室へ立ち寄ります。


 ひとまずブーツからとのことで、持ってみると、魔物のドロップアイテムが材料だけあってとても軽いです。


 支部長の様子を見るに、あまり寝ていないようですが、大丈夫でしょうか。



 と、少し遅くなってしまいましたね。


 お二人はもう着いているかもしれません。


 私は、待ち合わせ場所に到着し、辺りを見回します。


 ……はて、集合時間ギリギリでも、まだ来ていないなんて珍しいです。


 もうしばらく待ちましょう。




 ……まだ来ません。


 何でしょうか。モヤモヤします。


 折角、張り切ってお弁当を作ったのに、人の気も知らないで。という思いでしょうか。


 少しくらい遅刻しても平気な女だと思われている、というところが不満なのでしょうか。


 はたまた、何かあったのかもしれないと不安だからでしょうか。



 自分の気持ちがよくわかりませんが、準備を万端に整えた上で、待ちぼうけを食わされている私は、傍から見たらどう見えるのでしょう。


 ちょっと優しくされたからといって、簡単に信用してホイホイ食事について行ったり、仕事で依怙贔屓をしたり、甲斐甲斐しくお弁当を作ったり。


 なんだか、馬鹿みたいではないですか。



 おいしいと言ってもらえるか心配するくらいなら、手料理なんて振る舞わなければいいのに。


 私は、何をしているのでしょう……。


 エルダさんのさびしそうな表情が思い出されます。



 一人で家にいると寂しくなるなら、一緒に居ればいいのに。


 一人で寮に帰ると寂しいなら、会いに行かなければいいのに。


 それでも、会いたいと思ったり、わざと距離を置いてみたり、喜んでもらえるかわからないお弁当を作ったりするのですよね。



 何だか、無性に腹が立ってきました。


 どうして私が待っていないといけないのです!


 ドルフさんもあんな人の為に世話を焼いている暇があるなら、早くエルダさんを迎えに行くべきです!


 このモヤモヤはもう、全部怒りということにしてしまいます。


 彼が来たら、思いっきり不機嫌に拗ねて見せて、困らせてやることにしましょう。



 それから少し待つと、ようやく二人が姿を見せました。


 奴隷商館から出てきたのは気のせいでしょうか……?



 彼は私を見つけると、走ってやって来ます。


 そしてすぐに謝るので、とてもずるいです。


 しかも子犬みたいな表情で、まるで許さないと私の方が悪いような気持ちになってしまいます。



 しかし、昨日私は学びました。


 すぐに謝るのは彼の処世術なのです。


 一切の口答えをしないことで、怒られる時間を短縮しようという浅ましい思考です。


 今日は簡単には許しませんよ!



 私は道中、何度も何度も同じような内容でグチグチと怒ります。ネチネチと苦言を呈します。



 普段は人当たりがいいくせに、肝心なところで相手を怒らせてばかりいるところ。


 誰にでもすぐに甘えて、取り入れば何とかなると思っているところ。


 相手のことを気遣うふりをして、少し距離を置いていることも見ていればわかります。


 それなのに、急に私の懐に入り込んできて!そういうところは好きじゃありません。


 いえ、他の部分も好きなところは無いですが!


 むしろ嫌いなタイプの人ですが!


 ……いえ、嫌いは言い過ぎですが、とにかく今まで周りにいた人の誰とも異なる、よくわからない感じが、ソワソワさせるのです。



 むむむ。どうも話が脱線しますね。


 考えがまとまりません。



 きっと、朝ごはんを食べていない所為ですね。


 早くご飯の時間にならないでしょうか。



 食事です!


 しかし、私は、「早くご飯にしたい」と言ったことを取り消します。


 考えてみれば、私はこのタイミングでお弁当を出さないといけません。


 どうしましょう。


 やめてしまいましょうか。


 でも、それは流石に……協力してくれたエルダさんとドルフさんに申し訳が立たないし……。


 あぁ、勢いでお弁当なんか作るんじゃなかった。


 こんなに怒っていたのに急にお弁当を出して、「あなたの好きそうな煮物を入れました」なんて言えるわけがありません。


 情緒不安定か、さもなければ「おいしい」と言うように脅しているみたいではありませんか。


 あぁ……こんなつもりではなかったのに。



 でも、考えてみれば、私はどんな顔をしてお弁当を差し出すつもりだったのでしょう。


 あくまで、食卓の賑やかし程度のつもりだったと言えるでしょうか。


 否。断じて否です。


 私は、「あなたの為に作りました」と言うべきでしょうか。


 いや、決してそんなことはありません。


 このお弁当はあくまで三人前。


 一人で食べるには多すぎます。


 でも、一人で食べてくれて、おいしいと言ってくれたら、私は……。



 ハッ!いけません。


 でも、どうすれば。



 おや?彼の姿が見えません。


 どうやら、水を汲みに行った様子。


 水汲み?飲み水なら魔法で出せばいいのになぜ?



 どうやら、ドルフさんの計らいだったようです。


 ドヤ顔というのでしょうか、正直言って、鼻につきます。



「ドルフさん。

「エルダさんのことですが、いつも通り元気そうでしたよ」


 ちょっと嘘の報告をしておきます。


 だって、ここで寂しそうだったなんて言ったら、もっと調子に乗るでしょうから、これでいいのです。



 私は敷物の上に手早くお弁当を設置します。


 ドルフさんの位置から、私が座る場所をうまく決めれば、自ずと彼はお弁当の前に座るでしょう。



 ふふふ。計算通りです。



「よし!食おうぜ!いただきます!」


 ドルフさんの号令には、多分に空元気が含まれていますね。


 いよいよ、彼が、お弁当に手を伸ばします。


 じーっと、一挙手一投足に注意を払います。



 あ!食べました!


「んー!んまい!」と言って次々に頬張っていきます。


 山海老の佃煮には少し難色を示したようですが、後は概ね平気な様子です。


 出来れば、私が作ったことを伝えて直に感想を聞きたいところですが、今日の所は控えましょう。


 私の精神への負担が大きいようですし。


 さっきから少し、心音がうるさいのです。



 しかし、よく見てみると彼は肉みそのおむすびを気に入ったようですね。


 確か、こっちのたまごそぼろをまぶしたおむすびは、肉みそだったはずです。



「これを」


 私が手渡したおむすびを、彼は笑顔で頬張ります。


 本当に子供のようですね。



 私は、彼が食べる様子を見て、ようやく気持が落ち着いて、安心して食事ができるようになりました。


 彼は、朝お弁当を買いに市場に行っていたらしく、色々なお惣菜を勧めてくれました。


 特に勧められたピクルスと鳥のスパイス焼きは絶品でした。


 彼は、市場での出来事を私に教えてくれます。


 聞けば聞くほど、彼が色々な人と会話をしたのがわかります。



「……あなたは、誰かと仲良くなるのがとてもうまいですよね」


 気付けばそんなことを言っていました。


 私は何を言っているのでしょうか。


 彼も困ったような表情をしているではありませんか。



 私は撤回と謝罪をして、食事に戻ります。


 けれど、なぜでしょう。


 何だか急に景色が色あせたように感じてしまいます。


 夢から覚めて、現実に直面したような。

2016年5月15日

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