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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
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#029 エナ、謎の少年を語る。その三

2016年5月13日



 一度見送った男が、すぐ目の前で愛想笑いを浮かべています。


 よくよく考えれば、彼とはあくまで仕事上の付き合い。


 受付カウンターを隔てた、この距離感が適正というものです。


 何やら、順番を譲って私の所になるように調整なさったようですが、本来そういった行為はご法度です。



 ……今回だけは多めに見ますが、いつでも許されるとは思わないことです。



 私は、今ある依頼を説明しつつ、吟味を進めます。


 彼の言葉を信じるなら、ステータスは悲惨なレベル。


 いくら戦闘のセンスがあっても、低ランクの依頼ではあまり用を成しません。


 そんな中、彼が選び取ったのは『ボアの葉の採取』。


 低ランクを対象としている中では、確かに高効率な依頼ですが、これはステータスが結果に直結するタイプの依頼です。


 ボアの木の性質上、膂力が足りなければ、葉は一枚も手に入らないのです。



 まぁ、そうは言っても、これは失敗しても違約金がかかるような依頼ではないので止める理由もありませんね。


 もし、失敗してもそれはそれでいい経験になるでしょう。


 ……彼なら、他の方法で何とかしてきそうな気もしますが。



 私が依頼受注を受理してから、五時間が経過します。


 そろそろ日も落ちて暗くなるころですが、彼はいまだに戻りません。


 葉が取れないからと言って、無理な行動をとっていなければいいのですが。



 何やら、森ではラッシュボアが目撃されたらしく、ギルド内は騒然としています。


 対処を誤らなければ、大きな脅威では無い魔物ですが、中型種ともなれば何が起こるかわかりません。


 私も、そちらの対応に追われているので、受付でじっと待機というわけにはいきませんが、彼はまだ戻っていないのでしょうか。



「ドルフさん」


 来客の気配に振り返ると、やって来たのはドルフさんでした。



「おう、エナの嬢ちゃん。ドルクから使いが来たんだが、ラッシュボアだって?」


「はい、そのようで。

「あの、ところで彼を知りませんか?

「今日はボアの葉を採りに昼ごろ出かけて行ったんですが」


「ん?そりゃまたタイミングが悪かったな

「だがまぁ、あいつなら大丈夫だ。

「心配すんない」


「そう、ですね……。

「ところで、あの、エルダさんに相談があって、今晩伺ってもよろしいですか?」


「あー」


 ドルフさんが言い淀むなんて、よほど間が悪かったようですね。


「お忙しい……ですよね。

「こんな時にすみません。

「誠に失礼いたしました」


「いやいや、そうじゃなくてだな。

「今ちょっと家出中でな、あいつの都合がわからねーんだ。

「ほんでも、まぁ大丈夫だと思うから、悪ぃんだが、直接行ってみてくれねーか?」


「はぁ。わかりました。」


 ついでに様子を見て来いということなのでしょうね。


 本来なら私が口を出すことでは無ありませんが、少し様子を見るくらいならいいでしょう。


 これが初めてというわけでもないですし。


 というか、ここのところ、割と頻繁に家出している気がします。



 その後すぐに、彼がギルドに戻って来ました。


 私は、彼の持ってきたパンパンの袋を見て、心配するだけ損だったと反省をします。



 顔に泥なんかつけて、まるっきり子供じゃないですか。


 私の心配も知らず、そんなニコニコして。


 私は、忙しいのを押して葉っぱを一枚一枚数えます。


 もちろん、持ち込んだ冒険者の目の前でです。


 まさか一度で百枚を超えるほどを持ち込むとは。


 まったくどうやって取って来たのか、底が知れない人です。



 私は、葉を裏へ持ち込み、換金作業を行います。


 仕事としては面倒なものですが、これだけの葉を持ち込んだとなれば注目の的。


 少しだけ誇らしくも思います。


 もちろん、私の実績ではありませんが、彼は私の担当冒険者ですから。



 私は、精査のタイミングで支部長に簡単な報告を上げます。


 簡単な報告書を書いて、出た精査の結果を添付して提出です。


 支部長も、ラッシュボアの件で席を空けているようですね。



 私が、急いで受付に戻ると、不意に彼に呼び止められます。


 何だかよくわかりませんが、嫌な予感がします。


 というか、嫌な予感ししません!


 なんですかその笑みは!?


 行きたくない!行きたくない!行きたくないです!



 抵抗も虚しく、私は、応接室に連行されます。


 話しを聞いてみれば、結局私にも関係がある内容でした。


 だからと言ってあんまりです。


 今までの対応が水の泡ではないですか。


 急な事態に多くの人がてんやわんやしているのに、何も知らない子供が事態を収拾してしまっているなんて。


 今度は一転、その事後処理に追われる羽目になります。


 魔物を討伐して文句を言われる冒険者なんて彼くらいのものでしょう。


 支部長とも何やら丁々発止やりあっているし。


 あなた、支部長に睨まれていいことなんか一つも無いんですからね。


 そういう所、本当に子供なんですから。



 私の仕事は、少しでも冒険者とギルドの間に軋轢が無いようにすることなのに。


 彼はそれをわかってくれていないのでしょうか?


 さっきもちょっと怖かったですし、私に嫌味を言うなんて……。


 けれど、彼に黙って情報のやり取りをしていたのは事実。


 考えようによっては、相手の信頼を損なうような行為だったかもしれません。



 いいえ。今はそこで悩んでいる場合では無いはずです。


 ちゃんと説明すれば、きっとわかってくれるでしょう。


 それより、今の私はギルドの職員としてここに居るのです。


 そして何より、彼に請われてここに居るのですから、自分の出来ること、やるべきことをしっかりしなければ。



 結局、話はしかるべきところに落ち着きました。


 私はその中で、彼を精査するという名目上の業務と、確実に状況を確認するという使命を負って森へ発つことに。


 久しぶりの実戦ですが、がんばります!



 応接室を出ると、彼が私に声をかけました。


 私は、情報を支部長に上げていた手前、気後れしてしまいます。


 しかし、ここは胆力の見せ所。


 ギルドの一員として毅然とした態度を取らねばなりません。



 あ。ドルフさんは行ってしまいました。


 いざというときは間に入っていただきたかったのに、予定が崩れました。


 何やら急に心細くなってきます。



「おかげでいい方向に話しがまとまってくれました」


 彼は言いました。


『おかげで』とは、私が情報を支部長に横流ししていた『おかげで』それを逆手に取って、話しの主導権を握れたということでしょうか。


 それとも、余計なことを言わないようにと、暗に釘を刺しているのでしょうか。


 どちらにしても、信頼関係は崩れてしまったようです。


 私は、それを修復しなければなりません。


 これは、あくまでギルドの仕事として必要なものであると。


 でなければ、私は、私は……。



 私が何か言い繕おうとすると、また彼が口を開きます。


「エナさん。さっきも言いましたが、僕はエナさんにいつもお世話になっています。

「短い付き合いではありますが、エナさんの真面目で仕事熱心なところをとても尊敬しています」


 あぁ、彼は仕事熱心という言葉で、私の融通の利かなさを揶揄しているのですね。


 私は、「融通が利かない」と常々言われてきただけに、頷かざるを得ません。


 もしかしたら、もっといいやり方があったのかもしれません。


 ヒーリカだったら、冒険者の不都合は隠した上で、必要な情報だけをギルドに伝えたりできていたかも。


 それが、出来ていれば彼に嫌な思いをさせなかったのでしょうか。



 しかし、その時彼はこう言いました。


「ですので、僕みたいな不審者にはしっかり首輪をつけておくことをお勧めします。

「ギルドだって、エナさんが僕の手綱を握っていると思えば安心でしょう。

「すでに、手遅れな感がありますが、なるべくエナさんに迷惑がかからないようにしますから、許してください。

「そんなわけで、僕の情報は今後とも、あのインテリ眼鏡に渡してもらって一向に構いません」



 もしかしたら、私があまりに情けない顔をしているのでフォローを入れてくれたのかもしれません。


 それに、あの支部長を『インテリ眼鏡』なんて呼び方する人は初めてです。


 でも、考えれば考えるほど、ピッタリなあだ名です。


 私はつい、笑ってしまいます。



 彼は、そんな私を見て、安心したような表情。


 もしかしたら、文句を言われているというのは、私の勘違いだったのでしょうか?


 そう思うと、なんだかとても安心して、力が抜けてしまいます。



 彼は、本当に私の仕事熱心な所を好いてくれているでしょうか。


 あ、いえ。『尊敬』でしたね。



 私は今まで、『融通が利かない』点を、冒険者の方や同僚など多くの人に揶揄されてきました。


 それは、本当にその通りで、私は真面目だけが取り柄の人間です。


 時には、そのせいで上手くいかなかったり、人と衝突することもあります。


 ですが、私はそれを直したいと思ったことは一度もありませんでした。


 それは、規律に従わなければ生きられない子供時代があったからだと私は思っています。



 私は幼くして両親を亡くし、物心つくころには、神殿が経営する施設で生活をしていました。


 沢山の子供がいる中で、わがままは誰も言いません。


 そうでなければ、みんなで生きていくことはできなかったでしょう。


 とはいえ、決して堅苦しいばかりの辛い生活などではなく、みんなで楽しく暮らしていたように思います。



 施設の子供たちは、勉強も頑張ってしました。


 自分を鍛えなければ、施設の外に出て生きていくこともできません。


 私は、住居と給与と安全性の面から、商業ギルドか冒険者ギルドの職員を目指しました。


 結果的には、商売より戦闘に向いていたらしく、冒険者ギルドに就職しました。



 私はそうやって今まで生きてきたのです。


 規律を守ることでみんなと仲良くすること。


 一生懸命頑張って目標を達成すること。


 今は、施設の卒業生と会う機会もありませんが、彼らも同じように生きているでしょう。



 だから私は、何を言われても、それを後悔するつもりはありません。


 ただ、私たちが施設で培った考えをわかってもらえないのは少しさびしいです。


 そんな中で、彼は私の『仕事熱心』を褒めてくれました。


 それは、私の生き方を丸ごと肯定してもらったようで、とてもうれしかったのです。



 だから私は、このとき、生まれて初めてわがままな思いを胸に抱いてしまいます。


 それは、何があっても彼を放したくないという想い。


 だから私は、笑顔の中に精いっぱいの気持ちと意趣返しを込めて、こう言います。



「手綱をしっかり握っておきます」と。

2016年5月13日

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