#028 エナ、謎の少年を語る。その二
2016年5月11日
朝です。
どうやって説明したら一番わかりやすいか。
彼の最初の依頼は何にするか。
それから、なぜ私はこんなに彼のことになると悩んでしまうのか。
答が出ないまま、朝になりました。
いえ、全く寝ていないわけでもないのです。
しかし、うつらうつらとしてくる度に彼の声が聞こえたり、姿が浮かんだりするのです。
心霊現象でしょうか。
今までそういった物は全く信じていなかったのですが、宗旨変えした方がいいでしょうか。
私は結局、熟睡を諦めて外へ出ることにしました。
身支度を整えて外へ。
今日は商業区画で買い物をして、食事も同僚に勧められたお店に行ってみましょう。
「あれは……」
あの人がギルドに入って行く後ろ姿が見えました。
私はすかさず後に続きます。
とはいえ、正面から入れば注目を集めすぎるので、急いで裏へ。
「あれ?エナちゃん今日遅番だったよね?」
「少し所用で」
同僚たちが不思議そうにしていますが、今はそれどころではありません。
私は彼にしっかり伝えたはずです。
明日の私の勤務は午後からだ。と。
それを知っていて、なぜ朝からギルドに来るのです!
私のことが気に入らないのなら、昨日の段階ではっきりそう言うべきです!
裏から受付を覗きます。
対応しているのは……ヒーリカさんですね。
むむむ。何やら楽しげですね。
どうやら資料室に用事があるようです。
そう言えば、私は資料室の案内もしていませんでしたね。
仕方ありません、これも私の説明不足。
案内は私がして差し上げましょう。
「ヒーリカ、お疲れ様です。そちらの方、資料室はこちらです」
なんですか、ヒーリカのそのすべてわかっているとでも言いたげな表情は。
それから、受付でエナちんと呼ぶのもやめてほしいものです。
ともかく私は彼を資料室へ連行します。
あ。今、去り際にヒーリカを一瞥しましたね!
私が資料室へ案内をすると、彼はすぐに調べものに取り掛かりました。
こういう、真面目さには好感が持てます。
しかし、ヒーリカと仲良くしていたのを、私は忘れていませんよ。
さて、私はどうしましょうか。
資料室は基本的には解放されているので、私が見張っている必要もないのですが。
ふと以前読んでいて、途中で止めてしまった本を見つけました。
折角なので、読んでみます。
えーっと。
ジョージ、ジョン、ジョニー、ジャック。
誰が誰か思い出せないので、初めから読むことにします。
…………。
……。
はっ!?……どうやら寝ていたようです。
私としたことが。
彼は、わき目も振らずに調べ物のようですね。
気付かれていないようで良かったです。
真面目な表情は、凛々しくて良いですね。
はて、私は本を机に置いたでしょうか?
記憶が定かではありません。
もしや彼が……?
私は彼に視線を戻します。
じー。
彼は視線に気づいてしまったようで、こちらに笑顔を向けます。
困惑するので急に笑顔にならないで欲しいです。
確認すれば、そろそろいい時間のようですし、食事に行きたいところですね。
わざわざ別々にするのも難でしょう。
……。
あれ、良い言葉が見つかりません。
急に食事に誘って迷惑じゃないでしょうか。
もしかしたら、ドルフさんが用意してくれているかも。
もし、そうだったら私まで一緒にドルフさんの家でお呼ばれでしょうか?
いえ、意味が解りません。
その場合は、やはり別々で食事でしょう。
でも、彼の事です。
気を使って誘ってくれるかもしれません。
そうなれば、断るのも申し訳ないです。
ですが、私はそんな迷惑をかけるつもりでは……。
私が色々と考えていると、彼の方から昼食に誘ってくれました。
ご馳走してくれるという言葉を聞いて一安心。
どうやら、ドルフさんの家には行かなくて済むようです。
予算を聞いて、お店を提案しようとすると、彼に「お手柔らかに」と言われました。
まったく、失礼な話です。
予算にあった昼食処を提案することに定評のある私に向かってなんという言い草でしょう。
少々の舌戦の後に、彼の所持金の範囲で最もボリュームのあるところに決めて、提案をします。
まぁ、いつもの社員食堂なのですけれど。
あのお店の味を知っている彼が、許容できればいいですが、大丈夫でしょうか。
特に問題無かったようです。
きっと当たりメニューだったのですね。
私の経験上、今日は焼き物が外れメニューと思われます。
トカゲは、新鮮なものを上手に調理しないとおいしくなりません。
ここの調理師さんは決して料理下手ではありませんが、店の特性上、丁寧な下ごしらえや複雑な調理工程は行いません。
なので、大雑把な料理にはおいしい物も多いですが、一方で外れメニューと言われる物も少なくないのです。
私のとんかつは、まぁまぁですね。
基本的に、煮物は前日に仕込むので、当たりの確立が最も高い料理なのです。
しかし、彼はとてもおいしそうに食べますね。
私は表情が乏しいので、気持ちではおいしいと思っていてもなかなか相手に伝わりませんから、うらやましいです。
おっと、じっと見過ぎたようです。
煮物のおすそ分けをくれるという運びになってしまいました。
……狙ったわけではありませんが、結果オーライと言えますね。
え。「あーん」?
やめてください!他の人に、み、見られる!
私は、急いで小皿を取りに向かいます。
多少強引に列に割り込み、小皿を手に入れました。
後半の食事は、味がよくわかりませんでした。
なぜか、彼は私が食事する様子を密かに見ているのです。
気を使っているのか、チラチラとしか見ないのですが、そういう視線に女子は敏感なのです。
なんでしょう。彼が煮物で私が揚げ物というチョイスに問題があったのでしょうか?
デートのとき、女性がガッツリしたものを食べると、嫌な気持ちになる男性がいる。と同僚の子が言っていた気がします。
彼はそういうタイプでしょうか……?
って!これはデートではありません!
それは危険な危険思想です!
私は気を取り直して、本来したかった仕事の話をします。
彼は聡いので、簡単に話すだけでも十分に理解してくれます。
加えて、何故か魔王の存在について興味を持ったようです。
私も伝説にはそれほど詳しくないので、多くは答えられませんでした。
今後の為に、少し調べるようにしましょう。
私は食事を終えて、食堂を出ます。
食器は本来なら自分で片づけるのですが、彼が持って行ってくれました。
申し訳なく思います。
それ以前に、なぜ今日私は、彼に食事をごちそうしてもらったのでしょう。
冷静に考えれば、彼にはずいぶんと礼を欠いた行動を取っているように思います。
他の人に対して、こんな失礼をしたことは無いのですが……。
せめてものお礼に、「ごちそうさまでした」にしっかり気持ちを込めます。
別れ際、お弁当について聞かれました。
冒険者はその職業柄、昼食を取るのが難しいことが多いです。
お弁当というのは、悪くない選択肢だと言えるでしょう。
……お弁当。お弁当ですか。
出来れば私も、お昼はお弁当に切り替えたいのですよね。
職員食堂の定食には当たり外れがありますし、栄養のバランスのこともあります。
そうなれば、まぁ一人分を作るのも二人分を作るのもそれほど手間は変わらない。と俗に言いますね。
実際はそうとも思えませんが。
あぁ、しかし、それ以前に調理場が無いのでした。
むむむ。
私は、お弁当の調理場について思いを馳せます。
その間、何やら会話をした気がしますが、あまり覚えていません。
けれど、今ほど名前が出たエルダさんに頼るのはいいかもしれません。
たまにお邪魔して、ご飯を作らせていただく代わりに、少し持ち帰らせてもらうなんてどうでしょうか。
以前、仕事を終わってから家事をするのが大変だと言って居られましたし。
あれ?けれどその家には彼もいるわけで、そうなれば同じご飯が二日連続になりますね。
むむむ。上手くいかないものです。
そんな考え事をしていると、彼に背中を押されます。
正確には肩ですが。
そういうところは如才ない方です。
もし、背中に触られていたら回し蹴りを放っていたかもしれません。
おっと、こんな時間でしたか。
そろそろ、仕事に行かねばなりません。
楽しい時間はあっという間ですね。
……楽しい時間?
私は、彼との時間を楽しいと、過ぎていくのが惜しいと思っているのでしょうか?
遠ざかって行く彼の背中を見送りながら、考えます。
最近、考え事が多くなってきた気がするのは、気のせいでしょうか。
2016年5月11日




