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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
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#027 エナ、謎の少年を語る。その一

2016年5月9日



 その日、私はひどい寝不足でした。


 訳あって、昨日はずいぶん残業をしてしまったのです。


 しかも、一番大事な仕事には手を付けられないという始末。


 ドルフさん、報告はどうしたのでしょうか。


 困りました。



 ドルフさんがようやくギルドに現れた時、私はちょうど休憩から戻ってきた所でした。


 依頼の件で、すぐにでも声をかけようと思ったのですが、何やらお連れが居られる様子。


 初めて見る方だったので、ついそちらに注目してしまうと、次の瞬間には彼らは人ごみに呑まれていて、私の視点から姿を消しました。



 しばらく様子を見ていると、その人ごみから誰か抜け出たのが見えました。


 予想よりずいぶん小柄だったので、よくよく見てみると、それはまだ子供でした。


 十二歳位でしょうか、男の子か女の子か判断がつきにくいですが、綺麗な黒髪をしています。



 私は自分の鉄さびのような髪色が嫌いなので、ああいう髪には憧れます。


 まぁ、私が髪を黒染めしたところで、到底似合わないでしょうが。



 それにしても、依頼掲示板をずいぶん長く眺めています。


 あ。動きました。


 と言っても、隣の掲示板へ移っただけですか。


 まだ、登録もしていないのに討伐依頼のチェックをするとは、危険な思想の持ち主かも知れません。


 気を付けておいてあげないと、すぐに死んでしまいかねませんね。


 そろそろ、声をかけましょうか。



「こちらにはどのような御用で?」



 私が、声をかけると彼は少しためらいがちにこちらに向き直りました。


 こうやって近くで見れば、男の子だとわかりますね。



 新規登録をするというので、窓口に案内をして、登録用紙に必要事項を記載してもらいます。


 記憶喪失とは、不憫なことですがこちらも仕事、割り切って接しなければなりません。



 しかし、名前が無いのはともかく、武器が木剣、特技が投石とはどういう冗談でしょうか。


 あくまで身分証代わりの登録なのですよね?そうと言ってください。


 せめて、名前があればギルドの登録記録から何かしら記憶回復の役に立つ情報を差し上げることができたかもしれないのに。


 この人はなんだかとても心配です。もやもやします。


 せめて直に実力を測る場があればいいのですが。



 そこで私は思い至ります。


 Fランクの認定試験ということにすれば、彼の実力がわかるではありませんか。


 普段なら男性冒険者の相手は男性の職員にお願いしてしまうところですが、今回は私がお相手をしましょう。



 え?なぜ断るのですか!受けてください!


 ここは眼力に頼ります。


 断られないように圧力をかけましょう。



 ドルフさんやヒムロスさんの名前を出して、何とか説得します。


 エルダさんの名前を出したところで、ようやく折れてくれました。


 何やら、エルダさんについて余計なことを言ってしまったような気もしますが、それどころではありません。



 私たちが競技場へ向かうと、なぜかたくさんの冒険者さんが集まってきました。


 なぜ彼はそんなに人気なのでしょうか?


 と、思ったらすごいヤジられています。


 嫌われ過ぎでしょう!?生意気なのですか!?


 しかし、これではあまりにひどい。


 試験ができる状況ではありません。


 沈静化を図ります。



「声援などはお控えください。余計なお世話ですので」



 よかった。場は収まりました。


 ちゃんと言えば、意外とわかってくれるものです。


 少しばかり棘のある物言いを『毒舌』と呼ぶ、というのはエルダさんの教えです。


 私では扱いきれない難しい技術ですが、兎にも角にも、こうやってしっかりと言葉にして伝えるのは大切なことですね。



 いざ、試合開始です。



 ……力を推し量る間もなく、あっという間に負けてしまいました。



 それどころか、危うく醜態をさらす所を庇ってもらう始末。


 結局、彼の実力は、はっきりとはわかりません。


 しかし、彼の動きは全く無駄が無く、攻撃の動作に対する反応も上級者のそれでした。


 記憶が無くなっても、体は覚えているということなのでしょうか。



 となると、彼は元々かなりの達人であった可能性があります。


 少し、いえ、かなり悔しいですが力の差は歴然。


 彼をFランクで登録し直しましょう。



 去っていく彼を見ていると、不意に目が合ってしまいました。


 彼が余裕の笑みを浮かべるのが悔しくて、その場を立ち去ります。



 カードを渡す時も、ぶっきらぼうな態度でカードを渡してしまいます。


 負けず嫌いはいいけれど、いつまでも引きずってはいけないとエルダさんからも苦言を呈されていたのに……。



 彼は、受け取ったカードを興味深そうに眺めています。


 日に透かすように掲げ持った時、その表情はどこか大人びて見えました。


 記憶喪失になってなお、冒険者として生きて行くというのは並大抵の覚悟ではありません。


 きっと、強い覚悟の下ここにやって来たのでしょう。


 そう思うと、私は突っかかるような真似ばかりして、何と愚かでしょうか。



 私が後悔をしていると、彼は知ってか知らずか急に私を食事に誘ってくれました。


 確かに、こんなに幼い子供が入会してすぐにFランク昇格というのだから宴会にもなるでしょう。


 すでに、ギャラリーだった冒険者の皆さんも乗り気のご様子。



 しかも、会場はあのお店!



 ここは、個人的な付き合いではなく、あくまでギルド職員の務めとして、出向く必要を感じます。


 次の瞬間には参加の旨を伝えてしまっていました。


 まぁいいでしょう。


 久しぶりにあのお店に行けるとは!胸が高鳴ります。



「エナちん、今日はもう帰っていいよー」


「ヒーリカ。エナちんはやめてください」


 私をエナちんと呼ぶのはヒーリカただ一人です。


 私より一年先輩ですが、気さくに接してくれる友人です。


 融通が利かない私のことをいろいろと気にかけてくれるのですが、呼び方はなかなか改めてくれません。


 今日のお仕事は日没までの予定だったはずです。


 終わるには少し早いです。



「昨日も遅かったんだし、今日はこれから予定あるんでしょ」


 ヒーリカの情報通は今に始まったことでは無いので、どこで聞いたのかを不思議に思うようなことはありません。


 そして、彼女がこう言ってくれている以上、私がどう言っても仕事を替わってしまうでしょう。


 ここは、素直に言うことを聞いて、今度お礼をするのが吉です。



「お言葉に甘えて、失礼します」



 しかし、このままだとちょっと早く着いてしまいそうです。


 あまり楽しみにしていたと思われても業腹なので、一度寮に戻って身支度を整えてから行きましょう。



 工業区は入り組んでいるので、少し迷ってしまいます。


 特にあのお店は、場所がわかりづらいことで有名です。


 なんとかたどり着くと、店内ではちょうど乾杯のタイミングのようです。


 ここで入って行って中断してしまっても悪いので、少し時機を見計らいましょう。


「乾杯」の声に合わせて、私も小さく「かんぱい」と唱和します。


 将来有望な冒険者が現れたのは、アインの街やギルドにとっても良いことです。


 あくまでギルド職員の立場からFランク昇格にお祝いを申し上げます。



 お料理のいい匂いがしてきて、私は我慢ができなくなります。


 控えめに、ゆっくりドアを……ドアを……あ。


 立てつけが悪かったのか、結構勢いよく開けてしまいました。


 注目されて恥かしいです。



 そんな中、彼はかわいらしい笑顔を浮かべて、私のところへやって来ます。


 その姿は、どこか弟たちを思い出しますね。


 けれど、彼の案内は意外と紳士的で、私は彼に勧められるがままに注文をします。


 そう言えば、登録時の申請によれば、彼は十四歳なのでしたね。


 私とは二つしか違いません。


 弟たちと一緒にするのも失礼でしたね。



 いえ、だからどうということも無いのですが。



 ただ、私はなんとなく恥ずかしくなって、それを隠すかのようにお料理に手を伸ばします。


 うわー。すごくおいしい。


 このお店は一人で来るには敷居が高くて、エルダさんやドルフさん達としか来られません。


 だから、今日は久しぶりにここのお料理が食べれて幸せです。



 むむ。この人なかなか食べますね。


 あ!私が狙っていたお肉を取りました!


 負けられません。


 何か、言うことや聞くことがあった気がしますが、それどころではありません。


 飲み物のおかわりを注文し、スイッチを一時、食事モードへ切り替えます。



 もぐもぐもぐもぐもぐ。


 もぐもぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。


 もぐもぐ。

 もぐ。



 いやはや、すっかりお腹いっぱいになりました。


 やはり、社員食堂のメニューではこうは行きませんね。


 彼もなかなかの健啖家のようですがまだまだです。


 昔は、よくこうやって取り合うように食事をしたものですが、最近はいつも一人なのですよね……。



 食後に、彼と戦闘技術について話しをします。


 聞けば確かに、理に適った戦略。


 思ったより冷静な判断力を持っておられるようです。


 しかし、スキルについての知識は乏しいようで、まぁ記憶が無いのなら当然とも思いますが、そのあたりの話しには興味が尽きないようですね。



 おっと、そろそろいい時間なので帰ることにしましょう。


 送るという申し出は丁重に断ります。


 寮で知人に見つかれば、何を言われるかわかりません。


 何か、言うべきだと思うのですが、上手く言葉が出ません。


 らしくもなく、もにゅもにゅ言って店を出ました。



 帰ってすぐ、お風呂に入ります。


 寮のお風呂は部屋ごとではなく大浴場なので、決まった時間内でないと入ることができません。


 昨日は、ギルドでシャワーを浴びただけだったので、今日はゆっくり湯船に浸かりましょう。



 少し、遅くなってしまったので、あまり人がいませんね。


 手足をゆっくり伸ばして軽くマッサージをします。


 今日は、軽く戦闘をしたので、足の辺りは少し念入りに。


 おいしいご飯をいっぱい食べてしまったので、お腹の肉をつまんでみます。



 まだ大丈夫、まだ大丈夫、まだ大丈夫、まだ大丈夫、まだ大丈夫、まだ大丈夫……。


 エルダさんに習った魔法の呪文です。


 もちろん、あまり信じていません。


 寮の食事は雑把なので、栄養管理は気を付けたいところです。


 たまには、お弁当にしたいですが、作る場所がありませんね。


 この辺りは、ギルドの福利厚生の不行き届きと言えるでしょう。


 男性職員はそれでいいかもしれませんが、私たち女性職員からすると、ちょっと不満です。



「エナちん。飲み会どうだった?」


 おっと、ヒーリカです。


「ヒーリカ。仕事の方ありがとうございました。おかげさまで間に合いました」


「なら良かった。

「でも冒険者さんから食事に誘われて行くなんて珍しいんじゃない?

「いつもならバッサリなのに」


「そう言われればそうですね。

「あまり考えていませんでした。

「しいて言えば迷惑料を徴収した。くらいに考えていたように思います」


「ふーん」とヒーリカはいやらしい笑みを浮かべました。


「でもやっぱりそれって特別扱いよね。

「迷惑っていうけれど、大変そうなら別の人に対応を任せちゃえばよかったじゃない?

「試験だって、普段なら男性職員がやってるでしょう?

「一緒に食事したことも合わせて、特別扱いが重なるとやっぱりみんな気になるんじゃないかなぁ」



「え。えっと……」


 私は二の句が継げなくなります。


 不用意なことをしてしまったでしょうか。


 しかし、彼のことは有望な新人としてすでに支部長の所まで情報を上げています。


 私が今後も担当するようにと支部長も言っていました。



「えっと、えっと……」


 どうしましょう。


 担当を外れるべき?


 食事も、もう行かない方がいいのでしょうか。



「エナちん?大丈夫?」


「大丈夫です。大丈夫。ですが、ちょっとわからなくなってしまって……」


「そう?彼のことをつい特別扱いしちゃったり、担当を譲りたくないって思ったりしてるんだよね?」


「はい。それは、そうです」


「じゃあとりあえずはそうしたらいいんじゃないかな。

「他の受付の娘たちには私がうまく言っといてあげる」


「ありがとうございます」


「そのかわり、なんで特別扱いしちゃうのかが解かったら私に教えてね」


「わかりました。

「ギルドの職員としての守秘義務に抵触しない限りはという制限を設けさせていただきますが、考えがまとまったら教えましょう」


「ふふふ。

「真面目だなぁ、エナちんは。

「じゃあ楽しみにしてるよん」


 ヒーリカは言い残して出て行きました。


 なんだか、モヤモヤするので、脱衣所ではヒーリカに会わないようにもう少し待ってから出ましょう。



 無事、部屋に戻ることができました。


 ずっと仕事をしていた所為か、ずいぶん長い一日だったように思います。


 しかし、思い出すのは彼のことばかり。


 不思議です。



 彼には、明日は午後からお仕事だと伝えてあります。


 本当は服務規定に違反するのですが、まぁ私は彼の担当なので業務連絡ということでよいでしょう。


 ……これも、特別扱いだったでしょうか。


 ヒーリカの言っていたことが思い出されます。


 なぜ、こうも特別扱いしてしまうのでしょう。



 明日は、午前の内に必要な仕事をある程度片づけて、午後からは対応に集中するようにしましょう。


 あ。いやいや、そこまでする必要もないですかね。


 あ。でもでも、今日は本当はもっと説明しなければならないことがあったはずです。


 ランクのことも全然説明できていません。


 私としたことが、これは大失態です。


 やはり、午後からは彼への対応に集中する必要がありますね。


 最初の依頼には、いい依頼をおすすめしたいですし。



 明日にはまた、彼が来るはず。


 明日こそ、しっかり対応しましょう。


 ……上手くできるか、心配になってきました。

2016年5月9日

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