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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
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#025 森を探索する

2016年5月5日



 森に入ってからも、足の調子はとても良い。


 平原よりも歩きやすいと錯覚できるほどだ。



 加えて、腰に光る新しい武器が、僕の気持ちを高揚させていた。


 僕は、先ほどを以て木剣を卒業したのだ。


 新装備は、おっちゃん謹製『黒鉄のブロードソード』。


「本格的な森の哨戒を前に、木剣では心許ない」と、おっちゃんが言ってくれた物だ。


 どことなく弟への対抗意識が透けて見えるが、そのあたりの心意気も含めて、鞘に入った剣をありがたく受け取った。



 抜いてみれば、黒鉄と言うだけあって刀身がわずかに暗い。


 それに、ブロードソードというだけあって、木剣に比べると刀身の幅が広い。


 振ってみると当然ながら木剣よりも重い。


 しかし、バランスは木剣の時と寸分違わないので、同じように扱うことができそうだ。


 店売りの数打ちだとおっちゃんは言っていたが、事前にしっかり調整してくれていたのだろう。



 さっきのお弁当のことといい、各方面からのサービスがずいぶんと行き届いている。


 まさか、死亡フラグじゃないだろうな。


 背筋にうすら寒いものを感じた僕は、改めて気を引きしめる。



 それにしても森は相変わらずの静謐だ。


 僕たち三人は、おっちゃんを先頭に進んだ。


 僕とエナさんは横並びで、左右と背後の警戒にあたるというフォーメーションで、その道程には概ね問題が無かった。



 少なくとも、僕はそう思っていたのだが、川沿いに進んだ森の真ん中辺りで、おっちゃんが口を開く。



「何も居ねぇ。居なすぎる」


「そうですね。もうずいぶんと進んできましたが……」



 本来の目的で言うと、ラッシュボアが居ないことを証明できればいいのであって、何も居ないのなら、それはそれでいい。


 とはいえ、ここまで進んできたのは川沿い。すなわち水場を辿って来たのだ。


 魔物はともかく、野生の猪や鹿なんかの獣は居ないとおかしい。


 元々の予定では、異常がないことを報告すれば依頼達成。


 報酬として僕がランクアップをして終わるという話しだったはずが、どうにもきな臭くなってきた。


 とはいえ、看過するわけにもいかない。



「また、ゴブリンが巣を作ってる……?」


「いや、ゴブリンはでかい獣は狩れねぇ。

 兎くらいならともかく、鹿なんかが見当たらねぇのはおかしい」


 そうなのか。まぁ、あの遅さじゃあなぁ。



「しかし、ラッシュボアが集落を作ると言うのは考えづらいです。

「そうなると、オークかオーガでしょうか」


「オーガだったらかなりマズイが、あれほどの個体はそう簡単には生まれねぇ。

「可能性としては、オークを考えておいた方がいいな」


「オークって結構賢いんだよね?」


「あぁ、群れを作って集団戦闘出来るくらいの知能がある。

「規模によっては長を立てて、統率がとれた動きもする」


 おっちゃんは眉間に皺を寄せる。


 ただでさえ厄介な魔物が、統率のとれた集団戦闘ができるならかなり厄介だ。



「どうしますか?このまま進みますか?それとも……」


 エナさんが、控えめに撤退を進言する。



「進む。最悪でも巣の場所を見つけられなければ、街に帰っても策が立たん」


「了解しました」


 おっちゃんは街でも腕利きの冒険者だし、ここで引いたところで、結局また森を探りに来ることになる。


 それなら、自体の収束まで少しでも時間を節約するべきだ。



 エナさんも、それはもちろんわかっているのだろうが、どこか心配そうだ。


 そして、その心配は主に僕に向いているようだった。


 僕はこの三人の中で最弱なので、心配についてはごもっともなのだが、街に被害が及ぶ可能性を考えれば僕にも退く気は無い。


 出来る限り足を引っ張らないようにしなければ。と、密かに気合を入れる。



 日はまだ高いが、気温は少しずつ下がってきたようだ。


 森林特有の冷たい空気が頬を撫でる。


 さっきまでは心地よく感じていた空気が一変、何か恐ろしいことを暗示するかのようにじっとりと湿っているように感じ始めていた。



 しばらく進むと、エナさんが徐に弓を構えた。


 どこからともなく取り出した弓をつがえて、弦を引く。


 おっちゃんが姿勢を低くしたタイミングで矢を放つと、矢は森の奥へと吸い込まれ、ドサリと言う音とともに止まったようだ。


「繭蜘蛛のようです。

「粘性のある糸で巣を張ります。

「巣には獲物を絡め取る特性があるので、周りに注意してください」



 エナさんの言うとおり、警戒しながら進んでいくと、でかい蜘蛛が一体ピクピクと痙攣している。


 頭にしっかりと矢が刺さっているところを見れば、生きてはいないだろう。


 体毛は無く、つるんとしている。


 どことなく甲殻類っぽい。


 スベスベマンジュウガニ?



 おっちゃんは棍を振りおろし、頭をしっかりと潰した。


 確実に死んだのを確認し、《アイテムボックス》に放り込む。


 《アイテムボックス》に生物は収納できない。


 これで一安心だ。



「巣は無ぇか?」


「……付近には見当たりませんね」


「となると、どっかから逃げて来た可能性が高ぇな」


 蜘蛛は、基本的に罠を張って狩りをする。


 罠とはつまり巣のことで、それが同時に蜘蛛自身の身を守ることになる。


 その最大の武器が近くに無いということから、ここにやってきて間もない。


 即ち、逃げて来たという推察は成り立つのだろう。



 しかしエナさん、すごい腕前だ。


 敵の探索に関してはおっちゃんより優れているようだし、弓矢の腕前も一級品。


 念の為におっちゃんは蜘蛛の頭を潰したが、エナさんの弓による一撃で、すでに息絶えていたように思う。


 一〇〇メートル位離れていたのに、驚くべき威力だ。


 先日の試験が、弓もありのルールだったら、まず勝てていなかっただろう。



 エナさんの弓は、小ぶりだが凝った作りになっていて、いろいろな素材が組み合わさっている。


 その方が、単純な木製の弓より威力が高く、飛距離も長いのだそうだ。


 少しだけ借りて引いてみたが、柔軟で弾性に富んでいて、力少なに引くことができた。


 どうやら、おっちゃんと奥さんのエルダさんの合作であるらしいのだが、二人は現在プチ別居中。


 この弓も、心なしか物悲しく見える。



 もうしばらく進むと、今度は緑殻蟻という虫。


 緑色のデカい蟻だ。


 デカいと言ってもホーンラビットくらいでしかないが、硬い甲殻と怪力には注意が必要だ。



 緑殻蟻もやはり群れではなく、単体のはぐれものだった。


 蟻の甲殻は矢を通しにくいようなので、おっちゃんと僕で打撃、および牽制を行う。


 捕まらないように気を付ける。


 目的のポイントまで誘導したら、エナさんが木の上から狙撃。


 見事に甲殻と甲殻の間のむき出しになっている部分に命中させた。


 後は、止めを地上の二人で刺した。



 これは、群れで出て来られたらかなり厄介だ。


 エナさんは狙撃で対応できるし、おっちゃんは甲殻をかち割ることができるけれど、僕にはどちらも難しい。


 触覚や足をそいだり、エナさんのように甲殻の継ぎ目を狙っていくしかなかった。


 僕は対多数戦闘の経験が浅いから、もし、オークが群れているのであればそれは不安材料になる。


 何か対処法を考えておくべきだろう。


 今のところ、魔術が一番有望か。



 森の中なので、正確な時間はわかりづらいが、ずいぶん奥まで進んできたように思う。


 もうじき、作業場の岸壁が見えるだろう。


 そこまで行くと、今日の探索は終了ということになる。


 この森は、アインと隣の港街であるサフランとの共同管理地となっているので、僕たちが調査を行うのは東側の半分だ。


 西側はサフランのギルドで何かしらの方法を取るのだろう。



 ここまでの行程では、森の四分の一を蛇行しながら進んで来た。


 帰りに違うルートを蛇行して行けば、アイン側の管理地は隈なく捜索したということになる。



 間もなく作業場の岸壁が見えてきた。


 あの辺りは、以前のゴブリンからわかるように、巣を作りやすい場所がいくつもある。


 集落が形成されている可能性を考えれば、一息つくにはまだ早い。



「よし、もうひと頑張りだ。

「作業場と採掘道内を端までチェックしていくぞ」


 僕と、エナさんはその指示に頷く。


 油断している者はいない。


 僕たちは神経を尖らせて探索にあたった。


 しかし、結果は異常なし。


 森全体で見れば異常事態が発生しているのだから、調査結果は芳しくないと言える。



 おっちゃんが言うには、オークはゴブリンと違って外敵が少ないから、どこにでも巣を作れるのだそうだ。


 ここに無いからと言って安心はできない。


 これは推測になるが、前回討伐をしたゴブリンたちは、何かに追われてここに逃げて来たのではないだろうか。


 そうなれば危険なのはこちら側より、西側ということになる。



 この世界の魔物は、自然が有する魔力である『オド』というエネルギーから生まれる。


 特に森林は平原と比べてオドが多いので魔物が生まれやすい。


 だが、オドでは魔物は育たない。


 食べ物として、人間が体内に持つ『マナ』が必要なのだ。


 だから、人間は出来るだけ森には近寄らない。


 もし、大量人間が魔物に殺され、大量のマナを魔物が接種すれば魔物はどんどん強くなる。


 しかし、全く近寄らなければ、魔物は数が減らずに増え続け、やがて氾濫。


 平原や市街地に入り込んでくる危険性がある。



 そこで、中級以上の冒険者が必要になる。


 彼らの主な仕事は、被害なく魔物を間引くことなのだ。


 だから、駆け出し冒険者は魔物の討伐や魔物の素材を集めてくるような依頼を受けることができない。


 社会的に、安全マージンを確実に取るような仕組みが施工されているのだ。



 今回の場合、アイン側の森にはほとんど魔物が居らず、魔物の間引きは正常に行われていると言える。


 対して、サフラン側の森はどうかと言えば、こちらは少し怪しいと言わざるを得ない。



 これは、必ずしもサフランの冒険者たちの怠慢ということでは無く、立地の性質による部分が大きい。


 サフランは、海に面しており、海産物に関わる商いを主な財源にしている。


 内陸の街であるアインで、高級ではあるが海産物が手に入るのはサフランとの商売のおかげなのだ。



 そして、海の魔物は一体一体がかなり強い。


 数は多くないが、海で魔物に出会ってしまうとかなり分が悪い。


 人間は、船の上で、船を守りながら戦わなければならないので、漁の度に多くの戦力を割かなければならない。


 もし、漁師が多く死ねば、魚を獲る技術を持つ者が減り、漁獲が減る。


 サフランの街の経済は立ち行かなくなるだろう。


 街にとっての必然性と危険性の度合いから、海に関する仕事の方が報酬も大きくなるので、森の依頼は手薄になりやすい。



 今回の森の異常状態が、西側にできたオークの巣に起因するのであれば、手薄であろうサフランの戦力に頼り切るわけにもいかない。


 討伐時には、アイン側からも戦力を送ることになるだろうというのが、おっちゃんの立てた予想だ。


 加えて、サフラン周辺では先日まで天候が荒れていたという。


 そうなると、天気の回復した今、漁の為に冒険者が出払っている可能性もある。


 サフランからの戦力がゼロということも視野に入れなければならない。



 日は完全に沈んで夜になり、今日の分の探索は打ち切る。


 拠点を、前回使った場所とはまた別の、もう少し広い採掘道に作る。


 ここは、川から一番近い作業場なので、人が集まりやすく、採掘道が多岐に渡って掘り進められているのだそうだ。


 なので、今日の寝床は一人一部屋。



 夕食は道中に狩った蜘蛛を食べた。


 最初は、かなり抵抗があったが、諦めて口にしてみるとカニを食べているような感じだった。


 捌いて、焼いて、岩塩を振っただけだが、それは思いのほかうまかった。


 醤油をかけてもうまかっただろうが、醤油はこの世界では結構な高級品。


 冒険のお供には過ぎた品だ。


 僕らは塩味の足を数本食べて、食事を終えた。



 さて、食事を終えるとやることも無い。


 暇を持て余していると、おっちゃんが言った。


「今日は風呂を入れるか」



 ……なん、だと?

2016年5月5日


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