#024 ピクニック、出発
2016年5月3日
僕らは、その足で集合場所であるギルドの前へと向かった。
予定時間をちょっとオーバーしていたので、エナさんはご立腹だった。
遠目に見ても、怒りのオーラが黙視出来るレベルで、激おこぷんぷん丸である。
この言葉も、直に死語になりそうなので使うのを控えたいところだが、なんかもうぷんぷんして丸くてかわいいので、いいか。
「ドルフさんが遅刻するわけありません!
「原因はあなたですね!」
そうです、正解です。
「本当にすみませんでした!」
道中、必死に頭を下げる。
一日一度の制限がある土下座を使うには、まだ日が高い。
エナさんはいつもの制服姿ではなく、冒険者装備で身を固めていた。
狩人のようなスタイルで、布と革素材の防具を身に纏っている。
スカートではなく、ショートパンツにタイツで防御力を高めている。いろいろな意味で。
極めつけに、羽のついた帽子をかぶっていて、これがとても似合っていてかっこいい。
しかし、そういうことを言うのも許されず、おっちゃんが宥め賺すような形でなんとか出発した。
街を出る段階になっても、エナさんはどこか気を張って、ぷりぷりしていた。
ヒムロスさんを探したが、今日は非番とのこと。
柔和な彼が居れば、少しは雰囲気が和らぐかもしれないと思ったのだが、残念。
ちなみに、他の番兵さんたちは、少しも役に立たなかった。
彼らは迅速に通常業務を行い、僕たちはほぼ素通りのように門を出た。
平原では、おっちゃんは警戒するという名目で、前方の少し離れたところにいる。
が、それ絶対ウソだろ!
チラチラこっち見んな!
いずれ、この恨みは晴らすぞ、おっちゃんよ。
僕たちは、川沿いに森を目指して進んでいる。
森に入る前に食事休憩を取る予定で、もうじき予定の地点だ。
「よし、もう森も目前だし、休憩を入れよう」
僕は待ってましたと、早速準備に取り掛かる。
ここまでずっとエナさんのお説教タイムだったので、かなりしんどかったのだ。
インテリ眼鏡への態度に始まり、大男との喧嘩に、今日の遅刻。
確かに、怒られる内容には事欠かないとは思うし、悪いのは僕なのだけれど、もう一時間も怒りっぱなしだ。
僕はすぐにエナさんから距離をとり、おっちゃんと協力して敷物を敷いた。
それから、清流に水を汲みに。
ちょっと口にしてみると、きれいでおいしい水だった。
それ程冷たくは無かったけれど。
水差しいっぱいに水を汲んで戻ると、準備はすっかり済んだようで、所狭しと食べ物が並んでいる。
これじゃ本当にピクニックだな。と思うが、特に文句があるわけではない。
あれ?僕が買った覚えの無いお弁当があるな。
なんか、僕の座る位置を計算されていたかのように、そのお弁当が目の前にあるんだけど。
ていうか、それ以外の食べ物が、手の届く範囲に無いんだけど!?
「あの、この状況は一体……?」
「よし!食おうぜ!いただきます!」
「……いただきます」
「い、いただきます……?」
僕はおっちゃんの勢いに圧されるようにしてお弁当に手を伸ばす。
なんか右からエナさんの視線をすごい感じる。
肌に刺さるような感覚に未だかつてない危機感を覚える。
なぜだ。
そのお弁当は三段構えの大きなお弁当だ。
蓋を取って、一段目には行楽弁当の一般的なおかずが。
二段目には四分割されて、それぞれ違う煮物が。
三段目には色とりどりの丸いお結びが十六個かわいらしく並んでいる。
僕は、食器かごから取り皿と箸を選んで、煮物から箸をつけた。
「んー!んまい!」
根菜類にはしっかり味がしみていて、ホクホクしたりとろとろしたり色々な食感が楽しい。
対して、インゲンなどは色味が美しく、シャキシャキとしている。
甘じょっぱいもの、甘辛いもの、酸っぱいもの、こってりしたもの。
豊かなバリエーションの煮物が、飽きさせない。
おむすびも、オーソドックスな白に、梅干しの赤、シソの実の緑、たまごの黄色で色づけされていてかわいらしく、どれもうまい。
アインでは、魚介は高価なので、海苔やエビなんかは使われない。
じゃあこのエビっぽい佃煮はなんなのか。
市場で、虫の佃煮に似たようなのがあったような……。
残す訳にもいかず、食べてみれば意外とイケるもので、結局それほど気にならず食べてしまった。
もし、いたずらだったら最悪につまらないリアクションだったと言える。
おむすびの中でも、肉みそのものは特に絶品だった。
なんの肉か、材料は相変わらずわからないけれど、ついつい手が伸びてしまう。
色と中身に法則性は無く、バラバラだったので外見では見分けがつかない。
肉みそ狙いなのだが、どれだろう。
どれもうまいから、まぁいいか。僕がそう思って箸を伸ばすと、隣からエナさんの声がかかる。
「これを」
エナさんが僕に取ってくれたのは、黄色のおむすびで、中身は肉みそだった。
「このお弁当、とってもおいしいです。
「エナさんも一緒に食べましょう。
「このままだと、全部一人で食べてしまいそうです」
「いえ、私は」
「そうですか?
「じゃあこれ食べてみてください」
「酸っぱいの大丈夫ですか?」
おっちゃんの前にあった揚げ物を没収してエナさんに渡す。
八百屋さんの自慢のピクルスも。
エナさんはいつもお昼は揚げ物にしてると言っていたから、きっと喜んでくれるはず。
ピクルスは、ちょっとお高良いものを選んだので、ぜひエナさんに食べて欲しかった。
「はい。いただきます」
傍から見れば、僕が余計な世話を焼いているように見えるだろうが、実はエナさんの箸が進んでいないのがずっと気にかかっていたのだ。
「あんまりお腹空いてなかったですか?
「朝ごはんは外で食べること、事前にお伝えできずにすみませんでした。
「もしかしたら、エナさんは朝ごはん済ましてるから、お腹いっぱいかもしれないとは思ってたんですけれど」
「いえ、私は朝からお腹いっぱいになるほど食べません。
「それに、外でご飯を食べることについてはドルフさんから聞いていましたから」
「そうでしたか、じゃあ遠慮なく食べてくださいね。
「これと、これもどうぞ」
やっぱり、エナさんには事前に伝えてやがったか。
おっちゃんの前から、お惣菜を没収。
そこには最早、おっちゃん作の塩むすびしかない。
「おい。こら」
さすがに物申してきたので、いくらか取ってくれてやる。
やむを得まい。
「これ、おいしいです」
エナさんの好みに合うものがあったようだ。
「あぁ、鶏肉のスパイス焼きですね。
「今日は南のお店で買ったんですよ。
「気のいいおばちゃんが売り子で、ちょっとおまけしてくれました。
「惣菜は、店の奥で寡黙なおじさんが作ってるんですが、そのスパイスは自家製の秘密の調合なんですって」
そこのおばちゃんはよくしゃべる人だったので、鮮烈に覚えていた。
「……あなたは、誰かと仲良くなるのがとてもうまいですよね」
エナさんは箸を止めて言った。
さっきまでおいしそうに食べていたのに、急にどうしたのだろう。
僕が、不思議に思っているのに気付いたのか、エナさんは少しこっちを伺い見る。
「いえ、なんでもないです。
変なことを言いました。すみません」
僕が何か言う前に、食事に戻ってしまった。
僕たちは、お弁当をすべて平らげ、片づけに移った。
いやいや、あの量をすべて平らげるとはどういうことだ。
考えてみれば、僕やエナさんは言うまでもなく、おっちゃんもかなりの大食いなのだ。
かなり多めに買ったつもりだったが、まぁ荷物にならなくて良かったと言うべきか。
総菜屋の入れ物は、おっちゃんとエナさんが魔法で焼却処分した。
僕は、三段構えの弁当箱を出来るだけきれいに洗って、シートに置く。
それから、自前の食器を洗うのに、もう一度川へ。
僕が戻ると、シートなどは全てきれいに片づけられて、出発の準備が整っていた。
お弁当箱の収納先は、わからない。
出発前に、エナさんは自分のアイテムボックスから、ブーツと靴下を取り出した。
僕が、その様子を見ているのに気付いたようで、ちょっと不満げに近づいてくる。
「これは、支部長からです
「防具は間に合わなかったけれど、サンダルで森を歩かせるわけにはいかないから。と」
なるほど、インテリ眼鏡にしてはいい仕事だ。良きにはからえ。
しかし、エナさんにパシらせるとは、調子に乗ってるな。
「それと、これは私からです。
「靴ずれするといけませんので、念の為」
黒いブーツは、まるで鉄板が入っているかのような硬さだが、それにしてはずいぶん軽い。
これが魔物の素材を使った防具の性能。ということなのだろう。
要するにブーツは素材を譲ってくれたおっちゃんのおかげだ。
エナさんがくれた靴下は無地だが伸縮性が高く、履きやすい。
色味を見るに、ブーツを受け取ってからわざわざ買いに行ってくれたに違いない。
ブーツなんだから、靴ずれなんてまずないだろうに。
それでも、素足にブーツはちょっと嫌だったので、とてもありがたかった。
エナさんは本当に気が利く優しい人だなぁ。
「いつもお気遣い頂いてありがとうございます。
「ブーツもわざわざ届けていただいて申し訳ありませんでした」
「いえ、まぁ本当に森にサンダルで向かうとは思わなかったです」
「でも、これ、足首までしっかり固定されているので、結構歩きやすいんですよ」
「そういう問題ではないと思いますが」
そうなのか?
どっちかというと、草原を歩いている時の方が、草で足を切らないか心配だったんだけど。
僕は、エナさんの靴下と、ラッシュボアのブーツを装備する。
では、しゅっぱーつ。
と、歩き出したところでエナさんの言っている意味がよくわかった。
すごく歩きやすい。
履いてみると、サンダルより軽いんじゃないかと思うほど、足に負担が無い。
足にぴったりフィットして、底も柔軟だ。
こうなってくると、幼女神が寄越したサンダルはなんだったのだ。粗悪品か?
どうりで、初日の森歩きは疲れるはずだ。
おっちゃんはBランクだけあってステータスもさることながら装備もしっかりしている。
僕は、ステータスが低いのに、足元もサンダル。
森を舐めているんだろうか。
よくついて行けたな、あの日の自分。
とにかく、エナさんのおかげで装備が充実し、僕らは森へと挑むのだった。
ところで、このブーツと靴下。
集合した時点で渡してくれても良かったんじゃないですかね?
2016年5月3日




