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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
23/42

#023 黒髪ショートの猫耳奴隷少女

2016年4月30日



「猫耳もふもふで可愛いかったんだよ!」


 僕がそう言うと、おっちゃんはすごく嫌そうな顔をした。


 なんと失礼な。


 黒髪ショートの猫耳奴隷少女と言えば、ネット小説業界の至宝。


 絶対、仲間に引き入れるべき存在だ。



「お前さん、面談で落選だと思うぞ……」


「まぁ、それならそれで仕方ないよ。

「きっといい人が買ってくれるんだろうしね。

「それより、あの娘元気が無いっていうか、覇気が無いっていうか……」


 彼女はずっと俯いていて、そして無表情だった。


 元気がなかったり、泣いているなら、不思議には思わないけれど、どこか思いつめたような感じで、危うさを感じた。


 自分が、こうして奴隷になったのは当然のことだと思っているような、諦め、諦観、そして達観。



 子供がしていい表情ではないと思う。


「そりゃそうだろ。奴隷になって喜ぶような奴はいねーよ」


「会ってみればわかると思うよ。なんか気づいたら教えてよ」



 僕とおっちゃんは、奴隷商館へ向かった。


 途中、ギルドの前を通ったが、エナさんはまだ来ていないようだ。


 約束までまだ一時間近くあるし、当然か。


 スムーズに事が運べばいいんだけど。



 奴隷商館は、冒険者ギルドからほど近い場所にある。


 客商売をする商館にしては、人目を惹かない地味な外観だ。


 商売の特性上、大ぴらに豪奢にはできないのだろう。



 商館の裏手には、奴隷を収監して監視する施設がある。


 そして、その監視は騎士団の仕事なので、騎士団の詰め所と奴隷商館と監修施設はどこの街でもセットで、隣接して建てられるのだそうだ。


 騎士団の詰め所は見えない。


 街の外壁と同じような高い壁に、監修施設と一緒に囲われているからだ。


 しかし、同じような壁でもその二つの壁の意味合いは正反対だ。



 すなわち、人を入れないための壁と、出さないための壁の違いである。


 それは、僕の感傷に過ぎないのだけれど。


 あの娘は、何を思い、その塀の中にいるのだろうか。



「おーい。行くぞい」


 僕は思考を中断し、おっちゃんの後について行く。


 入口に居た商人におっちゃんが声をかけると、顔パスみたいに中に入れた。


 何食わぬ顔でそれに続く。



 入ってすぐに目の前に広がるのは、迎賓館のような景色。


 外部からは想像できないような豪奢な内装に目がくらむ。


 正確な価値はわからないけれど、見事な調度品も飾られている。


 ダンスホールのような広間の真ん中に大きな階段があり、入口から階段の一番上まで赤いカーペットが敷かれている。



 奴隷は犯罪者であり、その管理は国の仕事だ。


 そう考えれば、奴隷商人の顧客は国と取引ができるような重鎮と言えなくもない。


 だから、便宜上外部は粗雑でも、内装は格調高くしなければならないのだろう。


 それにしても、些か派手すぎると思うが。



「ドルフさま。いらっしゃいませ。本日のご用向きは、いかが致しましたでしょうか」


「いんや。俺は大した用は無いんだが、今日は俺のツレに見せてやってほしい奴隷がいるんだ」


「かしこまりました。その旨、主人に伝えますので、少しお待ちを」



 執事かよ。執事かよ!しかも老執事!!


 どんな悪徳貴族が出てくるのか、身構えてしまう。


 おっちゃんが居るせいか、すんなりと受け入れられ、僕たちは案内されて応接室に入った。


 マジで、おっちゃんについて来てもらってよかった。


 お茶も出されたが、僕には手を付けるだけの余裕はない。



「ここの主人はヒクソンという、いい商人だし、お人好しだから安心しろ、ドルクよりはるかに善人だ」



「ドルフ様、そんな悪評を立てられたら困りますよ。お人好しなどと、決して商人に対する褒め言葉ではありません」


 おっちゃんが俺のことを気にして、声をかけてくれる。


 そのタイミングで、商館の主人であろう商人が応接室へやってきた。


 思ったよりずいぶん早い。



 一見すれば、柔和な雰囲気のおじさんだ。


 おっちゃんよりは若いが、インテリ眼鏡よりは年上だろう。


 太って脂ぎった感じの悪いおっさんが来るかと思ったが、中肉中背の清潔感がある人だ。


 髪の毛は、少し薄いかな。


 とはいえ、この建物と同様舐めてかかれる相手ではないが。



「今日は、お連れ様のご用件だとか」


「おう。こいつは、この間、俺が森で拾った、うちの居候だ」


「初めまして。記憶喪失で困っていたところをドルフさんに助けていただきました。

 名前が思い出せなくて名乗れないのですが、ご容赦ください」


「そうですか、災難でしたね。

「私はご紹介いただきました通り、商人のヒクソンと申します。

「この奴隷商館の、一応は主ということになっていますが、しがない一商人です。

「どうか、あまりご緊張なさらず、今後ともご愛顧願います」


「はい。恐縮です」


 全くしがない商人とは思えないが。


 完全に大手企業の営業部長みたいなオーラ出てるんですが。



「それで、本日のご用向きは?」


「今朝見かけた奴隷の女の子と話がしたいんです。

「できれば、購入を前提に」


 ヒクソンさんの目が鋭く光る。


「なぜでしょう。

「今朝の行列に少女は一名でしたので、その者をつれてくることはできますが、その前に理由をお聞かせください」


 どういうべきか、悩むところだ。


 流石におっちゃんにしたのと同じような回答はできないよなぁ。


「僕の方が、理由を聞きたいのです。

「僕は彼女を一目見て、とてもまじめで良く働く娘だろうと直観しました。

「そして、危うさもまた。」


 僕は一息ついて、カードを切るように言った。


「彼女には自傷癖がありますね?」


 ヒクソンさんの表情は変わらない。


 相変わらず、柔和な笑みを浮かべている。


 しかし、僕を見透かす眼光はやはり鋭い。



「事実無根です。

「彼女の価値を下げて安く買いたたこうというおつもりですか?」


「それこそ事実無根ですね。

「確かに僕は購入を前提にと言いましたが、それはお互いを知ってなお、合意があった場合です。

「これはもちろん、言うまでもないことです。

「当然のことですから。

「まさかご存知ないわけではないでしょう?

「つまり、自傷癖を理由にして購入を控えることがあっても、値下げ交渉とはなりません。

「それから、僕は人の価値をいたずらに下げるような行為はしません」


「ふむ。なかなかどうして。

「まずは失礼をお詫びしましょう。

「しかし、普通であればそのような詭弁は通りませんよ?

「口先だけではどのようにでも言えますからね」


「僕の言い分を無理に通す必要はありません。

「そりゃ、通してくれたらうれしいですけれど。

「もし、ヒクソンさんが事実無根だとおっしゃるなら、それでいいのです。

「僕の心配が杞憂であったということになりますからね。

「しかし、そこまではっきり否定しておいて、それが嘘だったなら、僕はともかく紹介者であるドルフさんの顔に泥を塗ることになりますが」


「私は、嘘など申しておりませんよ。

「行列の時も、彼女の体に傷など見当たらなかったでしょう?

「もちろん、それを確認するという名目で彼女を呼ぶことはまかりなりませんが」



 この状況でも、彼女を呼ばないか。


 僕はもう少し踏み込むことにする。



「……二つ、伺いたいことが。

「一つ、彼女の値段。

「二つ、あなたが、彼女をかたくなに呼ばない理由」


 ヒクソンさんが初めて言葉を詰まらせた。


 あぁ、彼は本当に彼女のことを、あるいは奴隷たちのことを大事に思っているのだ。


 だから、安易なカードを切らないように気を付けている。


 そして僕は、それを察したうえで、追い打ちをかける。


「二つ目は、秘密でしょうかね?

「しかし、値段が言えないというのはさすがに無体でしょう。

「ヒクソンさんの方こそ、価格を吊り上げようとしているように見えますよ」


「……金貨20枚。それが彼女の値段です」


 ヒクソンさんが、観念したように言う。


 わずかに声が掠れている。



 おっちゃんがピクリと反応したのを僕は目の端にとらえる。


「僕は、奴隷の相場を知りませんが、ずいぶんと安いのではありませんか?」


「……」


 ヒクソンさんは答えない。


「いくら子供でも、金貨30枚はするはずだ」


 おっちゃんが絞り出すように言う。



「あの子は、自分の値段をなるべく安くするようにあなたに言いましたね?

「もちろんあなたは彼女を説得したでしょうが、相場まで持っていくことは出来なかった。

「だから、あなたはかたくなに理由を付けて彼女を呼ぶのを拒んだ。

「彼女自身が客と話すことすら恐れた。

「それは、下手をすれば、彼女が悪い客にでもついて行くような、むしろ悪い客を選びそうな精神状態にあるからですね。

「ちがいますか?」



「彼女は自分の値段を金貨二十枚どころか、金貨一枚で構わないと言ったのです」


 ヒクソンさんは、ポツリとつぶやいた。


「値段を下げさせるためになら奴隷紋を使えますが、値段を上げるためには奴隷紋を使うことはできない」


 それは、奴隷商がいたずらに奴隷の価格を上げ、相場が狂わないようにするためだろう。


 もちろん、そんなケースが想定されていない可能性もあるが。



「だから、せめて売る相手を私が選ぶことだけは約束させました。

「本当は、行列にも出したくは無かったのですが、あれは全員が参加する決まりです。

「買い手がつかなければ、オークションに出品し私が自ら競り落とすつもりでした」


 奴隷商が奴隷を買うためには、公の場で買い付ける必要があるのだろう。


「なぜ、そこまでする

「オークションともなれば、安くは済まんだろう」


「彼女は、元々神官見習いでした。

「そして私は、元神官です。

「私の知人が経営する孤児院出身の娘なのですよ」


「娘のようなものです」ヒクソンさんは、思いつめたように言った。


「だが、お前らしくも無い。

「どんな理由があるのかわからんが、お前は奴隷たちを皆家族のように思っとるはずだ。

「どんな厳つい山賊みたいなやつでもな。

「そんなお前が、子供だからと言って一人だけ優遇していては、他の者に示しがつかんだろう。

「下手をすれば、この商館が立ち行かなくなる」


「その通りです。

「ですので、私としてはあくまで奴隷との契約に則ってお客様とお話をしていたつもりなのですが、いつの間にか言ってはいけないことを言わされてしまったようだ。

「あなたは、詐欺師か何かですか?」


 ヒクソンさんはそう言って控えめに笑う。


「あなたほどの商人が心に秘めたことを僕ごときが暴けるわけはありません。

「きっと最初から、そういう運命だったんですよ」


 幼女神が言っていた。


 この世には、テンプレがあり、それは運命と同じことだ。と。


 ヒクソンさんはきっと誰かに彼女の存在を知って欲しかったのだ。


 そして、自分の胸の内を打ち明けたかったのだ。


 それが、彼女の幸せにつながると信じたのだと思う。


 だから僕は、彼女に会う必要がある。



「彼女に会わせてください」


 ヒクソンさんは一度扉の方を向いて、思い出したように、もう一度僕に向き直った。


「聞き忘れていましたが、あなたが彼女に聞きたい理由とはなんです?」




「なぜ、そんなに辛そうなのかを」



 ヒクソンさんは、ドアの近くに控えていた執事さんに指示を出した。


 ほどなくして、彼女は連れてこられた。



 おっちゃんは腕を組んで動かない。


 僕は表情を硬くする。


 行列で見た印象よりも大分痩せている。


 ヒクソンさんが、この様子を見て「自傷癖は無い」と答えるには相当な胆力を必要としたはずだ。


 体に傷は無くとも、心が傷んでいる。



「ミアです。何でもしますので、お買い求めください」


 それがミアの最初の一言だった。


 かすれ声なのは、水分をあまり摂っていないからだろうか。



 そして、その言葉に嘘偽りはないだろう。


 ミアは僕を見ていない。


 もちろんおっちゃんのことも、ヒクソンさんのことも見ていない。


 誰のことも見ようとしない。


 それはさながら、自分を苦しめてくれるのなら誰でもいいと言わんばかりだ。



 僕は、ソファーから立ち上がる。


 彼女の目の前に顔を寄せる。


 身長は僕より少しだけ小さい。


 僕は少し屈むだけで良かった。



 彼女の目の焦点が、少しずつ合い始める。


 僕を見て、驚いたような表情。


 なぜだろう。


 理由は、わからないけれど、彼女の気を惹くことはできたようだ。


 彼女の緑の瞳が、漸く僕を見る。



「僕はFランク冒険者で今、十四歳なんだけれど、ミアはいくつですか?」


「じゅ、十三歳……です」


「そうか、じゃあ僕より一つ年下だね。

「もし、僕の所に来たら、ミアには僕の妹になってもらうから、覚悟してね」


 僕が笑うとミアは驚いたように目を見開くばかりだ。


 しまった、選択肢を誤ったか?好感度が下がったようだ。


 笑顔がキモかったかも。


 えーっと。


「実は、僕は記憶喪失で、名前が無いんだ。

「今、思い出そうとしているところ。

「で、家族のことも覚えてないんだ。

「だから、ミアに新しい家族になって欲しいっていう気持ちだったんだけど、ちょっと言い方が悪かったよね」


 必死のフォローである。


 世が世なら、当局に連行されていただろう。


 しかし、嘘偽りはない。


 ミアはまた、黙って僕を見つめるばかりだ。


「なぜ、そんなに辛そうなのかって、

「行列で君を見てから、僕はずっと聞きたいと思っていたんだけど、それはまたにするね。

「また、必ず来るから、待っていてくれる?」


「はい。待っています」


 ミアは即座にはっきりそう言った。


 僕は、おっちゃんの笑顔をイメージし、ニッと笑った。


 今度はたぶん、きもい笑い方じゃなかったはず。



 今日のところはそれだけでいい。


 待っていると言ってくれるなら、きっと元気でいてくれるだろう。


 ミアが僕を嫌な主人だと思っていて、それ故に買われるのを良しとしたのでなければいいのだが。



 売約書類にサインを入れる。


 って、また血判かよ。



 後は、お金を持って来れば、売買成立。


 僕は、がんばってお金を用意しなければならない。


 ミアは部屋に戻り、僕らは商館を後にする。



 契約は思ったよりスムーズだったが、その前に時間を取られ過ぎた。


 名残惜しい気持ちもあるが、次の予定が差し迫っていた。

2016年4月30日

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