#020 ドルフ、謎の少年を語る
2016年4月26日
俺が、その少年と出会ったのは面倒事の最中だった。
ドルクの野郎が、ギルドの支部長なんてのを笠に着て、俺に指名依頼を出してきやがった。
こっちは、嫁が家出中で大変な思いをしてるっつーのに。
ゴブリン位なら、Cランクの奴らでも十分対応できるだろうに、よくよく俺をこき使いやがる。
危険度で言えば大したことは無いが、数が多ければ厄介だ。
場合によって巣を作っていることもあるだろう。
俺は、念入りに装備を整え、日の出と共に街を出た。
森の中は静まり返って、不気味なほどに何も起こらなかった。
そんな中、しばらく歩いて、森の中ごろまで着くと、見慣れない子供が一人立っている。
持っていた枝を折ったり、叩き付けたりと不審な挙動だ。
それに加えてあの恰好はどうだ。武器も持たず、防具も見当たらねぇ。
盗賊にでも襲われたのか?
……それにしては、元気そうに見えるが。
「おい、そこのお前。なにしてる?」
俺は、声をかけることにした。
幸いにも言葉は通じたが、話しを聞けば記憶喪失だと言う。
おぉ、なんと不幸な。
着の身着のままでこんな森の真ん中に。
武器のように誇らしげに木の枝なんぞを持って。
記憶を失うほどに恐ろしい思いをしたのだろうに。
服が汚れていないところを見るに、肉体ではなく、精神が悲鳴を上げるような出来事だったに違いない。
記憶喪失は魂の死と同義だ。
幸いこの小僧は、新たに生きる覚悟をしているようだが、能力は今までに比べて格段に落ちるだろう。
どんな仕事も、常人の倍。いや三倍は頑張らないと生きては行けまい。
運よく記憶が戻っても、その時には記憶を失うほどの心の傷も一緒に背負うことになる。
そんな不憫があるだろうか。
それでも、この小僧は、丁寧に真剣に俺の質問に答えていく。
それどころか、俺に頼らず自力で森から出ようとしている。
泣けるじゃねぇか。
きっと、無意識に人を信じられなくなっちまってるんだろう。
このまま、街に行かせても、無一文なら街にはなかなか入れねぇだろう。
それどころか、森で獣や魔物に襲われるかもしれん。
「いや、お前さん武器もないんだろ?とりあえずついて来いや」
俺は、この不憫な小僧の為に、出来る限りのことをしてやろうと決めた。
まずは、鉱石の採掘を教えよう。
そんで、手伝ってくれた分を金に換えて、持たせてやろう。
「あ、やっぱり鍛冶とかするんです?」
ほう、鉱石採掘の話しをしただけだが、こいつはずいぶん見る目があるらしい。
一目で俺が、鍛冶師だと言うことは見抜いていたようだ。
この子供、話せば話すほど怪しい気がしてくる。
そかし、それ以上にこいつを気に入り始めてる自分がいる。
道すがら、小僧が何か言ったのが聞こえて振り向いてみると、そいつは俺に隠れて泣いていやがった。
記憶喪失の人間がたまにフラッシュバックというのを起こすらしいが、そういうことなのだろう。
触れずにそっとしておこうじゃねぇか。
小僧は、そんな俺に礼を言う。
俺は、誰も信じられないであろう小僧が俺のことを信頼してくれるのをうれしく思った。
そのまましばらく行って、目的地である採掘場まで来た。
俺は満を持して、ゴブリンの巣の存在を明かす。
この少年は魔物の被害者かもしれん。
場合によってはまた、フラッシュバックに見舞われかねない。
機会を測っているうちにここまで来てしまったが、到着した以上いつまでも黙っているわけにはいかなかった。
少年は割合ケロッとした様子で受け入れていた。
少し拍子抜けではあるが、錯乱状態になるようなこともなく、問題が無かったのだから良しとする。
さて、ここまでの森の雰囲気から言って、ゴブリン共は巣を作っている可能性が高い。
出てきた獲物は精々野兎の一匹。
作業場の周辺では野兎すら居ない。
可能性が高いのは、採掘道の中だろうな。
……あぁ、やはり奥の方で気配を感じる。
よし、閃光弾で一気に決めよう。取りこぼせば、少年が危険かもしれん。
少年を下がらせ、自作の閃光弾を投げ込んだ。
ちょっとした広場に七体。
俺は槌の一振りで、一気に三体を葬る。
返す槌で、もう一体。
残りの三体を個別に振り下ろした槌で屠った。
「ギヤァァァス!」
ちっ!このタイミングで巣に帰って来た奴がいたか。
俺はすぐに、駆けつけようと走り出す。
すると、俺の目の前をゴブリンが通り過ぎて、壁に衝突した。
反射的に止めを刺す。
どうやら、小僧が蹴り飛ばしたらしい。
面白い小僧だ。
怯えるどころか、サンダルで魔物を蹴り飛ばすとは。
不憫に思っているのが失礼なくらいだぜ。
こいつは、どこまでもしぶとく生き抜く、そういう力をもってやがる。
俺は、うれしくなってつい笑う。
小僧もつられて笑ったのは幸いだった。
その後は、小僧をつれて鉱石の採掘を始める。
せっかくここまで来たんだから、ちっとは素材を集めて行こう。
その流れで、小僧にギルドカードを見せたが、なかなか興味深いリアクションを取りやがった。
整合性はないが嘘は無いと言う感じか。
まぁ、俺はもうこいつを気に入っちまってるし、疑うのは程々にしよう。
どんな奴だったとしても、何とかならぁ。
実際、小僧は勤勉な奴だった。
つるはしの振り方なんぞ、堂に入ったものだ。
まぁ、作業範囲は泣けるほどに少ねぇが、しっかり一人分の稼ぎにはなっただろう。
採掘を止めて、分別を始める。
小僧の背負子は最後に小僧が持ってきた。
しっかり、背負子いっぱいまでやりやがったな。
結果を見ると、硬くても柔らかくても、デカくても小さくてもしっかり採取してやがる。
教えてもねーのに順応性の高いやつだ。
小僧は、俺が血抜きしておいた野兎を捌く手際なんかを興味深そうに眺めていたが、特に魔法に興味を持ったようだった。
まぁ、この小僧ならすぐに使えるようになるだろう。
意外と、鍛冶なんかやらせてもすぐに様になるかもしれねーな。
そんな考え事をしていた俺は、魔法のことや冒険者のことを教えながら、つい口を滑らせた。
「だが、お前さんも大変だな。記憶喪失ともなれば、能力ガタ落ちちまうらしいじゃねーか」
小僧はさすがに、驚いたような反応をした。
今言うべきことでは無かったな。失言だ。
小僧は、すぐに気にしないような素振りを見せて、気丈に振る舞った。
言ったことを無かったことにはできない。
今後何かしてやれることがあれば、その時に出来ることをやってやろう。
メシを食った後は、罠を仕掛けて眠りにつく。
小僧は何かごそごそしているが、俺はそちらを見ない。
しばらくして眠りについたようだ。
まぁ疲れただろう。無理もない。
俺は、小僧との出会いを思い出す。
それと一緒に、なんとなく回収してしまった枝を。
そこで、俺はふと思いつく。
よし、明日早朝から作り始めよう。そう決めて眠りにつく。
朝。
日の出には少し早いが、俺は起き出す。
作業用のナイフに魔力を込める。ぼんやりと発光して見える。
これは《木工》のスキルだ。
この魔力を、じっくりと枝に移すように研いでいくと、徐々に枝の風合いが変わって、硬質化していく。
元の枝は太いとはいえ枝でしかない。
素材としては量が少し足りない。
それでも、細身のショートソード位ならなんとかなるだろう。
無手よりは、はるかにましだ。
あんまり重いと、膂力不足で持て余すかもしれないが、軽ければ武器として用をなさない。
可能な限り重く。重量のバランスをしっかり見極める。
威力が乗るように剣先の方へバランスを調整しながら、強度を損なわないように。
「ふぅ、まぁこんなもんだろう」
出来上がる頃には、日はすっかり登っていた。
朝食がずいぶん遅くなったが、小僧は大丈夫だろうか。
奥に行って様子を見る。
……まだ眠っているか。
昨日の疲労のせいか、ずいぶんと深く眠っているようで、身じろぎ一つしない。
仕方ない、出発の準備を先に進めて、罠の解除なんかをしておこう。
結局、小僧が起きてきたのは罠の解除も終盤になった頃だった。
挨拶をされて、顔を洗う水が欲しいと言うので出してやる。
ここから、水場に行くのは少しばかり骨だ。
昼飯は用意せずに、多めの朝飯を二人で食った。
そして、街に着いたら、俺の家に下宿するように勧めた。
小僧は、俺をおっちゃんと呼び始めた。
かわいい所もあるものだ。
なんとなく娘を思い出す。
娘はもう十五で、成人したが、小僧くらいの年の時は木剣を振り回して遊んでたもんだ。
もう少し女の子らしくてもいいんじゃないかと思っていた。というか、今も思っているんだが。
小僧は、木剣も娘の子供の時の用に喜んでくれていた。
時間が来て、出立する。
しばらくは、木の根に足がとられることもあったようだが、歩くうちにずいぶん慣れた。
と、あれはホーンラビットだな。
ちょこまかする奴とは相性が悪いんだがなぁ。
これは、最悪後ろに抜ける可能性がある。しっかり注意させておかねーとな。
あっ、くそ。まんまと抜かれた。
慣れない魔術とか使うんじゃなかったぜ。
俺がそんなことを思ってるのもつゆ知らず、小僧はあっさりホーンラビットを撃退して見せた。
投石での牽制は俺の土魔法から着想を得たのか。
なかなかの柔軟性だ。
そんなことを思いながら、しっかりと止めを刺した。
「すまんかったな。抜かれてしまった」
「いえ、あれくらいは経験しておかないと」
わしが謝ると、小僧はなかなかに頼もしい言葉を放った。
最終的には三、四時間の道のりで、街まで戻れた。
小僧は最後の方では体力が尽きていたが、何とかついて来ていた。
結構スムーズな道程だったと言えるだろう。
なんとか日があるうちに街に着く。
俺がホッは一息ついていると、小僧は門に興味を持ったらしくカリカリやっている。
人の気も知らねぇで、こいつは……。
挙句の果てに、ヒムロスに怒られてやがる。
変なものに興味を持つ小僧だ。子供かよ。いや、子供だな。
俺は詰め所に入って行く小僧を見送り、門をくぐった先の番兵の控室を間借りして待つ。
ヒムロスの方は色々大変だったようだが、俺は気楽なものだ。
割とスムーズに街には入れた。
最初に会った時より、ずいぶんと楽しそうにしているじゃねーか。主街区画の雰囲気にすっかり浮ついていやがる。
ギルドに行くのを忘れて、今にも目の前の屋台に突進しそうだ。
仕方ねぇ。俺も腹ペコだし、オヤジのところに行くか。
俺は面白半分で、小僧の期待を煽るだけ煽った。
その上で、いつものボロいメシ屋に連れて行く。
少しはがっかりして見せるかと思ったが、少しも動じてない。
ちっ。たくましい奴め。だが、本当に驚くのはこれからだ。
悔しがる顔が目に浮かぶぜ!
……まぁ、結果的に悔しそうでは無かったが、うまそうにしてたから良しとしよう。
店のボロさでがっかりさせて、そんでもメシはうまいっていう落差で驚かせたかったんだがな。
しかし、あいつは店の客にもオヤジにも気に入られてたみたいだ。
人付き合いのうまいやつだ。感心するぜ。
礼なんざいいんだよ。バカヤローが。
そんなことよりさっさと記憶取り戻しやがれ。
結局その日は、ギルドには顔を出さなかった。
もう、めんどくせーし、いいだろ。
明日明日。
俺は気分よく家へ。
そして、家の中に嫁が居ないのを思い出し、凹んだ。
翌朝、小僧は俺の木剣を抱いて寝ていた。
しかし、なぜ廊下で?
それを指摘したら、デリカシーについての説教をされた。
あぁ、確かに俺にはそういうところあるな。
冒険者ともなれば、男女関係なく同じ天幕で寝ることも珍しくない。
そのせいもあって、小僧が言うようなことにはあまり頓着する習慣がない。
だがなるほど、エルダは俺が構わないから、寂しくなっちまったってことなんだな。
俺は、あいつを信頼してるから、何があろうと浮気疑ったりすることは無ぇが、あいつが良くその辺の男からちょっかい出されるのは知ってる。
今までは裏でボコっていたが、今後は表でボコるようにするか。
『優しいだけでは人を幸せにできない』
小僧はそう言った。
なるほど、いい言葉じゃねーか。
俺は決して自分を優しい人間だとは思ってねーが、エルダから見れば刺激の無いつまらん男に見えるだろう。
なんせ、自分に絡んでくる男に尻尾まいてるように見えるだろうからな。
そんな軟弱じゃねーってところを見せないといけねーぜ。
俺は、エプロンの結び目を閉め直した。
俺たちはメシを食って、それからギルドに向かった。
しばらく入口で足止めを食ったが、何とか中に入る。
小僧は、先に抜けて行ったはずだが、どこ行ったかな。
よくよく探せば、窓口にも行かず、その辺をふらふらしている。
その内に、受付の姉ちゃんに捕まって、ようやく登録することにしたみてーだ。
わけわからんなあいつ。
それから、少し揉めているようだったので様子を見に行けば、相手はエナの嬢ちゃんじゃねーか。
Fランクの試験なんて当然受けると思ってたぜ。
まさか、断ろうとするとはな。
ついでに俺まで、報告が遅くなった件で嫌味を言われたじゃねーか。
とにかくこれで、小僧の実力が見られるかもしれねーな。
エナの嬢ちゃんならいい相手だろう。
ヒーリカとかだとわけわからんからな。
あいつは弱点を見抜くことに長けているから、相手が一番嫌う方法を使って戦う。
だから傍から見てると、相手の弱い部分だけがやたら目に付く。
訓練なら、それでもいいが、試験でそれやられると努力の成果が少しも見れない。
努力が足りないとこばっか見させられんだもん。
その点エナの嬢ちゃんなら、ちゃんと真っ向勝負。
相手に合わせて、力量を測りながら戦える。
まぁ、俺がやってもいいんだが、それはいつでもできるからな。
俺は競技場に移動し、開始の声をかける。
結果、小僧は間違いなく試験に合格した。
しかし、強さがわからん。
それどころか、弱さもわからん。
ステータスは、小僧自身の言うことを信じれば貧弱の一言だ。
しかし、あの動きはどうだ。
本来であれば、ステータスの差をひっくり返す勝筋なんぞ無かったはずだ。
あんな勝ち方は、俺にも出来ん。
なんというか、ここしかないと言うポイントだけを狙って、それ以外すべてを投げ打った綱渡りのような戦い方に、強さどうこう以前の不気味さを感じる。
小僧はゆっくりと二歩移動しただけだった。
少なくとも俺にはそうとしか見えなかった。
もっと言えば、エナの嬢ちゃんが小僧の思惑に合わせて動いたかのような、大道芸の見世物を見たような気になる。
「つーわけで結局、小僧の力量はわからずじまいだ」
俺は、ドルクの応接室で煎り豆茶を啜る。
「いや、兄者が見てわからないと言うのなら、十分に脅威だと判断ことができるだろう」
弟のドルクは、少しも俺に似ていない。
見た目も奴の方が正統派の二枚目だし、俺は見た目からしてガテン系だ。
内面で言えば、やはり全然違って、ドルクは繊細で丁寧で狡猾だ。あと陰険か。
要するに、どこを取っても全く俺と正反対だな。
「まぁ否定はしない。仮に戦っても、負けると言うことは無いだろうが、下手すれば斬られるだろう」
「で、どうするつもりだ。兄者のことだから、殺すつもりはないのだろう」
「あいつは悪い奴じゃねぇ。これは、俺じゃなくたって断言できらぁ」
「元々、兄者の人を見る目は信頼に足ると思っているが、他に誰が判断する」
「誰でもさ。会ったやつはみんなあいつを気に入ってる。ヒムロスやメシ屋の親父、客もな。
「エナ嬢ちゃんとはどうかと思ったが、結局は昨日メシ屋で仲良く話してやがったぜ」
「ほう。うちの受付嬢と親密だと……?」
「お前、もう少し控えろよ。お前が目を光らせ過ぎるせいで、悪い虫どころか、まともな男も全く近寄らん。
このままじゃギルドが行き遅れの巣窟になるぞ。」
「余計な世話だ。私はギルドの職員は皆家族だと思っている。大事な娘たちを戦いに赴く冒険者などにやれるか!」
「お前はいい加減結婚しろ。本当の家族を作れ」
「ふん。私のような性悪では、兄者のようにできた嫁を貰うことなど出来そうにないよ」
「なんだお前、エルダに惚れてんのか?シバくぞ?」
「ん?いや、惚れるには至らんが……珍しい反応をするな兄者。
「いつもなら、笑って流すではないか」
「おう。そのスタイルは、昨日までよ。
「今日からはエルダにちょっかい出すような奴は表立ってシバくことにしたんだ」
「ふぅん。なら、今回のエルダ殿の家出は一定の効果を上げたようではないか。珍しく。」
「まぁ、これもあの小僧のおかげなんだがな。
「優しいだけでは人を幸せにできない。そう言われた」
「ほう、なかなかに至言だな、兄者にとってはさぞ耳が痛かろう」
「お前の受付の姉ちゃんたちに対する考えにも同じことが言える気がするがな……。
「まぁとにかくよ、あいつが悪人なら何も言わずに俺の『優しさ』とやらにつけこんでおけばいいんだ。
「だが、あいつはそれをしねぇ。
「俺があいつに娘の部屋で寝るように言ったら、デリカシーとやらを守って廊下で寝ることを選びやがったよ」
「それは、確かに兄者にデリカシーが無さ過ぎだろう」
「つーわけで、話しを戻すとだな、あいつはさっさとランク上げちまおう」
「どういうわけだ、それは?」
「あいつはE、Fあたりに居ていい奴じゃねぇ。
「いずれ何かデカいことを仕出かすだろう。
「そうなったときにあいつが低ランクだったら話にならん。
「いや、洒落にならんというべきか。
「冒険者たちは混乱して、ランク制度の意義を疑い始めるだろう。
「国は、囲い込みをかけるか排除したがるか。
「まぁどっちにしても低ランクであればる程、簡単に何らかの処分を下すだろう。
「力のある者に、適正なランクを与えて無ければギルドの目利きが甘くみられる。
「ギルドの本部も何かあればうるさく言ってくるだろう。
「力がある奴には早々に責任を負わせなければだめだ。
「特にあの小僧は、飄々としているが義に厚い。
「たとえば、俺が冤罪で騎士団に捕縛されたとしたら、即座に騎士団を相手取る算段を立てるだろう。
「雰囲気を見るに殺人はしないだろうが、それ以外ならばどんな手でも使うだろう。
「いくらでも周囲を巻き込み、どんな大仕掛けを打つかわからん。
「性格的にも実力的にもそういうことができる奴だと思って対応した方がいい」
「それは……やはり、殺した方がいいのでは?」
人ひとりを助けるためにクーデターを起こせる。
それ程の器を持っている。
それが今、俺があの小僧にしている評価だ。
「だから、出来ねーよ。お前がそう動くなら俺が敵に回ると思え」
「そこまでか」
そりゃあ、驚くだろうなぁ。俺が一番驚いてる。
「とにかく一度会え。そうすればわかる。よくわからんちゅーことがな」
俺は笑った。
あいつには、仲間がたくさん必要だ。
守る相手が少ないと、その少ない人間の為に持てる力をすべて注いじまう。
あいつにはもっと多くを守って欲しい。
そういうでかい男になって欲しい。
そのためにはあいつは、街の人を、国の人を全部ひっくるめて大切だと思えるように関わって行かなきゃならん。
みんなを守るために必要なのが秩序であり、それを守ることが人を守ることだ。
俺にできるのは精々その程度だった。
だから、俺はBランクなんだ。
あいつなら、いつか俺にはできないようなことができると思っている。
それこそ、一人の女を守るために千の軍勢を相手取るような。
それでいて、自分以外の何もかもを守っちまうような選択を。
だが、それだけではダメだ。
あいつだって仲間に守られなきゃならねぇ。
あいつと一緒に戦えるような、帰りを待ってられるような仲間と、家族が必要なんだ。
俺一人の力じゃ、足りねぇ気がしているが、それでも俺は、小僧の面倒を見ると決めちまってるからな。
俺以外にもそういう物好きが居ればいいんだが。
この話は、そこで一度終わる。
森でラッシュボアが確認されたという知らせを受けたからだ。
頭を切り替える。
対応はセオリー通りに。
最低でもBランクを動かす必要があるだろう。
ラッシュボアなら、数人がかりで止めなければならないだろうし、遠距離での攻撃手段もあった方がいい。
候補をピックアップして、依頼書を掲示しに下へ降りる。
噂を聞いた冒険者に質問攻めに合うのを適当に躱していると、小僧が依頼を終えて戻ってきたようだ。
少しして、俺の方に来る。
何の用かと思ったが、面白いことにラッシュボアを討伐してきやがったらしい。
俺は笑うしかなくなって、ひとしきり笑った。
これは、今すぐにドルクに合わせる必要ができたな。
いつか、何かするだろうと思ったが、今日だったか。
いやいや、俺としたことが対応が後手に回ったもんだ。
とにかく、これで小僧の危険度が伝わるだろう。同時に期待値も。
この事実がそのまま公表されれば、各方面が大混乱を起こす。
その前に手を打ってやるのが大人の仕事だな。
こうして、予想よりずいぶん早くなったが、小僧とドルクは邂逅を果たす。
ちょっとばかし誤算があって、相性がいいかと思っていたのが、すこぶる悪いようだった。
まぁ、舌戦を見る限り波長は合いそうだ。
小僧がここまで敵意をむき出しにするのは珍しいし、ドルクはなかなか楽しんでいるようだし。
先触れはしてあるし、ここまで条件は揃っているんだ。
俺の主張はわかっただろうし、注文はすぐに通るだろう。
最後にちっとばかしドルクに嫌がらせをして、今日のところは解散だな。
子供相手に大人げねーんだよ。お前は。
っと、最後に大人の仕事が一つ残ってやがったか。
「先行ってるぞ」
俺は、若人たちを残して颯爽と帰るのだった。
嫁が家出して居ない我が家にな。
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
二回目のあとがきとなります。
今回は図らずも、20話記念にふさわしい回となりました。
初めてのおっちゃん目線かつ、ここまでの総括のような役割のお話です。
そして、いつもより長い。
楽しんでいただければ幸いです。
それでは、今後とも「異世界の半分はお約束でできている」をよろしくお願い致します。
追記ですが、ガテン系という呼び名の由来は仕事情報誌の名称から来ているらしいです。
この世界には無い雑誌ですが、流してくださいませ。
2016年4月26日




