#019 初めての報酬
2016年4月25日
結果的に言えば、僕はあまり予想通りとは言えない結末を迎えていた。
計画では、今頃は銅貨三〇枚、あるいは小銀貨三枚を握りしめて、おっちゃんの作った夕ご飯を食べていたはずだった。
ところが、僕が葉っぱ(ボアの葉のこと)をエナさんに頼んで換金してもらっているところに、おっちゃんがやって来てしまったのだ。
僕の夕飯どこ行った。
いやまぁ、それ自体は全く問題ないのだけれど、ギルドの雰囲気がきな臭い。
「森で、中級の魔物が出たそうだ」
「中級ともなれば、Bランクに出てもらって、パーティーを組んでの探索になるな」
中級。どんな魔物だろうか。
オークでは少し荷が勝ちすぎる。……オーガくらいかな?
「あぁ、ラッシュボアともなれば、並みの前衛じゃ堪えきれんからな」
え。今なんて。……え?
いや、待て。そういう展開も、テンプレ的にありえるかもしれない。
よし、牛乳に相談だ。ちがう、おっちゃんに相談だ。
僕は混乱した。意味不明な呪文をぶつぶつつぶやいた。
「おっちゃん、ちょっと、秘密裏にお願いが……」
おっちゃんをなんとか人ごみから引きはがし、物陰に隠れる。
「これなんだけど、何かわかる?」
「お前さん、これは……!」
だよね、そういう反応になるよね。
僕は例によってしどろもどろに説明をする。
ボアの木を叩いて、
葉っぱ拾ってたら猪が「プギャー」と現れて、
逃げて、穴掘って、石投げて、
なんか光ってたから回収した。今ここ。
いや、拾っただけだって嘘ついても良かったのかもしれないけど、何か問題があると悪いからとにかく正直に話した。
おっちゃんは、いつものように「がはははは」と笑っている。
「そーか、そーか、そう来たか。お前さんらしいな」
あぁ、面倒事の予感。
「まぁ、どっちにしろ明日になったら調査隊を出そう。ラッシュボアが一頭とは限らんし。……お前さんは一緒に上だ!」
あぁ、やっぱり。逃げられない。
そうか、猪から逃げとけばよかったのか。
調子に乗ったばっかりにこんなことに。
後悔は先に立たない。
「……ドルフさん?」
あ、エナさんだ。僕の報酬を持ってきてくれている。
「エナさんも一緒に来てください!」
僕は、脊髄反射的にエナさんも巻き込むことに決めた。君に決めた!
エナさんは少し抵抗したが、おっちゃんの説得もあり、同意の元でついて来てくれることになった。
同意。合意と言ってもいいだろう。
ふふふ。計画通り。
初めて来たギルドの二階は、とても静かだ。
あくまで関係者以外立ち入り禁止の閉じられた空間だと実感する。
案内された扉の上のプレートには『応接室』とある。
僕とおっちゃんは、エナさんに促される形でソファーに座る。
それ以前に、おっちゃんは勝手知ったるという感じでどっかり座っていたが。
僕は、その隣に。
すわり心地はいい。中綿は柔らかいけれど、枠組みはしっかりして、表面は立派な革張りだ。
ぼふぼふ。ぼふぼふ。ぼふぼふ。ぼふぼふ。
遊んでいたら、おっちゃんに怒られた。
エナさんがお茶を淹れてくれたので、それを飲んで大人しくする。
しばらくして応接室にやってきたのは、眼鏡をかけた細身のインテリ風の男だ。
この世界では初めて会うタイプのキャラクターの登場に、僕は少し身構える。
駆け引きが必要になるかもしれない。少し身の危険を感じる。
「まずは、こちらを」
エナさんは、僕に封筒を渡してくれる。中には小銀貨三枚。
「確かに頂戴しました」
僕はそう言うと、それを懐に……いや、ズボンのポケットに……。
しばらくオタオタしたものの、内にも外にもポケットは無かった。
あきらめて、テーブルの上に置く。忘れないように気を付けないと。
ちなみに、ボアの葉を入れてきた袋は借り物なので、納品時に一緒に渡した。
《アイテムボックス》を取るか、鞄を買おう。お金も入ったし。
「君は、《アイテムボックス》を持っていないのか?」
どう答えるべきか、少し悩む。
なんとなく、素直に答えようと思えない。
「こいつは、俺が森で拾った小僧だ。記憶喪失で能力を失っている」
僕が少し黙っていると、おっちゃんが引き取ってくれた。
「それでも、冒険者登録をしたのならアイテムボックスの取得くらいはできるだろう」
「お金がありません」
努めて短く答える。余計なことは言わないように。
「食事代をもらっているだろう?そうでなければ飢死する」
「食事はしないと死ぬので、ありがたく面倒を見ていただいています。アイテムボックスは無くても死にません」
少し、挑発的すぎるか?
どうも、相手の態度や雰囲気に合わせて話してしまっている。
それより、気になることがある。
「僕のことを知っているんですか?」
「……なぜ?」
インテリ眼鏡はピクリと眉を動かした。
筋肉の痙攣並みの微動だが。
この人、表情筋衰えてるんじゃないだろうか。
「普通、初めて会う人とは自己紹介をします」
というか、「誰だお前は」くらい言われてもおかしくないと思っていたのだ。
僕には、現状の深刻さはわからないが、下のフロアの冒険者はかなり深刻な顔をしていた。
そんな状況下で、よくわからない子供がいれば普通不審に思うだろう。
けれど、最初に触れたのは《アイテムボックス》について。
しかも、聞き方からして僕が冒険者であることを知っている。
ギルドカードは服の内側だ。
もし、彼が鑑定の能力を持っていたなら、僕の職業を知る術はある。
だが、その場合を持っていないことはわかるだろうし、それよりもっと気になる部分があるはずなのだ。
僕には、名前が無いのだから。
結局、このインテリ眼鏡が僕に何かを言うのなら、僕にかけるべき最初の言葉は「誰だお前は」以外になかったのだ。
「who are you?」とかじゃなければ。
黙ったインテリ眼鏡をよく見ると、ほんの少し笑っている。
なぜ、片方だけの口角を上げるという不敵な笑い方をするんだ。
表情筋の育成方針を誤っている。
彼は一見すれば怪しい男だが、しかし、僕はこの段階で少し警戒を緩めていた。
なぜなら、あのタイミングでおっちゃんが言葉を引き取ったから。
あの時、おっちゃんが助けたのは、僕ではなく、インテリ眼鏡の方なのだ。
自己紹介をしていないのに僕のことを知っているマズさ。
このインテリ眼鏡は言うまでもなく、それを語っていた。
だから、おっちゃんは口を挟んで、僕のことを簡単に紹介したのだ。
たぶん、前もっておっちゃんはこのインテリ眼鏡と接触し、僕のことを伝えていたのだ。
おそらく、僕が依頼に出ている間に。
そして、おっちゃんがそうした以上、それは必要なことだったのだろう。
僕は、それを裏切られたとは思わないし、おっちゃんの選択が僕を貶める結果になるとは思えないのだ。
例え、その可能性があっても、僕はおっちゃんのことは疑わない。
と、いうわけで意趣返しを込めて言おう。
「おっちゃん、この人は誰です?」
「私は、冒険者ギルドアイン支部の長をしている。名をドルフと言う」
僕は、おっちゃんに聞いたのだが、自分で答えるか。
僕の紹介はおっちゃんがしてくれたのだから、流れを酌めば、支部長を語るこのインテリ眼鏡のことも、おっちゃんが紹介するのが自然だ。
しかし、このインテリ眼鏡はそれを拒んだ。
つまり、おっちゃんは知っているけれど、僕には知られたくない情報があると言うことだ。
加えてそれは、おっちゃんが割と簡単に僕に話してしまいかねないことなのだろう。
僕は少し流れを変えることにした。
「そうですか、ギルドにはいつもお世話になっています。特にエナさんには」
僕はにっこり笑って、エナさんを見る。
エナさんはぎょっとしている。
エナさんからも僕の情報はインテリ眼鏡に流れているのだろう。
反応から見るに、まず間違いなさそうだ。
でも、それは別にかまわないのだ。
彼女の仕事において必要なことだし、彼女が僕の後ろ暗い部分を知っているわけではないから。
もし、エナさんが僕の後ろ暗い情報を流すことになったとしたら、それをエナさんに知られてしまった僕の落ち度だ。
そもそも、僕に後ろ暗い部分なんて無いんだけどね。
ちょっと、バックに幼女神がいるだけ。
あんまり僕がギルドを露骨に警戒すると、逆に疑わしく見えるかもしれない。
上手く立ち回る必要がある。
疑いとしては、異国のスパイとか盗賊の手下とか、魔王の配下とか。か?
あれ、僕疑われるとしたらどういう疑いがかかるんだ?
どれもいまいち現実味が無いような……?
つつかれて痛いポイントと言えば《契約魔術》くらいかな。
けれど、いくら行使するのに免許が必要とはいえ、持っているだけでは罪にならないだろう。
うん?もしかして、僕あまり意味ないことしてないか?
こんなに気を張る必要ないような気がしてきた。
それもこれも、すべてはこのインテリ眼鏡の雰囲気のせいではないか。
今思えば、逆に嵌められた感すらあるな。これ。
調子に乗って語るに落ちたような感じだ。
逆に、信頼を損なったような。
これから、がんばって失った信頼を回復しないと。
よし、悪いけど、エナさんを担ごう。
「そのお礼に、ステータスを開示しますよ。僕には名前がないので、口頭での自己紹介は苦手なんです」
エナさんの緊張が緩むのが、目の端に見えた。
僕は首のギルドカードを見せる。
「おい、カードでは何も分からん。Fランクなのは見て取れるが」
「え?だっておっちゃんが……」
森で、おっちゃんがギルドカードを見せてくれたはずだ。
僕は、確かに意味が解らないと言ったが、ギルドの支部長でもわからないのか?
「おう、あれはお前さんを試したんだ。
「ギルドカードは魔法で暗号化されているから、専用の道具を通さないと読めん。
「加えて言えば、カードにはそこまで詳細な情報は記録されん。
「登録時に用紙に記載した情報しか乗らないからな。
「しかし、おまえさんはそんなことは知らなかったようで、俺が見せたカードをしげしげ眺めていた。
「それからこうも言ったな、「見てもいいんです?」とな。
「つまり、ギルドカードの仕組みは知らなくとも、その意味合いは知っていたわけだ。
「まぁ、その時は都合のいい記憶喪失だなと思ったもんだ」
あぁ、つまり疑われていたのか。
まぁ、それは一向に構わないんだけどね。
疑うのは当然だと思うし、それでも、僕を助けてくれている事実は変わらないんだから。
「えっと、僕はHPが100で、他の能力は10しかありません。
「神殿には行ってませんし、《アイテムボックス》は持ってません。これでいいですか?」
「質問に対して、十分誠意ある回答だった。と言っておこう」
『と、言っておこう』とか言うあたり、本当にイラっと来る人である。
しかし、これは、探り合いは止そうと暗に言っているのだろう。
僕は大人しく首肯して、さっさと話しを進めてもらうことにする。
「お前さんたちは、相性が良さそうだと思ったんだがなぁ。」と、おっさんはぼやいた。
エナさんはお茶のお代わりを淹れてくれて、インテリ眼鏡の隣に座った。イラッ。
立たせとくのは嫌だけれど、そっちに座られるのも嫌だな。
何だか、エナさんがインテリ眼鏡派に属しているようじゃないか。
おっちゃんあっちに座って、エナさんはこっちに来てくれないだろうか。
そんな僕の気も知らず、おっちゃんは話し始める。
「じゃあ、本題だ。さっきの依頼についてだが、半分は解決した」
「半分と言うのは?」
インテリ眼鏡は怪訝な顔をする。
「これを見ろ」
おっちゃんが出したのは、僕が預けたドロップアイテムのカードだ。
「これは……いつの物だ」
「さっき、俺がこいつから預かったものだ」
「では、君が討伐して来たということか?」
インテリ眼鏡がこちらを見る。こっち見んな。
僕は仕方ないので、「プギャー」で、穴で、石を、と簡単に話した。
「だって、ただの猪だと思ったんですよ」
そう締めくくる。
驚いた顔をしているのは、エナさんだけ。心配してくれたのかもしれない。いい人だ。
あとの二人はニヤニヤと同じような顔で笑っている。
おっちゃん。その笑い方は良くないよ。
「君は、今日ボアの葉を百枚持ち込んだそうだね」
コクリと頷く。
「Fランクで、ましてや膂力10の人間は、一日で百枚も葉を採れない。普通なら」
へー。そうなのか。やり方はある気がするけど。
「君は、もう少し常識を知った方がいいね」
「まぁ、それがお前さんの面白い所でもあるんだがな」
それ、あんまりうれしいフォローじゃないなぁ。
まぁ、僕が常識知らずなのはわかったよ。
それが、記憶喪失の一言で片づけられないほどに。ということもね。
「まぁいい。残り半分はなんだ。彼が嘘をついている可能性か?」
こいつ、絶対違うってわかってて言ってるよ。感じ悪いなぁ。
「アホ。ラッシュボアが複数居ないとも限らないからな」
「まぁ、出会い頭に倒しただけならば、調査までは行き届かないだろうな」
やっぱりわかってんじゃねーか。
「そうは言っても、中級魔物があの森で群れを作るとは考えにくいだろう。
「となると、これは人数を募って大事にするほどの依頼じゃなくなった。
「かといって、何もしなければ、事情を知らない冒険者や住民たちが不安がる。
「つーわけで、俺に指名依頼を出せ。
「こいつと一緒に調査に行ってくる。
「んで、その依頼の成功を以って、こいつのランクをDまで上げろ。
「そうじゃないとこいつが怪しまれ始める」
そうか、おっちゃんは僕のおかしい所には気付いていたんだ。
そして、僕がおかしいと言うことが、他の冒険者に知られないようにこの場に僕を呼んだんだ。
今後も、僕は稼ぎのことを考えれば、ボアの葉を毎日、百枚単位で取り続けるだろう。
そうなれば、妙な噂が立つ違いない。
それは、僕にとって避けたいことだ。
ギルドにとっても、混乱を未然に防ぐことになるのだから悪いことでは無いだろう。
僕は、インテリ眼鏡の様子を窺う。
「構わない。そのように進めよう。ただし、報酬は少し値切らせてもらう。報告書に対し、金貨一枚。それで頼む」
おっちゃんは、僕に視線を向ける。
僕は一つ頷いた。
「おっし、交渉成立」
おっちゃんはニッと笑い、インテリ眼鏡は右の口角を上げた。
「エナくん。明日は彼らに付き添いを頼めるか」
エナさん驚愕の表情。
「えっと、問題ありませんが、どういった目的で」
「彼のような不審者をギルドに登録した。その責任を取って、彼に問題が無いことをしっかりその目で確認してきたまえ」
ひどいことを言うなぁ。
僕は不審者だから仕方ないけど、そもそも冒険者なんて不審者上等だろう。
身元が確かな人間は、あんまり冒険者にならないと思う。
加えて、インテリ眼鏡は、エナさんの同道をおっちゃんには断らない。
それは、あくまでギルドの仕事であって、冒険者側の承諾を得る必要は無いという意味合いのアピールだ。
別に、こっちが文句を言わないのをわかっているくせに。本当に感じが悪い。この陰険!
「わかりました。報告書にして、近日中に提出を」
「そのように頼む」
要するに、ギルドが僕の身元を保証してくれるということだ。
担当者の報告書という形をとることで、僕は、調査済みの安全な冒険者である事が対外的に証明される。
担当者ことエナさんには悪いが、付き合ってもらおう。
いや、最初に巻き込んだのは僕だったな。
エナさんは恨みがましい顔……は全然していない。頑張ろう!って顔してる。
いい人だなー。
あ、もしかしたらあのインテリ眼鏡に気があるんだろうか。
期待に応えようとしているのかも。
まぁ、あのインテリ眼鏡もインテリ眼鏡であることを除けばエルフ風イケメンだし、年齢的に結婚してそうだが、この世界では関係ないようだし。
似合う似あわないで言ったら、全然似合わないけどな!客観的に見て!
この野郎、いつか一泡吹かせてやる。
「所で、君はこのドロップアイテムをどうする?」
ん。何も考えていなかった。
明日の、調査の後で討伐の証として示した方がいいだろう。
「ギルドに卸すといくらです?」
僕はエナさんに聞いたつもりだった。が、インテリ眼鏡が答えた。
「このギルドでは、金貨一枚と大銀貨一枚だな」
オメーに聞いてねぇよ。と言いたいところを、なんとか我慢。
「商人ギルドや、一般の商店に持ち込めばもう少し見込めるだろうから、あまり勧めんがな」
親切にどうも。それが受け付けたエナさんの点数稼ぎになったりするなら、別にいいんだが、そうはなるまいし……。
「おっちゃんに預けます。ていうか、あげます」
僕では正しい使い方や効果はわからない。
もし、おっちゃんが何かの素材にするなら、それが一番いいと思う。
少しでも、恩を返したいし。
おっちゃんは、少し驚いたようだった。
ちなみにインテリ眼鏡はムカつく顔で笑っている。
「よし、わかった。じゃあこれはお前さんの防具にしよう。俺が知ってる信用できる職人に預ける。んで、なるべく早く防具を作らせよう」
あれ、恩がまた増えた気がする。
まぁ、僕の装備は未だに上下布一枚に編み上げサンダルだからなぁ。断るのも無理がある。
インテリ眼鏡はピクリは反応して、ちょっと嫌そうな顔。……いや、大して変わらないか。いつも通りの渋面だ。
「はぁ。腕のいい職人さんなんですか?」
「おうよ。俺の弟だ!」
ふーん。そうですか。
「お金はどのくらいかかるんです?」
「おいおい、これから命がけの調査に行くのにギルドが防具の無いまま行かせるわけないだろう。
「何せ、これは指名依頼なんだからな。
「必要経費としてギルドに請求するさ!」
僕は、インテリ眼鏡をチラリと確認して「ではそのように」と笑った。
かなりの無理筋だが、ツッコむ気は無い。
インテリ眼鏡も、何も言えないようだった。
おっちゃんはその場で僕の防具のデザインを聞く。
軽くて、動きやすくて、あんまり暑苦しい思いをしないようなものを頼んでおいた。
どんな仕上がりになるのだろう。
ちなみに、色は言うまでもなく黒を希望する。
僕たちは席を立ち、応接室を後にした。
ボアの葉の報酬も忘れずに持った。
エナさんは僕たちを案内してくれる。
「エナさん。ついて来てくれて助かりました」
僕は、一階フロアに降りての別れ際に頭を下げた。
「先行ってるぞ」とおっちゃんは行ってしまう。
「おかげでいい方向に話しがまとまってくれました」
僕がそう言うと、エナさんは眉尻を下げた。
「あの、本当に申し訳ありませんでした。支部長に、その、あなたの情報を……」
あぁ、あの部屋で嫌味っぽく言うんじゃなかった。
僕が何を言っても嫌味みたいに聞こえている気がする。
「エナさん。さっきも言いましたが、僕はエナさんにいつもお世話になっています。
「短い付き合いではありますが、エナさんの真面目で仕事熱心なところをとても尊敬しています」
「はい」エナさんはつぶやくように言うが、これは全然言いたいことわかってくれてないな。
それでも、真摯に伝える努力をしないとダメだ。
「ですので、僕みたいな不審者にはしっかり首輪をつけておくことをお勧めします。
「ギルドだって、エナさんが僕の手綱を握っていると思えば安心でしょう。
「すでに、手遅れな感がありますが、なるべくエナさんに迷惑がかからないようにしますから、許してください。
「そんなわけで、僕の情報は今後とも、あのインテリ眼鏡に渡してもらって一向に構いません」
「インテリ眼鏡?」
エナさんは少ししてクスクスと笑い出した。
誰のことかはすぐに思い当たったらしい。
こちらの世界でも、インテリ眼鏡が通じるとは思わなかったが、これはうれしい誤算だ。
「わかりました。あなたがそう言って下さるなら、これからも私は真面目で仕事熱心でありましょう」
「そして、……手綱をしっかり握っておきます」
エナさんはそう言って、また笑った。
2016年4月25日




