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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
17/42

#017 ギルド食堂で、エナさんと

2016年4月23日



 アインの北区には、ギルドを中心とした冒険者関連の施設がまとまって軒を連ねている。



 エナさんの住む冒険者ギルド女子職員寮は、ギルドの裏手にある。


 風向きによっては飛砂があるということをエナさんはぼやいていた。



 男子寮が、目抜き通りを隔ててその対岸あにあり、目的地であるギルド経営の食堂はその男子寮の隣にあった。


 食堂は、男子寮の影に隠れるように建っているので、よほどのことが無い限りは飛砂の影響を受けないらしい。


 そうなると、男子寮に住む職員がかわいそうな気がするが。



 食堂の中を覗けば、昼にはまだ早いのにもかかわらず、結構混み合っている。


 客層を見ると、その多くは、ギルド職員。それに、駈け出し冒険者のようだ。


 この施設は寮の食堂を兼ねているから、ギルド職員御用達なのだというのは、前もってエナさんから聞いていた話だ。


 加えて、駆け出し冒険者も、値段の安さに釣られてこの食堂を利用するので、昼時はいつも大混雑とのこと。



 僕とエナさんは入口付近のボードに貼られたメニューから一つを選び、一緒に列に並んだ。


 メニューと言っても、選択肢は焼きもの、煮物、揚げ物の三種類の日替わりだけで、どれも手間がかからなそうなものだった。


 セルフサービスだったので、まずご飯とスープを受け取り、それから僕は煮物を、エナさんは揚げ物を注文した。


 ほどなく、定食は揃ったので、お金を払って席を探す。


 端っこの席が二人分開いていたのを見つけて、そこに座った。



 支払いは、二人分で小銀貨一枚だった。


 一人前が大銅貨一枚、五百円くらいの計算になる。



 周りには、僕よりもさらに幼く見える冒険者がちらほら。


 おそらくGランクであろう彼らは、二人で一つの定食を分け合っているようだ。


 量は結構あるとはいえ、かなり切ない。



 僕も、おっちゃんと会わなければ日々の食事に苦労することになったんだろうと思うと、とても他人事とは思えなかった。



「そう言えば、Gランクの依頼書って見かけないんですが、なんでなんです?」


 僕が、最初に依頼のボードを見たとき、最低でもFランクから始まっていて、疑問だったのだ。



 すると、エナさんは食事の手を止め気まずそうに目をそらした。


 何か、まずいことを聞いただろうか。


「実は、あなたにギルドの説明を何もしていなかったことを思い出しまして。」


「あぁ、そういえば。」


「昨日の夜の段階で気付いていたのですが、料理がおいしかったので、ついそちらに集中してしまい、今日説明しようと思っていたら、


 あなたは朝一でヒーリカの窓口に並んでいるし!」


 何か、怒られているようだ。



 要するに、試験のせいで正規業務を忘れていて、他の職員に知られない内にその埋め合わせをしないといけないということか。


「それで、朝からギルドに居られたんですね。でも、だったら資料室で話してくれればよかったのに」


「えぇ、まぁそうしようかとも思ったのですが……。」


 ……あぁ、うたた寝していたもんな。



 僕は、鶏肉のみぞれ煮定食。エナさんは豚のわらじカツ定食を選んだ。


 この世界にも、わらじがあるらしい。



 鶏肉のみぞれ煮は大きな器に盛られた、甘辛い濃いめの味付けの煮物の上に、カブのすりおろしがたっぷり乗っている。


 本来、カブではなく大根で作られるものらしいが、時期的にカブだろうとエナさんは言っていた。


 もう少しすれば、春大根の旬が来るとも。


 何とも、食べ物に詳しい人だ。



 エナさんの選んだわらじカツ定食も魅力的だったのだが、連日の宴会で胃がもたれていたので揚げ物は避けた。


 焼き物メニューはトカゲの照り焼きとなっていて、爬虫類に行く勇気はなかった。



 そんな風に消去法的に選んだとはいえ、胃に優しくてうまかった。


 量も多かったので、エナさんに少しおすそ分けをしても、十分満足のいく昼食だった。



 もちろんエナさんも、僕におすそ分けのお返しををしてくれようとした。


 僕は、胃の重さから断らざるを得なかったけれど。


 エナさんは決して、食い意地が張っただけの人ではないということはここにはっきりと言っておかねばなるまい。



 ちなみにエナさんが選んだ豚のわらじカツ定食は大皿いっぱいにとんかつが鎮座していた。


 大きい分、身は薄かったが、綺麗なキツネ色のカツは、最後までサクサク音がしていて、おいしそうだった。


 ソースは付属していなかったけれど、エナさんのご飯の減り方から見て下味がしっかりついているようだ。



 エナさんは、僕のことを特に気にした様子もなく、がぶがぶと大きなカツにかぶりつく。


 相変わらず、見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。


 綺麗な三角食べにも好感を覚える。


 とはいえ、凝視するのも失礼なので、なるべく見ないようにして、自分の食事に集中した。




「では、説明お願いしてもいいですか?」


 僕らは食事を終え、エナさんが食後のお茶で一息つくのを待って、こちらから水を向ける。


 時間も差し迫っているし、仕事の話しをしようではないか。



「では、簡単にですが。」


 エナさんは口を拭きつつ言う。


「ランクは最低のランクGから、最高ランクSまであります」


 エナさんが「最低のランク」と言った時に彼女の背後で少年の肩がピクリと動いた。


 少年。今は最低ランクでも、あとは登って行くだけだ。がんばれ!……と、まぁ僕も大して変わらない立ち位置なんだけどね。



「先ほど、あなたがおっしゃったように、Gランクの仕事はボードに掲載されていません。その理由は、掲載する価値が無い木端仕事だからですね」


 少年の肩が、小刻みに震えているのがわかる。目に見えてわかる。


「GランクのGはゴキ○リのGと言われており……」


 もう、止めたげてよぉ!


 少年は席を移った。強く生きて欲しい。



「まぁ、今のは冗談ですが」


「エナさん、言っていいことと悪いことがあります」


「そうですね。食事の場でいうことでは無かったかもしれません」


 飄々と言った。


 話しは少しも進まない。



「価値が無いとはずいぶんな言い方でしたが?」


「社会的な価値は無論あります。Gランクの依頼内容は概ね街の方々の御用聞きみたいなものですので。

「ただ、ギルドが仲介料を取るには至らないということです」



 各家庭のお手伝いのような仕事だから、街には不可欠だけれど報酬は低い。


 そこからギルドが仲介料を取ると、Gランク冒険者の生活が立ち行かなくなるということか。


 そういう意味だとすればエナさん。言い方が悪すぎるだろう。



「要するに、Gランクの冒険者はギルドの仲介なしに仕事をする必要があるってことですか?」


「あくまで便宜上は。

「Gランクの冒険者に依頼がある多くの方は、ギルドの依頼書を自宅前や公共掲示板に貼って依頼としてくれていますね。

「そうすれば、ギルドカードには依頼達成の記録が記載されますし、ギルドの窓口を通す必要はなくなりますから」


「Gランクの依頼ってどういうのがあるんです?」


「庭の草むしりや害虫駆除。遺失物やペットの捜索。少量かつ安価な薬草採取と言ったところでしょうか。農場や牧舎の手伝いなんかもありますね」


 結構大変そうだ。


 なんでも屋さながらに、文字通りなんでもやらないといけないんだな。



「ある程度、実績ができたり、能力が水準に達していると判断されれば、Fランク昇格です。

「概ね、戦闘力で判断されますね」


 昨日の試験が思い出される。



「Fランクから、ギルドの正規登録となり、自分のランクの依頼に加え、自分のランクより一つ上のランクもしくは一つ下のランクの依頼を受けられるようになります。

 つまりFランクになれば、GランクとEランクの依頼も選択可能ということですね」


 そうか、FランクでもGランクの依頼が受けられるなら、何とかやって行けるかもしれない。


 僕は、やらないけど。


 なんなら、Dランクを受けたい。



「Dランクまでは、大きな問題が無ければ実績だけで昇級できます。

「しかし、Cランク以上に上がるにはランクごとに試験が必要になります。

「こちらは単純な戦闘力だけでなく、サバイバル能力や作戦の立案、大規模戦闘における判断なども審査の対象となります。

「もちろん実績も必要ですね。

「そして、Bランクからは、ギルドだけでなく同時に国家にも所属することになり、支度金の名目で給金が国から支払われます。

「そのかわり、有事の際には騎士と肩を並べて、国の命令で戦場に出ることも時にはあります。

「これは、BランクとAランクの冒険者にとっては義務となりますので、断ることはできません。

「それを嫌って、Cランクのままあえて昇級しないという方も居られます。

「そう、多くはありませんけどね。

「また、Aランクを越え、Sランクの冒険者になりますと、給金が出ることに加えて、国からの命令であっても依頼を断ることができます。

「多くの冒険者はSランクを目指しますが、これはかなり狭き門です。

「使える戦力に対しての強制力を手放すのは国としてもギルドとしても惜しいからだと言われています。

「そういうわけで、よほどの成果を上げない限りは、Aランクからの昇格は無いと言えるでしょう」


 ふむ。Cランクになれば、結構な稼ぎにはなると思う。Bランクの依頼も受けられるし。


 おっちゃんはBランクの冒険者だと言っていた。


 ということは、戦争があれば呼ばれる可能性がある。


 とは言っても、ここは小さな島国だ。


 外海の魔物はかなり強いようだし、国家間戦争は考えにくい。



 しいて言うなら、魔物相手にということになるだろうが……。



「エナさん。魔王って知ってますか?」


「えぇ、『魔境』の更に北にある『魔界』を納めている王だと聞いたことがあります」


「魔界と国交はあるんですか?」


「寡聞にして聞いたことはありませんね。

「しいて言えば、百年ほど前の魔境の大氾濫では、その背後に魔王の軍勢が居たという説がある、というのは聞いたことがあります。

「ですが、これはあくまで噂で、戦争をしたことは歴史上一度もありません」



 エナさんはそう言うが、魔王が存在していて、そういう噂があるというだけで、僕にとっては看過できない。


 いざというとき、身の振りやすいようにしておきたいものだ。


「あの、何か?」


 エナさんが心配そうにしている。


「いえ、ただ戦争になったら、Bランクのドルフさんは場合によっては出兵しなければなりませんから、少し心配で」


「大丈夫です。大きな戦争は先ほど言った大氾濫以降起こっていません」


「そうですね。じゃあ僕も頑張ってBランクぐらいにはなりたいな」


 安定した収入は魅力だし。


「えぇ、あなたならきっとなれますよ」


 エナさんはそういって笑った。



 しかし僕は、『百年も経てば、またいつ新たな氾濫が起こってもおかしくないのでは』と思うばかりだった。




 しばらくして、昼になり、店の中はにわかに活気づいた。


 エナさんが言っていたように、大混雑だ。


 この人ごみの中で、子供とはいえエナさんと二人きりで食事をしているというのはやっかみの対象になりかねないし、早々に退場するのが吉だろう。


 エナさんも、そろそろ仕事に行かなければならない時間だ。


 僕は、エナさんの食器も預かって一緒に返却口に返した。



 エナさんには、一足先に戻っても構わないと伝えたのだが、出てすぐのところで待っていてくれる。


「ごちそうさまでした」


「いえいえ、こちらこそ食堂を紹介してくれてありがとうございました」


 おっちゃんがお小遣いをくれるとはいえ、僕も低ランク冒険者なのだ。


 あまり贅沢な食生活になれるわけにはいかない。



 それに、場合によっては昼時に街にいるとは限らない。むしろ、居ないことの方が多いだろう。


 そうなれば、食事は粗末になるだろうし、出先で食事を取ることも想定しておくべきだ。


「ここって、お弁当とか頼めるんですかね?」


 エナさんは少し考えて、いや、結構長く考えてから我に返ったようで、それから、前方を指差した。



「おすすめは商業ギルドの周辺です。商人の方は行商の時にお弁当を必要としますし、舌も肥えてますから。

「朝の内ならいろいろなお店が出店を出しているはずです。

「お店によっては、お弁当箱を持っていく必要がありますから、気を付けてください。」


 いつもの口調でスラスラと教えてくれた。


「……エナさんや、ギルドのみなさんはお弁当はどうしているんですか?」


「私は寮に住んでいますので、基本的にはこの食堂で済ませます。

「普段であれば、朝は煮物、昼が揚げ物、夜が焼き物でしょうか。

「昨夜はご相伴にあずかりましたし、今朝は昨日の暴食が祟って胃が重かったので抜きましたが」


 あなた、もう回復したんですか。胃腸が強いなー。



「寮には、食事を作る施設がないのです。

「できれば、自炊するか、せめてたまには食堂以外でも食事した方が体にいいとは思うのですが、仕事の合間では、食べに行くにも移動範囲が限られますからね。

「まぁ、結婚して、寮から出た方は手作りのお弁当を持って来る方も居られますが……」


 なぜか、そこでチラリと僕を見る。


 え。僕に作って来いって言ってんの?


 それともおっちゃんに?


 いや、おっちゃんの料理はうまいから、それもありか?


 いや、しかし。


「僕は、料理ができるかわからなくて。もし、自分でできれば安上がりでいいんですけどね。

「食事は基本ドルフさんが作ってくれて、ついつい甘えています。

「とっても料理上手なんですよ」


 僕は予防線を張っておく。



「えぇ、エルダさんから聞いています。エルダさんもとってもお上手で、私もよくレシピを聞いたりしています」


 エルダさん。おっちゃんの奥さんか。


 美人だと聞いているし、それでなくとも、世話になっているおっちゃんの奥さんだ。


 一度お会いしたいのだが、未だ叶わない。


 家出したまま戻ってこないし。



 僕としては解決を図りたいのだが、夫婦間のことだ。


 他人が、口を挟むのはおかしいし、エナさんに相談するのも悪いだろう。



 そうは言っても、この街の南にある別邸に住んでいるらしく、居所もわかっているから、おっちゃんはそんなに心配していなかった。


 いつものことだと言っていたのは、聞き逃せないが、それもあって、安心できるのだろう。



「先日も、依頼を受けていかれましたよ」


「え?……エルダさんって冒険者なんですか?」


「そうですが?」


 だったら、居場所が知れてるくらいでは、全然安心できないではないか。



「あの、ランクは?」


「守秘義務があるので……」


「ですよね。ドルフさんに聞きます」



 エナさんは、首を傾げる。


 おっちゃんの家に居候してるのに、その奥さんに会ったことが無いようなのが違和感なのだろう。


 だとすれば、食事をおっちゃんが作ってくれていることも失言ではないか。ぬかった!



「そろそろ、行きましょうか。僕も依頼を受けないと」


 エナさんの肩を押して、少々強引にその場を切り抜けた。

2016年4月23日

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