#016 資料室で、エナさんと
2016年4月22日
翌日、僕は『朝から』冒険者ギルドに来ていた。
エナさんは午後からの出勤だと言っていたにも関わらず。
いや、これは決してエナさんをないがしろにしているわけではない。
依頼を受ける前に、薬草の種類くらいは勉強しておこうという向上心だ。
とはいえ、エナさんに見つかると毒舌を浴びせられそうなので、見つからないように気を付けようとは思う。
今日のギルドの窓口は昨日に比べるとかなり混雑している。
やはり、朝一で依頼を受けるのが冒険者の一般的な生活サイクルらしい。
きっと、いい依頼は朝に出るんだろうし、時間に余裕を持って仕事をし、なるべく早く帰ってくるのだろう。
しかし、おっさんたちはえらい。ちゃんとフォーク並びをしている。
邪魔にならないように一列に並び、そこから窓口が開く度、順番に向かっていく。
受付担当者の好みもあるだろうに。
もちろん、どの受付の人も真面目だから、誰にあたっても貧乏くじということは無いが。
この世界に来てからというもの、冒険者という人たちに対する評価が一変している。
現実は小説より奇なり!……少し違うか。
僕は、彼らの道徳心に敬礼しつつ、その最後尾に就く。
僕の知るテンプレ通りなら、ここで、割り込みの一つも起こるのだが、それも無く……。
「お待たせしました。ご用件をどうぞ」
すんなりたどり着いた窓口に居たのは、小柄でかわいい感じのお姉さんだった。
少しウェーブしたピンクの髪に、人懐っこそうな雰囲気で、口端には八重歯が覗き……一目で小悪魔タイプだとわかる。
ちなみに、エナさんは小悪魔ではなく、悪魔である。
「薬草の種類や、魔法について資料が見たいのですが、どうしたらいいですか?」
「あはは。資料室は二階です。窓口に並んでいただかなくても大丈夫なんですよぉ?」
彼女は、下っ足らずな話し方をする。
関係ないのに窓口の方を煩わせてしまったらしい。少し反省をする。
図らずも、ナンパみたいになってしまった。
『しかたないなー。もう。今回は許してあげるけど、特別だからね♪』
副音声が聞こえてくる。もちろん妄想だ。
僕が、お礼と言って窓口を離れようとすると、冷静な声がかかる。
「ヒーリカ、お疲れ様です。そちらの方、資料室はこちらです」
「……おはようございます。エナさん」
「おはよう。エナちん」
「おはようございます。エナちんは……。」
その呼ばれ方が嫌なようで、表情を暗くする。
小悪魔受付嬢のヒーリカさんは、気にした様子もなく、僕にヒラリと手を振ると、元の業務に戻った。
男ってこういうのに弱いんだよね。一見親しげなのにつれない感じというか。
おっと、エナさんを待たせるわけにいかない。二階にあるという資料室へ向かう。
古びたドアを開けると、思いのほかきれいな資料室だった。
すごく広いわけではないけれど、小学校の図書館くらいの広さはある。
「薬草関連はあちら、魔法関連はあちらです」
エナさんは入口に一番近い席に座って、適当に選んだ文庫本をぺらぺらとめくり始めた。
さながら、牢屋を見張る看守のようだ。と僕は思った。
エナさんの雰囲気に怒気がにじんでいる。
ギルドに来るの、午後からにしとけばよかった……。
あの、空気がピリピリしてるんですが、決して勘違いではありえないんですが。
エナさんは勤めて無言。という感じだ。
これは、少し時間を置こう。今は話してもいいことないな。
僕は一目散に本棚へ向かう。
幸いなことに、目的の棚はエナさんの位置からは死角になっていた。
エナさんのことは少し頭の片隅に追いやって、調べ物に集中する。
えーっと、薬草図鑑……これかな。
一番情報が多そうな分厚いやつを取る。
装丁は重厚でとっつきにくいかと思ったが、読んでみれば図解もあってわかりやすい。
流石に写真は無いみたいだけれど、とてもきれいな絵で描かれている。
根元が赤いもの黄色いもの、葉っぱがギザギザのものと丸いもの、薬草とよく似た毒草。
図鑑をパラパラめくる。
木葉の項目には、ボアの葉のことも書いてある。
「メニュー、大百科」
今までは、幼女神からのメッセージを読むこととステータスを確認するくらいにしか使わなかったメニューだが、調べてみると、実は結構多機能であった。
時計や、カレンダーなんかもついていて、この世界の暦が前世の世界と寸分違わないということも、このメニューのおかげで知ることができた。
特に、今使用している大百科は便利で、楽しい。
自分の知ったアイテムや魔物の知識が百科の形で記録されていくのだ。
『おっちゃんの木剣』
おっちゃんが魔力を込めて削りだした木剣。その辺に落ちていたいい感じの枝を使って作られた。硬くて黒くて立派。深い意味は無い。
となっている。
まぁ、ちょっとエスプリが効いている感じは否めないが、とても便利だ。
ただ、あくまで僕の得た知識を自動で書き出しているに過ぎないので、間違った情報でもそのまま記録されてしまう。
例えばおっちゃんの木剣だって、僕の知らない能力を持っている可能性がある。
しかし、それを大百科が教えてくれるというようなことは無い。
そのかわり、図鑑なんかは覚えるほど読み込まなくてもざっと目で追えば内容をコピーしてくれる。
これを森で見ながら薬草を探すことにしよう。
僕は、何冊か薬草図鑑を読んで、細かい効能なんかのデータを増やすと、薬草コーナーの本棚を離れた。
次は、スキル関係と魔法、魔術関係の名鑑を持つ。
これはじっくりと、腰を落ち着かせて読みたいところだ。
しかし、そのためにはエナさんの傍に行かないといけない。
本棚の陰から、あちらの様子を窺う。
……拍子抜けなことに、エナさんは「くー」と眠っていた。
あるいは「zzzZ」かもしれないが、寝息はとても静かで、寝顔はとてもきれいだった。
さっきまで読んでいたらしい本は下に落ちていたので、拾い上げて机の上に置いた。
やっぱりずいぶん疲れているみたいだ。
僕は、つい緩みそうになる頬を必死に引き締める。
誰かに見られたら、変態の誹りは免れないだろう。
エナさんは今日の勤務は午後からだと言っていた。
もうしばらくうたた寝するくらいなら大丈夫だろう。
僕は、彼女の安眠を妨げないように少し離れて席に着くと、名鑑を開いた。
【武器術の一例】
《剣術》、《棍術》、《槍術》、《斧術》、《盾術》
【武器術の発展系の一例】
《大剣術》、《棒術》、《戦槍術》、《戦斧術》、《大盾術》
【武器術の習得後得られる武技の一例】
《閃》、《伏閃》、《壊》、《紋壊》、《突》、《連突》、《絶》、《破絶》、《堅》、《硬堅》
武器術に関する推察は概ね正しいみたいだ。
武器術を覚えて、武技と呼ばれる技を覚える。
条件を満たせば、武器術自体が強くなり、覚える技も威力が底上げされる。
ただし、《大剣術》の技は短剣などでは発揮できない。
見たところ、武技は攻撃に属性を付け加えるものみたいだ。
《閃》なら斬撃属性や効果範囲の拡大、《壊》なら打撃属性。
ポイントをつぎ込めば、威力や効果範囲を拡大できるらしい。というのは、僕にとっては朗報だ。
今後は、武技もポイント振り分けの選択肢に入れて考えよう。
最低でも、何かの武器で《閃》位は打てた方がいいかもしれない。
僕は次の章へとページをめくる。
【常時発動型スキル一例】
《生命力》、《膂力》、《頑強》、《敏捷》、《精密》、《魔力》
【任意発動型スキル一例】
《投擲》、《罠設置》、《鑑定》、《隠密》、《索敵》、《威嚇》、《咆哮》
常時発動型の一例として乗っているのはステータス上昇ボーナスのスキルのようだ。
200の膂力を持つ人が、10ポイント支払って210の膂力を持つより、10ポイント支払って10%の上昇ボーナスを得たほうが効率がいい。
いや、10ポイントで取得できるかは分からないし、何割上昇するのかも分からないけれど。
使い方を間違えなければ、とても使い勝手のいいスキルだと思う。
任意発動型は、まぁ大体予想通り。
《威嚇》は相手を遠ざけるし、《咆哮》は使った者に注意が集まる。
人間相手の戦闘では、あまり意味が無いような気もするが、味方の士気を上げるような効果もあるようだ。
ちょっと、好みじゃないけれど。
それからしばらく文献をあさったが、《動作最適化》や《知覚》関係はどの本にも載ってない。
察しはついていたが、かなり特殊なスキルだと思う。
幼女神から下賜されなければ、取得条件もわからないままだっただろう。
少なくとも、どちらも序盤で手に入るものではないな。
『歴戦の強者の境地』みたいな感じがある。
おっと、ずいぶん時間を使ってしまっている。
最後に魔法と魔術を見ておかないと。
【基礎魔法に類する属性】
《火》、《風》、《水》、《土》
【一般魔法に類する属性】
《雷》、《金》、《氷》、《木》
【特殊魔法に類する属性】
《聖》《腐》
なるほど、薄々は思っていたんだけど、この世界って微妙にセオリーを外してくるところがあるよね。
光属性とか、闇属性が無いし。もしかしたら、知られていないだけっていう可能性もあるけれど。
属性の所有については、「誰にも得意な属性が一つか二つある」となっている。
ネット小説のテンプレだと、スキルに全属性解放とかしばしばあるけれど、この世界ではどうかな。
でも、得意な属性じゃなくても魔術は使えるみたいだし、あんまり気にしなくてもいいかもしれない。
おっちゃんもいろんな魔術使っていたしな。
【基礎魔術とされる魔法】
《灯火》、《送風》、《浄化》、《形成》、《活性》、《精製》、《貯冷》、《瞑想》、《毒霧》
【中級魔術の一例】
《火弾》、《水球》、《氷槍》、《雷刃》、《光輪》、《吸魂》
出ているのはこれだけか、どの本も概ねこんなところだ。
この上に上級魔術と特級魔術があるのはわかったけれど、具体的にどんな魔法なのかは明記されていない。
断片的な情報から察するに、上級ともなれば魔法生物を生み出すようなこともできるようだ。
特級は、ちょっと毛色が違うみたいで、僕の持つ《契約魔術》なんかはここに分類されそうだな。
たぶん、属性が複雑すぎて判別できないのが特級魔術なんだと思う。
僕は、この段階で、基礎魔術に関しては必ず取得しようと決めた。
利便性が高すぎる。
特に、《活性》と《毒霧》は戦闘でも重用できそうだ。
《活性》は身体能力微上昇。
《毒霧》は文字通り、霧状の毒を放出する。
扱えるものは、必ずしも毒素だけでなく、便利な薬剤としての使い方もできそうだ。
使用例として、農園の害虫駆除や酸化防止剤、防腐処理や漂白などが上げられている。
戦闘なら、目くらましくらいにはなりそうだ。痴漢撃退スプレーみたいな。
人の体内にある魔力。これをマナと呼ぶ。
大いに中二心を揺さぶるテンプレ設定だが、そうこの本に書いてあるのだ。
そのマナの簡単な使い方を覚えること。
具体的には何かを顕現させればいいようで、それが基礎魔法の取得条件になるそうだ。
僕の場合はすでに契約魔法を使える(使ったことはないが)ので、この世界に降り立った時点で条件を満たしていたようだ。
ただ、魔法や魔術はスキルと違って取得してからも練習する方がいいという。
効率的な運用を目指して訓練せよ、とのことだ。
魔法は生命力であるHPを消費して使うようだし、なるべくうまく運用した方がいいだろう。
僕はHPも低いし、魔力も低い。
上手に運用して、魔術の使い過ぎで死んだりしないように気を付けないと。
と、視線を感じて目線を上げる。
エナさん起きていたのか。
おはようございますとか言ったら墓穴な気がする。
「……付き合っていただいて、ありがとうございます。これで、少しは安全に仕事が出来そうです」
寝ていたことは指摘しない。
謝罪よりお礼を言って、暗に話しを仕事の方へ逸らす。そういう話術である。
「いえ、それは何よりです」
幸いなことに、毒舌を食らうことは無かった。
「そうだ、もし時間がよろしければ、食事でもどうですか」
昨日の食いっぷりを見る限り、なんか食わせておけば(ある意味)安心だ。
そろそろお昼時だし、僕もお腹が減っている。
「……ごちそうしていただけるので?」
やはり食いついたか。
「えぇ。……でも、僕、ドルフさんにお小遣いもらっている身なんで、お手柔らかにお願いします」
「人を大食いのように言わないでください」
「昨日のフードファイトを忘れたとは言わせませんよ」
お互いにっこり。少し、室温が下がる。
「いくらお持ちなんです?」
「いや、カツアゲじゃないんですから」
有り金を目いっぱい使わせようとするな。
「では、ギルドの食堂へ案内します」
と、言ってもすぐ隣の建物ですが。とエナさんは付け加えた。
「少し、早いですが、混む前に行きましょう。でも、昨日のお店ほどおいしいわけではないのであまり期待しないでください」
「大丈夫ですよ。僕がドルフさんに拾われて最初に食べたのは野兎をただ焼いただけのものでしたけど、それでも十分おいしかったです
から」
僕は、本を書棚に戻して、待っていたエナさんと一緒に資料室を後にした。
2016年4月22日




