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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
15/42

#015 ギルドのお姉さん、エナさん

2016年4月21日



 僕がFランク認定を受けたその夜は、昨日に引き続き宴会だった。


 会場は同じく昨日のメシ屋。



 罪滅ぼしを兼ねてギルドのお姉さんを招待してみたら、「仕事が終わったら、少しだけ顔を出しましょう」と言ってくれて、少しうれしかった。



 ギルドの受け付けのお姉さんは、名前をエナさんといった。


 僕は、相変わらず名前が無いままだけれど、改めて挨拶をした。



 エナさんは日没まで仕事だったようで、乾杯には間に合わなかった。


 けれど、それほど遅れずに、僕の予想よりはずいぶん早い段階でやって来てくれた。



 僕がエナさんに席を勧めると、特に嫌がる素振りも無く座る。


 嫌がって、遠くに座る可能席を考えていたので、少し意外だった。


 メシ屋のおっさんが、飲み物の注文を聞きに来る。



 エナさんはお酒は飲まずに、冷たいハーブティーを二杯飲んだ。


 そして、ご飯をよく食べた。


 それはもう、気持ちいい食べっぷりで、……って、僕の分まで食べるなよ!


 しばらくは、フードファイトみたいに机の上の料理を取り合った。


 この人、料理が多いテーブルに座っただけではないだろうか。



 エナさんは、仕事モードのときとそうじゃないときの落差が激しすぎる。


 出来れば、仕事以外ではなるべく関わらない方が良さそうだ。



「あれは剣術スキルですか?」


 フードファイトが一段落すると、エナさんが言った。


 目を向けると、じっとこっちを見ている。



 仕事モードだろうか?いや、彼女の瞳には純粋な興味が宿っている。



 エナさんの質問に僕は首を横に振る。


「ちがいます。僕は《剣術》のスキルは持ってませんので。神殿にも行ってないからスキルは取得できてないんです」


「では、あの動きは一体……?」



 僕は一口だけ、自分のゴブレットを傾ける。


 もったいぶるつもりはないけれど、うまく話さないといけない。


 麦サイダーがしゅわりとはじけ、僕の頭を冷静にする。



「はっきり言っておきますが、僕が勝つには初撃で決める以外無かったんですよ。

「エナさんはあくまで試験官です。

「試験なのに相手の力を見る前に倒しては意味がありませんから、そうなれば初撃は必ず様子見をしてくるはず」


「それは、そのとおりですが、私は手を抜いたつもりはありませんよ」



 もちろんそうでしょう。と、僕は相槌を打つ。


「ですが、搦め手を使ったり、奇策を打つ気も無かったはずです。

「何か策を打とうにも、エナさんは僕のデータを持っていないですから。

「そうなれば、必然的に様子見の牽制攻撃を何度か仕掛けてデータを集めるでしょう。

「威力に関して手は抜かなくても、比較的見切りやすいオーソドックスな一撃が来ると予想しました。」


「その予測は理解できます。

「ですが、先ほどの戦闘では、あなたの方から距離を詰めて来ましたね。

「試験の性質上あなたがリスクを負って距離を詰めなくても、私の方から仕掛けるしかありません。

「あの行動には何の意味が?


「それは……エナさんは、ドルフさんの奥さんから、剣と弓を習った。そう言いましたよね」


「毒舌も習ったと言ったはずですが」



「えぇ、まぁ確かに毒舌も脅威ではありましたが……」


 あえて言わなかったんだから察してほしい。



「ですが、その程度の情報で私の間合いを把握できたわけではないでしょう?」


 エナさんは思案顔だ。



「弓使いなら、基本は遠距離。

「近距離戦闘は経験が少ないかもしれないと、当たりをつけました。

「ただの勘なので、もちろん間違っていたかもしれませんけど」


「だから、あれほど無防備に距離を詰めた。と?」


「そうです。僕は動きが遅いですから、走って行ったところで隙だらけだと思うんですよ。

「それどころか、構えを取ったところでなお、隙だらけでしょうね。

「それなら中途半端に守るより、急所も何も一切守らない方がわかりやすい攻撃が来ると思いました。

「頭が空いてるのにわざわざ手足を狙う事は無いでしょう。

「だから相手に隙を見せて、詰めてきてもらった上で後の先狙い。

「実際、これしか勝ち目はなかったんですよね。

「あれで決まってなかったら、本当はもう打つ手が無かったです」



「そう、ですか……」


 エナさんは少し考えるような仕草をしている。



 とはいえ、今回は特例だ。


 相手の不得意と僕の得意が上手く噛み合って、相手が試験官でかつ魔法などの遠距離攻撃も禁止されている。


 そういう特殊条件下でのみの限定された勝筋だ。


 この戦闘をきっかけに、彼女が自分の能力について考えたり、悩むようなことではないと思う。



 しいて言えば、遠距離の攻撃方法を増やすか、近距離戦闘の特訓をするか、知覚や鑑定を鍛えて見ただけでデータを取れるようにするか


 、と言ったところか。


 想定より、ずいぶんしっかり打ち明けてしまった。


 試験結果取り消しにならないだろうか。



「しかし、あそこで蹴りは想定外でしたよ」


 僕は、話しを切り変える。



「あぁ、少し熱くなってしまって、ご指摘いただいて助かりました」


 エナさんはぺこりと頭を下げた。



 とはいえ、あそこで蹴られていたら負けていたかもしれない。


 そのかわり、エナさんは自分の下着を衆目に晒すことになったわけだが。


 どんな『肉を切らせて骨を断つ』なんだ。



「蹴り技のスキルってどんな感じですか?」


「《蹴撃術》ですね。私が取得した技ではあそこから持ち直すのは難しかったと思います。ただ、《蹴撃術》の中では逆立ちして回転蹴


 りをするような技もあるそうなので、そういうのを使えたら良かったのかもしれませんが……」


 そんな技使ったら、パンツ丸出しですよ。


 というか、《襲撃術》ってそういうスキルなのか。


 蹴りが強くなるとかじゃなくて、技の取得条件みたいな。



「《蹴撃術》のスキルを取った人が、一番最初に覚えるのってどんな技ですか?」


「それは、人による。と言いたいところですが、概ね《閃》でしょう。シンプルで応用がききますから。《剣術》などでも大体はそうで


 すね」



 やっぱり、《蹴撃術》を覚えてから、別途技を覚えるのか。


 ゲームのソフトに対するハードとか、アプリに対するスマホとか、PCのOSみたいなのが、《術》と付くスキルなんだ。


 加えて、《閃》という技は、蹴りでも剣でも同様に存在する技なんだな。



「《閃》は切断属性の一撃技です。動きが速く、技後の硬直も短い。しかし、奥深い技で、熟練者と初心者ではスピード、威力、攻撃範


 囲が全く異なり、『閃を極めし者は一閃すれば百の首を刎ねる』などと言われるくらいです」


 エナさんは、そう補足してくれた。


 最初の技にして奥義ということか。



「やっぱり《閃》を覚えるには、《剣術》や《蹴撃術》を先に覚えなきゃダメなんですよね?」


「そうですね。剣を使った《閃》を覚えたければ、《剣術》を。《弓術》にも《閃》はありますが、やはり《弓術》が必須ですね」



 そうか。そうなれば、《剣術》を覚えれば剣を使い続け、《棍術》を覚えたら棍棒を使い続ける方が、無駄が無い。



「エナさんは、《剣術》と《弓術》両方取得しているんですか?」


「いえ、《襲撃術》だけ。剣や弓はエルダさんに習っている途中で、まだ取得には至っていません」


 あれ?練習で取得する方法もあるのか?



「えっと、ポイントを支払えば取得できるんじゃ?」


「何もない所からスキルは生まれませんが?鍛錬を重ねて取得条件を満たさないと、ポイントを振り分けることはできません」


 言われてみればその通りだ。


 僕も、おっちゃんの手伝いをして《罠設置》のスキルが取得可能になったのだし、《剣術》は木剣を持つようになってからだ。


 しかし、訓練が必要なのか?僕はけっこうすぐに発現していた気がするんだけど。



『ピコン』


「メニュー」



「あの?何か?」


「いえいえ、独り言です」


 反射的にメッセージを開く癖がついてきた。気を付けないと。



【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□


 お主には《動作最適化》があるからの。


 身体を動かして得られるものは、割とすぐに得られるのじゃ。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 あぁ。そうか、確かに。


 最も無駄のないスムーズな動作を行えるんだもんな。


 最初は、野球ゲームの守備セミオート程度の能力かと思っていたけれど、《動作最適化》恐ろしい子!




「では、私はそろそろ寮へ帰ります。眠いですので」


 そうだった。彼女は昨日一日待ちぼうけを食らって、徹夜していたのだった。


「送りますか?」


「いえ、お気遣いなく」


 彼女はスッと立ち上がる。


 お酒も飲んでないし、心配ないだろう。


 素気無い断りは少し残念。というか、毒舌なエナさんの言葉は精神的にきつい。



「今日は、ありがとうございました。いろいろと。明日は私は午後からの出勤ですので、何かあれば、……また」


 それだけ言い残し、エナさんは帰って行った。



「なんだ、送って行かねえのか?」


 メシ屋のおっちゃんだ。相変わらず厳つい。



「平気だそうです。お酒も飲んでませんでしたしね。あと、エナさんの方が僕より強いんで」


「なんだ、なんだ、情けねぇなぁ。

「まぁ、エナちゃんはギルドの寮住まいだしな。送り狼ってわけにもいかねぇか。

「お前さんは……連れ込もうにも居候だしな」



 なんだよー。別にそういう感じじゃないんだよ。


 大体、僕は14歳。エナさんはどう見ても僕より年上で、立派な大人だ。


 経済事情や住宅事情だけでなく、そういう意味でもつり合いは取れていない。



 ……まぁ、つり合いどうこう言うのは、ちょっと言い訳っぽい気もするが。



 エナさんは美人だし、彼氏とか親しくしている男の人が居てもおかしくない。


 もし親密になるにしても、もう少し時間をかけるべきだ!



 んー?僕は、思ったより彼女のこと気になっていたみたいだ。


 仕事以外では関わりたくないと思っていたはずなのになぁ。


 自分のことながら、ちょっと意外だ。



「なるべく早く、独り立ちするようにしますよ」


 僕はそう言うと、さっき追加注文したハーブティーに口を付けた。



 この店のオリジナルブレンドだというこのハーブティーは、すっきりと清涼感のある甘い花の香りがした。

2016年4月21日

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