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異世界の半分はお約束でできている  作者: 倉内義人
第一章
13/42

#013 冒険者ギルド

2016年4月19日



「お前さん、こんなところで何しとるんだ?」



 目覚めは良いとは言えなかった。


 廊下の床の寝心地はお察しだし、極めつけは起き抜けのおっちゃんのどアップだ。


 屋根の下で眠れるだけでも感謝すべきだとわかっているつもりだが、ここはちゃんと言っておくべきだと思う。


 なぜなら、これはおっちゃんの奥さんが帰ってくるかどうかの瀬戸際だと思うから。



「……おっちゃん。娘さんの部屋を勝手に誰かに使わせたらダメ!絶対!」


 それからおっちゃんをそこに座らせ、膝を突き合わせての説教タイムだった。


 デリカシーという言葉の意味を骨身に刻み込んでやった。


 最終的には理解を示してくれたことは幸いだったが、時間をずいぶん食ってしまった。



「なるほどなー」と腕を組んで感心している様子のおっちゃん。


 たぶん、今まで、奥さんや娘さんが出て行った理由について思い当たるところが無かったのだと思う。



「おっちゃん、優しいだけでは人を幸せにはできないんです……」


 とそれらしい言葉を残して、その場を解散した。



 ちなみにこのときおっちゃんはエプロン姿で、僕にたまごの調理法の好みを聞きに来ていたのだそうだ。


 目玉焼きを、よく焼いてください!



 おっちゃんの朝食は、手作りのパンも合わせて、僕の人生(覚えている範囲で前世まで含めた)で最もうまい朝食であったことをここに宣言しておく。



「さて、んじゃあギルドに顔出すか」


 僕は登録に。


 おっちゃんはゴブリンに関する依頼の報告に、ギルドに行くことになった。



 向かう前に、能力を確認したところ、レベルが一つ上がり、振り分け出来るポイントが20増えていた。


 加えて、選択できるスキルの中に《剣術》、《棍術》、《投擲》が増えていた。


 昨日おっちゃんに木剣をもらって狂喜乱舞したのが功を奏したようだ。


 ……あれが剣術でよかったのだろうか?


 何かおかしなところが無ければいいんだけど。幼女神はこういう時は答えない。




 おっちゃんの家から、冒険者ギルドまではそれほど遠くなかった。


 もっとも、一番近いのは商業ギルドの方で、そっちは目と鼻の先だったが。


 冒険者ギルドで仕入れた素材を商業ギルドに卸すこともあるようなので、二つのギルド間は行き来しやすい。


 距離も近いし、道もしっかり石畳で舗装されている。



 もう少し路地裏に入って、昨日のメシ屋やおっちゃんの家の前まで行くと土が踏み固められた程度の施工に留まっている。


 森の中に比べれば十分歩きやすので、生活には問題なさそうだし、特に気にらない。



 得てして、僕とおっちゃんはギルドにたどり着いた。



 外見上は木造に見えなくもないが、レンガ造りの上に木材を張り付けているようだった。


 コンコンと外壁を叩いても、反響しない。


 ドアはなく、門戸は常に開かれている。二十四時間営業のようなので、文字通りだろう。



 その開かれた入口をくぐるとすぐにおっさんたちに囲まれた。


 テンプレ的に絡まれることを想定していたので、驚きはしない。


 しかし、よく見れば昨日のメシ屋に居た面々ではないか。



 適当に挨拶を交わす。



「昨日はうまかったよ。ありがとな。今度俺が大物を捕まえたら、あんたらに振る舞うぜ!」


「オメー去年の暮れからずっとそんなこと言ってんじゃねーか!」


「なんだ、なんだ?今日は小僧が登録するって?」


「困ったことがあったらいつでもいいな!」


「ガハハハハ!」



 がはははは……。


 いや、みんないい人なんだよ。でも、絵面が暑苦しすぎるだろう。


 おっちゃんは、適当に相手している。


 僕も最初は愛想笑いを浮かべていたけれど、耐え切れずに抜け出した。




 登録窓口に行く前に、依頼が掲載されているボードを見る。


 ギルドカードにはステータスも書き込まれるそうだから、おかしな数値や能力が見つかると困る。


 少しでも情報を集めておきたいが、何かないだろうか。



 僕は初めて見る依頼書をじっと読んだ。



『【F】薬草採取、種類問わず、二〇〇グラムにつき大銅貨一枚』


『【F】平薬草採取、二〇〇グラムにつき大銅貨一枚』


『【E】緑薬草採取、一〇〇グラムにつき銅貨三枚』


『【E】ボアの葉採取、三枚につき銅貨一枚』



 うん。能力値の情報は得られそうにない。



 E、Fランクでは薬草採取が主だった仕事らしい。


 森に行けば、それなりに薬草は揃うようだし、いざという時に自分の実を守れれば特に難しいことも無いのかもしれない。


 戦えなくても、逃げ足で十分だ。



『種類問わず』の依頼では、鑑定のスキルや目利きも不要で新人には取組やすいのだろう。


 ただし、報酬は見る限りで一番安い。


 二〇〇グラムと言えば、店売りの菜っ葉一束がそのくらいだ。


 それが五百円になると言えばいい報酬ともいえるが、農場での培養でなく天然物である薬草類を一束採るのは結構大変な気がする。


 群生していればまだいいが、身の危険もあることだ。


 たとえ、採取の対象がタンポポでもあまりやりたくないな。依頼書を見る限りやらなきゃダメみたいだけど。



 せめて、僕が薬草の種類を把握して持ち込めれば、『種類問わず』より多くの報酬を得ることができそうだ。


 平薬草っていうのが、一番ランクの低い薬草なんだろう。『種類問わず』と報酬が同じだ。


 仮に適当に一纏めにされた薬草の束が全部最低ランクの薬草でも、ギルドは損をしない。まぁ当然の料金設定と言える。



『ボアの葉』っていうのだけ毛色が違うな。グラムじゃなくて枚数だし。


 草ではなく葉っぱだって言うなら、木から採取しなきゃいけないのかな?


 後で調べておこう。出来るだけ高効率のものを狙いたいし。



 ……やっぱり低ランクだと報酬も安いな。


 薬草は大量に採取できないとほとんど収入にならなそうだ。



 八百屋さんでは、リンゴ一個が銅貨一枚だった。


 額面通りに依頼を達成しても、リンゴ五個分にしかならないわけだ。



 仮に薬草の群生地を発見して、二キロくらい集めて来られても五千円。この世界では半銀貨一枚。


 僕が、この街に入るときヒムロスさんに支払ったのと同額だ。



 日給五千円。この世界なら何とかなるか?


 でもそれも、薬草二キロを毎日安定して卸さなきゃいけない。


 ほうれん草だったら十束。箱売りだな。



 ……それができれば僕は薬草農家じゃないか。



 野生の薬草を探すより、なんとか農園で育てられないんだろうか。


 もちろん、今も、どこかの誰かがそれに挑戦しているんだろうけど。



 うーん。どうも、低ランクで生計を立てるのは不毛な感じがする。



 もう少し上のランクを見てみる。


『【D】鉄鉱石採掘、一キロにつき銀貨一枚』


『【D】金採掘、三〇グラムにつき金貨一枚』


『【D】銀採掘、一〇〇グラムにつき銀貨一枚』


『【D】銅採掘、五〇〇グラムにつき大銅貨一枚』



 Dランクでは鉱石採掘が多いな。


 おっちゃんの手伝いでちょっと採掘したけど、僕一人じゃどこを掘ったらいいのかわからなかった。


 それに、このあたりだと採掘場は森の奥か東の山の中だって言うし、あそこまでの行き来は大変だ。



 鉄鉱石は最低でも一キロまとめて卸さなきゃいけないみたいだし、かなり骨が折れそうだ。


 僕の能力値では実際に手足が折れかねない。



 金はやっぱり価格が高いが、どこで産出するのかもわからない。


 流通している金貨の価値を担保出来る程度の価値はあるんだから、やっぱり希少なのだろう。


 西の山脈から流れる川で砂金採りでもしようか。


 三十グラムは気が遠くなりそうだな。


 銀や銅なら、たぶん森の奥の採掘場で取れそうだけど。



 この世界の採掘はちょっとおかしいのだ。


 おっちゃんに言われた場所からは、掘るたびに違う鉱石が採れた。


 主だっては鉄鉱石だったが、同時に岩塩や、酒を造る酒精石。発酵に使う細菌石。燃料に使う原油石も採れた。


 僕は毎回首を傾げながら掘ったが、おっちゃんは気にしていなかった。



 それが、この世界の常識なのだろう。


 これも不合理ではあるが、移動の手間が大幅に削られて、便利なことだ。


 どこの街にも同じような資源があるなら地域格差も起こりづらくなるだろう。



 ボードには、鉄鉱石以外に原油石なんかも依頼が出ている。


 採掘した鉱石に合わせた依頼を後から受ける方が賢いんだろうな。ルールとして可能なら、の話だが。


 けれど、そうなれば必然的に持ち帰る鉱石の量が増すだろうから、膂力を増やしてアイテムボックスを強化しないといけない。


 僕は今のところアイテムボックスを取得できないが、何かしら職業に就けば取得できるらしい。


 ギルドに登録して、冒険者になれば取得条件を満たせるだろう。


 あと足りない分は荷車を持つか、パーティーを組んで行くという手を取ろうか。



 ついでに。と、上級のボードに向かう。サイズが一回り大きく、依頼の種類も様々だ。心なし作りも豪華な気がする。



『【C】桜花蜂の蜜採取、五〇グラムにつき半銀貨一枚』


『【C】商隊護衛、港町サフラン、半銀貨一枚』


『【C】トリ魔物の尾羽、一枚につき銀貨一枚』


『【C】サソリ魔物の毒尾、一枚につき金貨一枚』


『【B】アイン川上流の調査、報告書に対し金貨一枚と大銀貨一枚』


『【B】ワイバーン素材、報酬応相談』


『【A】商隊護衛、王都ゲロニカ、一パーティにつき金貨二十五枚』



 蜂とかサソリとか穏やかじゃないなぁ。


 やっぱり上級ともなると危険な獣や魔物の相手が依頼内容に加味されていくようだ。



 お。ワイバーンの素材とな。ちょっとロマンを感じずにはいられない。


 応相談とあるところを見ると、やっぱり希少、あるいは危険なのだろうな。



 川の調査ってやつは、おっちゃんが森の奥の調査をしたのと同系統の依頼なんだろう。


 場合によっては、魔物の巣や大量発生の殲滅までも仕事に含まれてくる。





 商隊護衛の依頼は商業ギルドから来ていると書いてある。



 港町サフランなら東に馬車で一日。しかも平原しか通らないから、魔物の心配は少ない。


 それに対して、王都に行くとなれば、砂丘や山間を越えて三、四日かかるらしい。


 獣や魔物の危険も増す。


 都会ともなれば盗賊なんかの犯罪者も一気に増えるだろう。



 ここまで依頼を見てきた感じ、低ランクでは生きていくのは厳しいし、鉱石類の換金率もシビア。


 都会では、冒険者は多いと聞くし、いい依頼は取り合いになるだろうから、比例して治安も悪くなりがちだと推察できる。



 冒険者になる人間は、特殊技能が無く職人になれず、土地が無く農夫になれず、資金も無いので商人にもなれない。


 最後の希望である冒険者を廃業してしまった場合は、冒険者の時になけなしの金で買った武器や防具を使って荒事を仕事にするしかない


 だろう。


 しかもターゲットは自分より弱い者にせざるを得まい。野盗の出来上がりだ。



 犯罪者の取り締まりは当然するだろうけれど、街の外までは手が出せない部分も多い。


 そうなれば、魔物が出ない平原のどこかに、隠れてひっそり暮らして、近くを通った商人から金品を負い剥ぐのがセオリーになる。


 当然、王都は商人の出入りがどこよりも多いはずだ。


 王都への商隊護衛は護衛任務の中でトップクラスに危険な仕事になる以上、報酬もトップクラスだ。



 とはいえ、Aランクの冒険者が出てくれば、盗賊ではひとたまりもないだろうな。


 Aランクに対応できる強さがあれば、犯罪のリスクを負わなくても生きていく方法はいくらでもあるだろうし。



 そう考えるとやっぱり一番おいしいのは護衛任務かもしれない。


 時間的に拘束されるリスクはあっても、実際の危険度は左程でもない気がする。


 まぁ仮にその推測が当たっていたとしても、そういう依頼ができるようになるのはまだまだ先だろうけれど。


 まだGランクにもなってない僕には考えるのもおこがましいや。



「こちらにはどのような御用で?」


 そろそろ、情報収集はあきらめて掲示板を離れようとした時に女性に話しかけられる。



 そもそもは能力値の指標を探していただったはずだ。


 他の情報は多少手に入ったが、一番欲しい情報はあきらめざるを得なかった。



「新規登録です」


 ちょうど、登録窓口に向かおうとしたところだったので、素直に答えた。



「……こちらへどうぞ」


 少し、驚いたようだったが、すぐに案内してくれた。



 相手は冒険者ギルドの受付のお姉さんのお約束に沿って、とても美人のお姉さんだった。


 喜ばしいことに、この世界に来て女性との初絡みだ。



 しかし、美人過ぎて僕にはいささかハードルが高い。


 コミュ力低いって言ったじゃないか!(#003参照のこと)



 赤茶の髪をさらりとしたショートカットにして、横からわずかに見えるエルフ耳。


 スタイルが良く、パリッとした制服の着こなしは、仕事ができそうなキャリアウーマンタイプの女性だ。


 付け加えるなら、胸は若干控えめだった。



 わざわざ受付カウンターから出て来てくれたみたいだ。


 確かに僕みたいな子供が高ランクの依頼書を見ながら真面目な顔をしてれば、不審がられても仕方ないな。



「すみませんでした。珍しくてつい見学していました。」


 僕は努めて爽やかに、丁寧に話した。


 自己紹介しようにも、名前が無いから、挨拶がすごく難しい。


 えーっと。


 ちょっと卑怯かもしれないけど、早急におっちゃんの名前を出しちゃおう。



「森で倒れていたところをドルフさんに拾っていただきました。

「記憶を無くしていまして、能力値もとても弱まっているようなのですが、身分証が必要なので冒険者ギルドに登録しようという次第です」


「かしこまりました。ヒムロスさんから話しを窺っております。もし来たら気にかけて欲しいとのことでした」



 あぁ、ヒムロスさんが話しを通していてくれたのか。


 それにしても、記憶喪失の話しで目頭を押さえなかった人はこの人が初めてだな。


 ギルドの入口辺りで未だに群れてるおっさん達も目を潤ませたというのに。


 というか、少し警戒されてるような。


 さっさと登録した方が良かったか。



「では、必要事項の記入を」


 僕はペンを持つ。


 名前、空欄。うん、出鼻を挫かれた感じしかしない。


 年齢、これは14歳。……なんで、年齢だけわかるんだ!逆に怪しいよ!


 職業、わからん。空欄にしよう。


 特技、えーっと……スキルから何か書けたらいいんだけど、何一つ書けない!



 あぁ、時間がかかればかかるほど、お姉さんの視線が痛い!



 特技、投石。


 得意武器、木剣。


 ……原始人かな?


 石投げるのと木の棒振り回すのが得意ってなんだこれ。



 とりあえず埋められるだけ埋めて、速やかに提出した。



 お姉さんの顔は依然険しい。あ、今さらに険しくなったかも。



「色々と言いたいことはありますが、せめて名前が欲しい所ですね。もし、記憶が無くなる前に登録していただけていればそこから素性を探ることも……失礼、あなたの昔のことを思い出す情報を調べられるかもしれないのですが」



 素性を探るって言った。



「すみません。思い出せたら、必ず伝えに来ます」


「……かしこまりました。試験は受けられますか?」



「試験ですか?」


 冒険者になるのに試験が必要とは聞いていなかったが。不審者だからだろうか。



「はい。試験に合格できれば、Gランクは飛び級してFランクからのスタートとなります。受けなくても入会は可能です」


「試験の内容は……」


「試験官との手合せですね。勝ち負けは問われませんが、内容がそぐわなければ不合格となります」



 どうしたものかな。依頼書の報酬額を見る限り飛び級は魅力的だけど、手の内を晒すのは怖い。


 試験という性質上、実力は示さなきゃいけないけれど、最低能力の僕が試験官を圧倒したりしたらおかしなことになるんじゃないだろうか。


 うーん。悩む。



「受けとけ、受けとけ。お前さんなら問題ない」


 おっちゃんだった。よくぞ戻った。あのおっさんバリケードから。



「ドルフさん。ゴブリンの巣の件ありがとうございました」


「おう。殲滅してきた」


「ヒムロスさんから先触れで聞き及んでおります。昨日の内に来ていただけるかと思って待っていたのですが?」


「あぁ……すまんかった。昨日は色々あってな」


「いえ、私が勝手に徹夜で待っていただけですので」


「す、すまんかった」


 おっちゃんは冷や汗をかきながらペコペコと謝罪した。


 もちろん僕も右に倣った。



「だが、そうなるとこいつの試験官は代理を立てたほうがいいか」


「いえ、問題ありません。彼が受験すると言うなら私が」


 大丈夫だろうか?


 彼女が試験官をするというからには、もちろんその実力があるのだろうが、僕としては徹夜明けの具合悪そうな女性に切りかかるのは気が咎める。


 仕方ない、ここは。


「僕は試験は受けません。Gランクからでいいです」


「逃げるのですか?」



 なんでこんなグイグイ来るんだよ!

2016年4月19日

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