#011 猪料理
2016年4月17日
最初に届いたのはおっちゃんのエールだった。
この街で収穫した麦で作ったものらしい。
今時期だと、黒麦という品種を使っているそうだ。
色は判別しにくいが、心なし黒っぽい。
僕もちょっと飲みたい気分になったが、ここは我慢。
ついでに言うと、入れ物の金属製のゴブレットは、おっちゃんが作って卸したものだそうだ。
僕の前には、コーラ色の炭酸飲料。ノンアルコール。
これは、おっちゃんおすすめの『麦サイダー』だ。
お互いの杯をガツンと合わせて「出会いに!」と短い乾杯。
……頑丈なゴブレットだなー。
ゴクリ、ゴクリ……ちょっと味見のつもりが半分くらいまで飲んでしまった。
うん!悪くない!
これは、コーラとは見た目だけが似て、実際は非なるものだ。
爽やかな喉越しで炭酸がはじけ、その後からスパイシーな香りと、強い甘味が追いかけてくる。
「その麦サイダーは、この店のオリジナルブレンドだ!うめーだろ?」
僕は、杯を一気にあおり、「ぷはー」と一息。
「うん。初めての味ですが気に入りました!」
まぁ、初めても何も記憶喪失ですがね。と付け加えたら、「お、おう……」と困惑された。
記憶喪失ジョークははブラック過ぎたかもしれない。
「あまり、気を使わないでください。確かに能力が低くて不便な部分もありますが、おっちゃんと会えて僕は今とても楽しいですよ。拾ってくれてありがとうございます」
「出会いに」と僕が杯は突きだすと、おっちゃんはさっきと同じように力強く杯を合わせてくれた。
「バカヤローが」と少し恥じ入った様子でおっちゃんは杯をあおった。
さて、少し時間が経って、テーブルにはちょっと多すぎるほど料理が並んでいる。
所狭しと並ぶ料理は、概ね猪料理だ。
というのも、おっちゃんが酔った勢いで、帰り際に森で狩った猪を大放出したのだ。
「好きに使えい!」との仰せだった。
血抜きも解体もしてない猪を出されても、すぐには料理なんて出来ないだろうに。
メシ屋のおっさんは気にした風もなく「ガハハハ」と機嫌よく笑って、猪を担ぎ、厨房へ入って行った。
出てきた猪料理はどれもうまかった。
肉は臭みが無く、豚肉よりも味が濃い。
ばら肉は炭火焼。もも肉はから揚げで、内臓は甘辛い煮込み。
これは酒飲みにはたまらないだろう。
うまい、うまいと言いながら、ご飯(玄米みたいなのが普通にあった)と一緒にガツガツ書き込んだ。
特に内蔵の煮込みはご飯との相性が抜群だ。
とろっとした油が煮汁に溶け出して、それをご飯にぶっかける。この世界に来て一番の幸せな瞬間だった。
内臓は、新鮮な間しか食べられないのだという。
今日倒した猪は、今日の夜の内に解体して仕込むのだそうだ。
案の定、今このテーブルにある猪は僕らが持ってきたものでは無かったのだ。
そして、この店の今日の分の猪は、僕とおっちゃんの二人だけでなく店中の客に振る舞われた。
何とも剛毅なことだが、どんちゃん騒ぎで楽しかった。
他の客が頼んだ料理なんかも食べさせてもらって、この街で収穫したという芋料理なんかはとても気に入った。
おっちゃんはやっぱりそれなりに名の通った冒険者のようで、店のあちこちから声をかけられていた。
後半はエールからウイスキーに移行したようで、少し酔っていた。
おっちゃんはドワーフでは無いが、見た目通りの酒豪だった。
ウイスキーを原液のまま、ガブガブと飲んでいた。
僕だったら、たぶん、死ぬと思う。急性アルコール中毒で文字通りに死亡する。
だって、ウイスキーの樽がゴロゴロ転がってるんだぜ?
僕は、自分の麦サイダーを持って外に出る。
少し酔ってしまったかもしれない。人酔いの意味で。
もしかすると前世でも、人ごみには弱かったかもしれないな。
外はずいぶん涼しい。
もう春だと言っていたが、昼間に比べるとずいぶん冷えるようだ。
夜空を仰げば、星がずいぶん多く見える。
月は二つ無い。一つだけだ。
異世界生活は、楽しい。
景色は美しいし、メシもうまい。
出会う人は皆親切で、幼女神が言っていた「生きやすい世界」という言葉を、少しは信じてもいいかな。と思う。
だが、ぶっちゃけ、こんなに恵まれていていいのかとも思っていた。
無条件で幼女神を信じるのは、しっぺ返しを食らいそうで怖い。
これももちろん、ネット小説で得た教訓に過ぎないのだが。
ただ、この世界で出会った人々はみんないい人だと思う。
おっちゃんは命の恩人だし、ヒムロスさん達も俺の為に泣いてくれる。
このメシ屋のおっさんも顔は厳ついが気のいい人だ。
この人たちを疑って生きるのは、かなり辛い。
ここまできたら、おっちゃんたちを信じて生きていこう。
そうなると、今度は僕自身のことをおっちゃんたちに話せないのが少し辛いか。
いや、信頼されるように行動するのみだ。
どうせ、生まれ変わりの話しをしたところで意味は無い。
ここまで、助けてもらった人たちに恩を返していけるように、前を向いて生きていこう!
しかし、僕の周りにおっさんしか居ない件については甚だ不満だ。
店の客すら全員おっさんなのだが。
あとはせめて、自分の名前くらいは思い出したい。
なんとなくだけど、思い出すのを諦めて偽名を名乗るのは良くない気がする。
自分を偽って生きていくような気持になってしまう。
『ピコン』
このシステム音にもずいぶんなれたものだ。
今のメシ屋の喧騒の中では、誰も変に思わないだろう。
「メニュー」
【メッセージ】■□■□■□■□■□■□■□
無事街について何よりじゃ。
まぁ、わしのことをあまり信用してくれとらんのはちょっと残念じゃが、苦しゅうない。
お前さんの名前については、自力で思い出すがいいのじゃ。
きっとそう時間がかからずに思い出せる事じゃろう。
精々、新たな人生を楽しむのじゃ。
PS
わし、女の子じゃよ?
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
僕は、少し笑った。
僕がメッセージを読んで笑うのはこれが初めてだ。
だが、残念。つるぺたには興味が無いな。フハハハ!
僕の哄笑は、店の喧騒に溶けて夜空に消えた。
それが、幼女神にまで届いたかは、定かでない。
初めて、あとがきを書かせていただきます。
いつも、読んでいただいて、本当にありがとうございます。
おかげさまで、拙作も十話を数えることができました。
遅々として進まない物語に辟易なさっているかと存じますが、精いっぱい書いてまいりますので、今後とも、何卒お願い致します。
特に、女性キャラクターがなかなか登場しない件は、私の不徳の致すところ。
なるべく迅速に対応させていただきたいと思っている次第です。
『ハーレム』のタグに偽りなし!
とはいえ、今はおっさんたちと食べ物を書くのも楽しいです。
冒険者ギルドに彼らの足が向いてくれれば、受付のお姉さんを出せるのですが、楽しそうに寄り道してるのでなかなかたどり着いてくれません。
読者の皆さまにおかれましても、「はよ出せ」とお思いのこととお察ししますので、前述の通り、善処いたします。
なろうユーザーの皆様、並びにTwitterでフォローいただいている皆様、今後とも「異世界の半分はお約束でできている」をよろしくお願い致します。
2016年4月17日




