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その15 インフレについて

 強さに際限と言うものはない。

 求め続ける限り、人は無限の力を手にする可能性を秘めている……


 ちょっぴり格好付けてみたが、創作の世界において、人が手にすることのできる力とはまさしく無限大だ。

 指先ひとつで悪党をダウンさせ、時間を止めた中で自分だけ動くことができ、軽く放り投げたエネルギー弾が星を破壊し、実在する神々を相手に光を超える速度で殴り合いすることだってできるわけだ。

 創作の世界に「やり過ぎ」はない。

 作者が書き続ける限り、強さに限界などあり得ないのだ。


 さて、今回は能力の『インフレ』について考えてみよう。

 『インフレ』とは、即ちインフレーション。本来は経済の分野で使われる用語で、物価がどんどんと上昇していく現象のことを指す。ちなみに、逆にどんどんと下降する現象をデフレ(デフレーション)という。

 ここでは、物語における『強さ』の基準がどんどんと跳ね上がっていく現象のことを指す(なんなら○ラゴンボール現象と言い換えてもいい)。

 つまり「インフレし過ぎ」という感想は、「キャラを強くし過ぎ」ということである。

 さて、これにいったいどんな問題があるというのか?





 最近の小説における『インフレ』は、その過半数が『チート』および『主人公最強』ものに適用されている。

 例えば、こんなストーリー。


 異世界に転移した普通の学生が『チート』によってドラゴンを一撃で倒せるようになり、魔王すらも無傷で完全勝利、実は真の黒幕だった大魔王を新しく会得した奥義でなんとか倒せたかと思ったら、すべての人類を操る神々との決戦が待ち受けていた。


 おそらく、最後の戦いの舞台は天界か地獄か虚数空間(異次元フィールドみたいな?)だろう。剣と魔法のファンタジーはどこ行った。

 これが『インフレ』。

 冒険ファンタジーがいつの間にやら神々との戦いを描く一大スペクタクルと化している。創作の世界に「やり過ぎ」はないとは言ったが、最初に書こうとした物語の筋が斜め上に大暴投しちゃっているのだ。

 物語としての良し悪しの問題ではない。実際、こういう展開になっても面白い作品はたくさん存在する。

 ただ……この展開になると、作者としては本当に大変なのだ。

 

 最初からそういう方向性を目指す場合はまったく問題ないのだ。(あお)りでもなんでもなく、頑張って執筆してほしいと心より応援させていただきたい。

 よって、そういった作者の方は、ここから先の考察は完全な『逃げ』になるのでむしろ読まないことをオススメする。

 きっと、決意が鈍ってしまうだろうから。





 主人公を強くするのならば、当然ながらその強さを表現するために「手ごろなサンドバッグ」こと敵キャラを用意しなければ始まらない。

 ある程度白熱する戦いを作りたいのであれば、主人公に対抗できるだけの力を持った敵でないとならないわけだ。で、戦って最終的に勝つ。

 

 ――それじゃあ、次は?


 この一言こそが、作者を『インフレ』という名のデスマーチにご招待するラッパの音だ。

 当然、次の戦いは最初の敵キャラよりも強くしないと成り立たない。ドラゴンを倒した勇者の次の相手がスライムでは問題だろう。

 今回もやることは一緒だ。

 と言っても以前の敵より強いわけだから、修行なり新しい武器を調達するなりしてパワーアップしてから挑む。で、戦って、勝つ。


――それじゃあ、次は?


 以下同文。

 いつまで続けりゃいいんだこんなこと。


 力押しのバトルアクションものでよく陥るのがこの現象で、主人公が強くなり過ぎて、最終的には星の外に出て戦う羽目になることもしばしば。

 もう一度言うが、こういう展開になっても面白い作品は面白いのだ。

だが、「魔王倒して終わりのはずが、いつの間にか神々にケンカ売って天国と地獄を舞台にした終末戦争(アルマゲドン)勃発(ぼっぱつ)していた」と言いながら頭を抱える作者の姿も目に浮かぶのである。


 回避方法はいくつか存在する。


 まずは「戦わない」。

 身も蓋もないが、戦うこと自体を放棄すれば『インフレ』だって起きようがない。

 最強の『チート』を手に入れてもご隠居みたいに質素な生活を送る作品も出てきているし、『テンプレ』通りに目的の無い気ままな旅をする、という判断もここから来ているのかもしれない。


 次に、「力以外での解決方法を提示する」。

 例えば、地球崩壊を食い止める大魔法を使うために全人類の心をひとつにするだとか、力押しだけではどうにもできない敵を挿げてしまえばいい。

 内政など、バトルものでない作品については最初からこの条件をクリアしている。戦いになってしまう展開もあるだろうが、もっと強く、と更なる上を目指すことを要求されること自体が少ないだろう。


 そして、「『インフレ』を緩やかにする」。

 同じ展開になろうとも、強くするペースをもっとゆっくりにすることだ。パワーバランスの調整に気を使う必要はあるが、バトルものの作品の方向性を変えたくない場合は最も有効だろう。


 「戦わない」「力以外での解決方法を提示する」は確かに一発で解決できるが、そもそもバトルものでなくなってしまう可能性もあるので、ここで深く考察するのは避けよう。

 「『インフレ』を緩やかにする」、この手法に今回はスポットを当ててみることにしよう。





 人生は山登りによく例えられる。

 小説の世界だってそう、『インフレ』だってそうである。

 誰もが山の(ふもと)からスタートして、険しい山道を登って山頂を目指すわけだ。

 つまり、ごくごく当たり前の話として、山頂はゴールなのだ(、、、、、、、、、)

 ヘリコプターで山頂付近に着陸して登り始めれば、ものの数分でゴールするということなのだ。


 バカみたいな例え話のようだが、このヘリコプターは『テンプレ』小説における『チート』のことである。

 本来途方もない時間をかけてじわりじわりと登っていく山道をショートカットしてしまったものだから、もう数メートル先に見えてしまっているゴールまでの短い間に、とにかく片っ端からイベントを詰め込むしかなくなる。間違っても山頂を飛び越えて宇宙(そら)の彼方に行こうとしてはいけない。


 『チート』を使う時のコツとしては、『チート』を使うことでゴールまでショートカットするのではなく、『チート』を手にしたことでようやくスタート地点に立った、と考えることだ。

 より正確に言えば、『チート』は物語を楽に進められるツールなのではなく、『チート』がないとそもそも物語を進めることができない、という発想が正しい。


 私のやり方が正しいとは限らないので、参考になるかどうかは分からないが……拙作“AL:Clear”も、相当な『インフレ』作品である。

 序盤から超人なり魔法使いが出てきて異能のドンパチをやらかしているので、何の力も持たない一般人など第一話から置き去りである。

 が、拙作に登場するあらゆる敵は、一部例外を除いて全員強い(、、、、)

 要するに、『チート』が無ければ戦場に立つことすら不可能。『チート』が手に入って、ようやく同じ土俵に立てるパワーバランスの世界観なのだ。

 『テンプレ』的に言えば、『チート』で創造魔法を身に付けて身体能力も爆発的に上がっていようが、技もない戦術もない覚悟もないまともな戦闘経験もないようでは、拙作の世界ではただのザコ扱いというスーパーハードモードに設定しているのだ。小説情報にも載せているのだが、俺tueeeなど絶対に許されない環境である。

 これはあくまで一例だ。

 『チート』で主人公ひとりの強さが宇宙の彼方まで吹っ飛ぶようであれば、いっそ全員が宇宙に行けば同じ条件だろうというある意味暴論なので、一例としてはむしろ最悪かもしれない。


 それこそレベルの概念に当てはめて考えればいいだろう。

 最初からレベル99にするから、適当な敵を倒した後に相手がいなくなって、無理やりレベルを100以上に限界突破しなくてはならなくなる。

 一から十まで、常に自分が最強であり続けたいだけなら別にいいのだ。最初から最後まで格下の敵しか相手をするつもりがないなら問題は一切ない。これ以上主人公を強くする必要性がないのだから。

 だが、この状況で『強敵』を出して、主人公に勝つための努力をさせたいのであれば……さあ『インフレ』デスマーチへご招待、ということになる。

 よって当然ながら、勝つための努力や成長を描きたいのであれば、低レベルから徐々に引き上げていった方が間違いなく効率はいい。





 が、そう言われても『主人公最強』の爽快感を失っては『テンプレ』も成り立つまい。

 それでは、『主人公最強』かつ無理な『インフレ』を抑えつつ、それでも強敵との対峙や成長を描きたい場合はどうするべきなのか?

 答えは簡単。『欠点』を作ればいいのだ。

 これは能力的な『欠点』だけでなく、性格でも外見でも直接的に戦いに関係しない部分でも構わない。

苦手な分野、コンプレックスを作り出すだけで、『主人公最強』でも成長要素を入れることは比較的容易だ。

 主人公にも敵にも同じことが言えるが、単純なステータス上の性能(スペック)だけで優劣を測ろうとするから、レベルを上げまくっての力押しという『インフレ』による解決手段しか出てこないのだ。

 ドラキュラみたいに「朝日に弱い」なり明確な弱点を設定しておけば、力押し以外での乗り越え方だっていくらでも提示できる。

 強敵を倒し、成長を描写するのは、腕っぷしの力以外の部分でも表現できるということだ。

 例えば、接近戦しかできない主人公に対して空を飛ぶ敵を用意し、弓矢なり鉄砲なりを発明して倒すのであれば、ステータス上の性能(スペック)を上げることなく主人公の成長が描ける。レベルは99のままだが、「飛び道具を使うという発想を学ぶ」という成長となるわけだ(どこの原始人だよという感想は無しだ)。





 『オリジナリティ』能力面の考察でも挙げたが、主人公の設定に『全知全能』を推奨(すいしょう)しなかったのは、この成長方法すら使えなくなってしまうからだ。最初からすべてが完成されていて、これ以上手を加えようがないキャラクターというのは、もう動かしようがない。

 ラスボスに挿げるならむしろ適切なのだが、間違っても主人公に適用するものではないだろう。びっくりするくらい話が進まない。


 同じ最強でも、一方向にとんがった最強を目指すのもいいかもしれない。

 『接近戦最強』『魔法だけ最強』『スピード最強』などなど。力の用途が定まっているので戦い方が分かりやすく、戦闘描写を書き進めるのも非常に楽だ。基本戦術が一本化されるので、「どうやって戦わせようか」と悩む必要がほとんど無くなるのだ。

 当然ながら、他の方面における『欠点』もはっきりするので、敵に勝てない理由づけも簡単だし、足りない部分を仲間が補う「力を合わせる」醍醐味(だいごみ)だって作り出せる。


 また、これは私個人のこだわりみたいなところだが……『万能』という設定もなかなか面白い。

 『万能』は『全知全能』とはまったく別物で、いわば器用貧乏――何でもそつなくこなせるかわり、一方向に特化したキャラには勝てないというものだ。テストで全教科80点以上を取ることはできるが、決して100点は取れない、と言えば分かりやすいだろうか?

 『最強』ではなく、常にあらゆる状況下で一定以上のパフォーマンスを発揮できる『最優』を追求したキャラが生み出せるのだ。

 ただ、戦いにおいてなまじ手札が多くなるので、一方向の『最強』に比べて、どう動かせばいいのか考えるのが大変だったりするのだ。経験者が言ってるんだから間違いない。


 このように、強くするという表現ひとつとってもまちまちだ。

 せっかく『テンプレ』での『チート』設定は色々と()った能力が多いのだから、こういった外連味(けれんみ)があっても面白いだろう。





 要するに、急激な『インフレ』回避のコツは「倒し方、ないし敵の倒され方(、、、、)を工夫すること」だ。

 せっかく人間には技や知恵というものがあるんだから、パワーだけで勝つ以外の方法も考えてみよう。

 敵に出会うたびに「最強の剣、最強の魔法で吹き飛ばした」では戦闘とは呼べない、というのはその10でも示唆(しさ)した通りだ。

 敵だってバカじゃないのだ。

 これまで主人公が振るってきた力を目の当たりにし、対策を練って戦いを挑んでくることだって当然のようにある。人質をとるなり地の利を生かすなり能力を封じるツールを用意するなり戦力を分断するなり新しい力を身に付けてくるなり、当たり前のように考えるものだ。

 

 すごくどうでもいい話だが――とあるテレビゲームを攻略する際のコツとして「レベルを上げて、物理で殴ればいい」と回答する攻略サイトがあった。……そのゲームは、俗に言う『クソゲー』認定を受けてしまったらしい。

 要するに、戦術も何もないようではまったく面白みがないということだ。


 『テンプレ』が『ゲームのような世界』だからというわけではないが、能力を使った戦いを主軸にするのであれば、ワンパターンな戦い方だと『クソゲー』化するんじゃなかろうかと、そう思ったりもするわけだ。

 何事も創意工夫が大事だということで、今回の考察を締めくくろう。


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