【純文学】小石
社宅の雨戸に毎晩、誰かが小石をぶつけている。その犯人が分かった時……。
拙著『田中せいや箴言集』所収の一編です。
前に勤めていた会社の事務のおばさんに聞いた話です。
おばさん(以降Aさんとします)が旦那さんと結婚して、社宅に住むようになって五、六年経った頃。
雨戸がコンって小さく鳴りだしたんだそうです。時間は深夜から早朝にかけて。一日一回、コンって。大きな虫が体当たりしているような感じだったそうです。
旦那さんも気がついて、たぶん家の軋みだろう、と言いました。気にしなればどうってことない音です。
それはほぼ毎日続きました。
三カ月ほどして、ふと庭をみたとき、パチンコ玉ほどの小石が、不自然にたくさん散らばっているのに気づきました。それで、だれかが毎晩小石をぶつけているのかもしれない、とおもうようになったそうです。
当時は家庭用ビデオカメラなどありませんでしたから、そう簡単には犯人を突き止めることはできません。そうするには、一晩中起きていて見張っているしかありません。 Aさんはそうすることにしました。
道沿いの窓を細く開けて、様子をうかがっていました。
そして、下手人が判明しました。むかいの奥さん(以降Bさんとします)でした。
Aさんはぞっとしました。あの気さくなBさんがどうして……。嫉妬かしら。わたしが美人だから。それとも、わたしの夫が係長になって、 Bさんの旦那さんは作業長のままだから。などと考えました。たぶん後者でしょう。
Aさんはとにかく自分の旦那さんに相談しました。そして結局、たいした被害もないので、だまっていることにしました。Aさんも旦那さんも内気だったという理由もあります。
それからというもの、Aさんは、Bさんと距離を置いて付き合うようにしました。
Aさんの庭にパチンコ玉大の小石がバケツ三杯分くらい敷き詰められた頃、Aさん一家(夫婦、子供二人)は新居に引っ越しました。
四半世紀後、AさんとBさんは、ごくたまにスーパーでいっしょになります。そのときは、ごく自然に世間話をしてから別れます。