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45話 命の代償に得た残酷な現実

今すぐこの手でイルノスを殺したい衝動に駆られるが、それを理性で押さえる。

今だ未知数の相手に、何も考えずに立ち向かってもその先は見えている。

だが、状況は一変した。


「……殺してやる」


冷たい声音で言い放ったアリシェは、突き刺さったままのウィンリウスを静かに抜く。

涙は渇き、瞳は獲物を捕らえるがごとく鋭いものに変わった。

まるで雰囲気が違うその様に、フリードはアリシェが『リキュアレクション』と『ヘルバーストフレイガ 』を唱えたときを思い出す。

どちらも感情の高ぶりにより生まれたものだった。


「覚醒したな」


ウィンリウスは静かにそう告げると、イルノスは「面白い」とニヤリと笑みを浮かべた。

互いに睨み合い、剣の柄を握り締める。

その意味がわからないフリードは、横を風のように駆け抜けていくアリシェを見過ごした。

普段のアリシェとは正反対で、冷静かつ迅速な動きでイルノスに近づく。

距離を一瞬で詰め、相手の胸部を目掛けて突きに入る。

が、イルノスは二刀流でウィンリウスを弾き、すかさず斬りつける。

軽快なステップで避け、後ろに下がると地面を思いきり蹴り上げ、イルノスを軽々と飛び越える。

振り返り様に斬りかかると思いきや、イルノスはアリシェに背中を見せたまま立ち尽くす。

この機会を逃すまいと、今度こそ確実に殺すために飛び掛かる。

その際に見せた怪しげな笑みを、フリードは見逃さなかった。


「来るな!」


アリシェよりも速いスピードで双方の間に割り入るとアリシェを突き飛ばし、後方に追いやった。

予想外の行動に、アリシェは背中を強打して倒れる。

痛みを気にせずにすぐに起き上がったアリシェが見たのは、崩れ落ちるようにして倒れていくフリードがだった。

その背後には、イルノスの紫一色に染まった背中が見え、同じ毒々しい液体がフリードにも付着していることがわかる。

猛毒を食らったその背中からは、ジュ―ッと白い煙が昇った。

服だけでなく肌も焼けただれ、次第に骨が見えていく。

強烈な痛みに顔を歪めながらも、フリードは目で合図した。

攻撃するなら今だと。


「……っ」


刹那、感情豊かなアリシェに戻ったように見えたが、意識は消えた。

ウィンリウスを握り直し、再び駆けて行く。

涙を堪えながら。


「その毒に触れた者は皆死んでいく。アリシェもろとも痛みに溺れ死ねたことを、喜ぶが良い」


高笑いを上げながら、めきめきと音をたてて毒が背中のあちこちから吹き出す。

イルノスでさえ背後で何が起こっているかは見えていない。

二人とも毒にやられて死んだと思い込んでいた。


「貴様なんぞ、即死させてやる」

「っ!」


足音も立てず目の前に現れたアリシェに、驚きながらもすぐに臨戦体勢をとった。

が、時すでに遅し。

心臓のある左胸部を素早い剣舞で十字斬りし、かつ体が真っ二つに容赦なく斬り裂いた。

毒々しい血液が上半身から下半身へと伝って流れ出ていく。

悲鳴を上げさせることもなく、イルノスの体は左右に別れ、地面に乾いた音が響いた。


元夫の死を遠目に確認したリーナは、これでよかったのだと改めて感じていた。

けれど、話し合いで分かりあえたならどんなに良かったことかとも思っていた。

きっと、誰も死なずに済んだであろう。

既に死したレオンを抱きしめながら、静かに泣いた。


「よくやった、アリシェ」


初めて名を呼んだウィンリウスに構うことなく、フリードの元に駆け寄るアリシェ。

すでに普段のアリシェに戻っていた。

神経をも蝕まれ、すでに盲目となったフリードは、天井を見つめながら呟いた。

一筋の涙が頬を流れる。


「……お前を、守れてよかった」

「フリード、待って!リキュアレク――」


詠唱より先に、がくんと首が垂れた。

毒は皮膚や骨だけでなく、彼の心臓をも溶かしつつあった。

見るも無残な死に姿なのに、笑みを浮かべているフリードに、アリシェはそれ以上声が出なかった。

代わりに抱き上げようとするが、ウィンリウスに止められる。


「触るな!小娘も剣士と同様に死ぬぞ」

「……うっ」


慰めの言葉を言えずに、無言になるウィンリウス。

抱くことも出来ないアリシェは、無気力に腕を垂らして座り込んだ。

ずっと一緒に旅をしてきた大切な仲間に何もできない自分の無力さに、悔しさに、悲しさに嗚咽を漏らし涙する。

突如、ウィンリウスに嵌められた宝玉が輝きを増した。

異変に気付いたアリシェは、呟きが聞こえる方に目をやる。

その先には、リーナがいた。

アリシェを元の世界に返す魔法なのだろう。


「リーナ、何してるの?」


肩を揺らし、震えた声で問う。

それに答えることなく詠唱を続けている。

リーナの言葉に答えるように、順々に宝玉が輝きだし、アリシェを包んでいく。

自分の手が光に飲みこまれていくように消えていく。


「アリシェ、幸せになれ」

「待って!まだ、まだ帰れないよ!リーナ、止めて!」


帰る前にフリードとレオンを弔いたい。

その想いもむなしく、虹色の光に包まれたアリシェはその場から消えていく。


「フリード、レオン!」


もうすでにない手を思い切り伸ばしすが、何も掴めずに視界も光で埋め尽くされていく。

その言葉を最後に、アリシェは完全に消えた。


「これでいいのか」

「……彼の、フリードの願いだから」















気付けば、見慣れた部屋にいた。

干したてのふかふかベッドにくまの『みみ』のぬいぐるみが置かれている。

ベージュのラグが敷かれ、木製のテーブルが置いてあり、大きな窓から陽の光が差し込んでいる。

渚沙の部屋だ。

見慣れない服装が視界に入り、鏡の前に立つと全身黒づくめのブラックフォーマルだった。

喪服だろうか。

同時に、頬に涙の痕が残っていることに気付く。

そして思い出す。

レグザムでの出来事を、そしてその結末を。


「フリード、レオン」


キョロキョロと見回すが、やはりいない。

向こうの世界での死は、生まれ変わりを意味することを記憶から引っ張り出す。

この世界のどこかで生きているのかと考えたら、悲しいという気持ちは薄れていく。

もし出会ったら、ありがとうと感謝の言葉を伝えたい。

胸に手を当て、彼らのことを思った。


そのとき、遠慮しているかのような小さいノックの音が聞こえる。

もしかして和人だろうか。

自然と気持ちは上向きになる。


「はーい」


渚沙はドアを開けると、そこには驚いた表情の母さんがいた。

口を開けたまま呆然としている姿に、「どうしたの」と聞いた。


「どうしたのって……大丈夫なの?」


明らかに暗い面持ちで渚沙に問い返す。

何のことだかわからず、渚沙は首を傾げる。


「何が?」

「……かずくんのこと」


「かずくん」とは和人を指している。

過去に渚沙の家族に紹介したとき、和人の優しく明るい人柄を気に入り、それ以降から「かずくん」と呼ぶようになった。


「和人?あ、今どこにいるの?」


何を言ってるのと言わんばかりに疑うような視線を向けると、目尻を下げた。

涙がじわりと浮かんでくる。


「今日はかずくんの葬儀よ。もう家を出なくちゃいけないから、渚沙を呼びに来たの」


思考が停止した。

母さんの言葉を理解できなかった。


「冗談、でしょ」

「私も嘘であってほしい。けれど、現実なの」


涙を堪えるように口を真一文字に結ぶと、階段を降りていく。


「早く支度するのよ」


母さんは逃げるように階段を降りると、リビングに向かった。

未だ状況を飲みこめず、涙さえ出ない。

和人の死が、理解できない。

いや、認めたくないのかもしれない。


開いた窓から風が吹くと、何かが転がるような音がした。

無意識に振り返ってみると、小瓶が床をころころと流れるように転がっている。

その近くには、レグザムで腰につけていた宝玉袋が無造作に置かれていた。

袋の口から白い紙が頭を出していた。


「……クルル」


確か幸せの水と言っていた。

この状況は、また宝玉の試練かもしれない。

それを打破するため、現実に覚めるための水なのかと考えついた。

手紙も読まず、瓶を乱暴に取り上げると蓋を取り、中身をすべて飲み干した。


瞬きする間もなく、渚沙の脳裏には様々な光景が走馬灯のように過ぎっていく。

見たことがあるものもあれば、知らない場面も浮かんでくる。

交通事故に合う前に、和人が話そうとした言葉の続き。


「あのな」

「なーに?」


渚沙の瞳を見つめながら、意を決して一思いに言った。


「俺のとこに来てほしいんだ!」

「……ふぇ?」

「さっきの言葉、嘘じゃねえから!本気で、考えてるんだ」


頬を赤くしながらも、真剣な眼差しを向ける。

渚沙の両手を覆うように、強く包み握りしめた。


「う、うん、行きたい!あたしも、本気で和人と結婚したいよ」


満面の笑みで答える渚沙に、高ぶっていた気持ちはさらに急上昇する。


「よっ……よっしゃーっ!!」


勝利の雄叫びとでもいうかの如く街中に響いた。

同じように信号を待っていた人々は、皆が驚きながらも拍手で祝福する。

すると状況は一変し、時はイルノスとの決戦前に戻っていた。

フリードに抱きしめられ、なぜか和人を思い出したときのこと。


「愛してる、渚沙」


渚沙を抱きしめながら、涙を流しているフリードの姿が見える。

あのとき聞き取れなかった言葉が、ようやくわかった。

そして、フリードの正体を知った。


「和人」


すべてがわかった。

わかってしまった。

けれど、もう遅かった。

確証を得たくて、クルルの手紙を拾い上げると、長々と綴られている文字を目で追い始める。


そなたが飲まれたなら、もう知っていることなり

そなたの恋人はフリードであると

彼は、二度と生まれ変われないことを

彼はそなたの幸せだけを願っておった

真実を知らないのはあまりにも悲しいことなり

よってこの書状を書かせていただいたぜよ

彼のためにも、幸せに生きるなりよ

クルル


「幸せになんか、なれないよっ!」


ぶわっと身体中から湧きあがる感情は、涙へと姿を変える。

彼女はあまりにも多くの大切なものを失いすぎた。

手紙をギュッと胸に抱きしめ、大粒の涙が染み込んでいく。

吐いてしまいそうなくらい、苦しかった。

息もまともにできない。

肩を大きく震わせ、声にならない声を出し、枯れることを知らない涙は滝のように頬を流れる。


「わああああああああああああっ」


彼女の異変に気付いた二人が、階段を駆け上がり部屋に入ってきた。

すぐに何も言わずに渚沙を抱きしめる母さんと、ドアにもたれかかる様にして俯く父さんのどちらもが顔をくしゃっと歪める。


「ひっく……和人なしの人生なんて、……っく、生きられないよ……」


その言葉に二人は、何も言い返せなかった。


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