44話 全てを賭けた最終決戦 仲間の死
「絶対に倒してやるんだから」
「アリシェ、待ってくれ!」
宮殿を元気よく走り出すアリシェを追いかけるのはレオン。
「解決したみたいでよかったわ」
「あぁ」
アリシェの様子に安堵したリーナは、隣にいるフリードを見やり、後をついていく。
昨日のことが嘘だったんじゃないかと思えるほど、いつもと変わらない態度のアリシェ。
ふっと笑みを浮かべるフリードであったが、いくら決意したとはいえ、この先に訪れる運命を考えると内心穏やかではなかった。
時間は刻々と迫っている。
しばらく歩いて森に入ると、先ほどの出来事を思い出したのかアリシェは足早に抜けようとする。
後ろからでもわかるくらい、耳が赤い。
「アリシェ、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「へ、平気だよ!何ともないもんね」
声が上ずっているのがわかるが、幸いそれに気付いているのはフリードのみ。
ウィンリウスは先程から無言を極め、何やら考えているらしい。
それはリーナも同様だった。
一行は森の中にある神社に辿り着いた。
いくつもの鳥居をくぐると、祠の前にはクルルとミュウがいた。
「あっ!ミュウ姫!」
両手を広げてミュウを抱き上げる。
「く、苦しいですわ」
アリシェの胸をドンドンと叩くが、それを気にも留めずより強く抱き締めた。
左右に振れる尻尾を見て、喜んでいるのだとアリシェは勘違いしている。
「俺もギューしていいか?」
「ダメ!狼は絶対にダメ!」
そう言ってアリシェの抱擁をするりと抜けると、腰に下げられていたウィンリウスの柄に掴まった。
「あなた、剣を持っていたかしら?」
「乗るな、年増リス」
「ぎゃああ!剣がしゃべったわ!ていうか、年増リスって失礼ですわ!私はミュウ姫よ!」
さらに明るさを増した雰囲気に似合わず、肩を落として暗い様子のクルル。
その小さな2つの瞳は、アリシェを捉えていた。
両腕を背中にまわし、何かを隠しているようだ。
「ミュウ、ジャスカムに通じるルートを開けて」
「いいですわ。けれど、あんな遺跡に何の用事があるんですの?」
「……ミュウ姫、詮索はいけないなり」
クルルの言葉に口を尖らせるも、ミュウは祠と向き合う。
腕をぴんと上に伸ばし、小声で聞き取れない言葉を唱える。
するとミュウの頭上に、小さい魔法陣が現れた。
「そういえば、ミュウ姫は何の神様なの?」
「レグザムと天神界をつなぐ役目を担っているのよ」
「そうなんだ、すごいね」
ミュウの力はこの祠の前で使用することで、レグザムの行きたい場所にワープできるというもの。
レグザムから天神界に行けるワープポイントを作ったのもミュウである。
魔法陣は徐々に大きくなり、それはアリシェたちを囲うほどになる。
そのとき、陣の外にいたクルルがアリシェに駆け寄った。
「どうしたの?」
「これ、戦いが終わったら読んでほしいなり」
すっと差し出した手には透明な液体が入った小瓶と手紙が握られていた。
フリードの視線を感じながらも、クルルは彼と目を合わせないように意識してアリシェをじっと見つめた。
それを受け取ると、小瓶の中身を覗いた。
「それは、幸せの水ぜよ。美味しいから、絶対飲んでほしいなり。あとラブレターぜよ」
「ありがとう、クルル」
詠唱中のミュウに聞こえないように耳打ちすると、アリシェは嬉々としてそれを宝玉袋に入れた。
クルルがフリードをちら見すると、その視線はアリシェに向けられていた。
安心しながらも冷や汗をかきながら、颯爽と魔法陣の外に出る。
フリードは一連の行動を怪しむことはなく、ラブレターという言葉に少しだけ嫉妬をしていた。
最初は行きたくないと思っていた天神界での日々は、今ではフリードの良き思い出になっていた。
そして今、アリシェを見つめていられるこの時間さえも、彼の宝物になる。
「彼の者たちを最果ての地ジャスカムへ導いて」
次の瞬間、魔法陣から眩い光が放たれる。
目が眩むのを防ぐため、誰もが手を覆い、瞼を伏せた。
開けたときには、見たことのない光景の中にいた。
「……ここ、どこ?ミュウ姫とクルルもいないね」
辺りをキョロキョロと見回すが、彼らの姿はない。
「ここがレグザム最果ての地、ジャスカムか」
一行は古びた遺跡の中にいた。
通路の両側には延々と続くと思われる燭台が立ち並び、暗い遺跡内を照らしている。
空気はひんやりしていて、寒気を覚える。
遺跡はコンテナ1台分の大きさをした石が積み重ねられてできたものであり、隙間には蜘蛛の糸が張られている。
だが、虫が捕らえられていなければ蜘蛛の姿もない。
リーナは息を呑んだ。
「間違いない。ここでイルノスを封印したわ」
「ものすごい覇気を感じるぞ」
思わず、レオンは身を震わせた。
リーナは宥めるように優しく撫でる。
そんなレオンを心配しつつも、アリシェは首を傾げている。
どうやら覇気をまったく感じていないらしい。
「……この能天気娘が」
「ちょ、ひどいよウィンちゃん」
ウィンリウスは持ち手であるアリシェに呆れながらも、安心していた。
能天気であるが、言い方を変えれば怖気づかない強靭さの持ち主でもある。
覇気を感じないということは、ある意味でタフだと思えた。
アリシェは頬をぷぅと膨らませ、ウィンリウスを睨む。
そのとき、フリードは一歩踏み出した。
「こっちだな」
リーナに確認を請うと、こくりと頷いた。
真っ直ぐに伸びた通路の先に、覇気を強く感じる。
臆することなく歩みを進めるフリードに続き、アリシェ、レオン、リーナと続いていく。
能天気とは言え、手に汗を握っていた。
それはアリシェだけでなく、誰もがそうだった。
ヴァイルが出てくるかもしれないと考え、目配せをして警戒を怠らない。
だが、フリードはヴァイルの気配をまったく感じていなかった。
「ヴァイルも近づけないのよ、この覇気を恐れて」
リーナは壁や足元を見る。
イルノスを封印する前には虫たちが這い、遺跡に棲みついていた。
何もかもを食われてしまいそうな、全てを奪われてしまいそうな、イルノスの発する覇気は触れる誰もがそう感じざるを得ないものだった。
アリシェを除いては。
虫たちがジャスカムを出て行ったのも頷ける。
結局、最奥層に着くまでヴァイルもいなければ罠もなかった。
迷路ということもなく、一本道で上ったり下ったりの繰り返しだった。
そしてその間、誰もが無言を極めていた。
警戒も無駄となり、取り越し苦労をしたアリシェはその場に座りこむ。
「何にもいなかったね。あー疲れた」
「アリシェ、この扉の奥にいるわ。気を引き締めて」
リーナの言葉に、ばっと立ち上がる。
唇をギュッと結んで、扉の前で立ち止まっているフリードを見つめる。
すべてが終わる、そう思うと震える手を押さえるためにぐっと両手を合わせて強く握った。
そんな彼の手に重なるように、そっと手を置くアリシェ。
様々な思いが交錯するフリードの事情を知らないとは言え、アリシェは笑顔で「大丈夫」とだけ告げる。
すると、大丈夫ではない心境でも不思議と心が落ち着いていく。
自然と震えも止まった。
レオンはリーナを見つめ、頬を摺り寄せる。
ふさふさした感触が気持ちよく、リーナは微笑みを見せた。
下手したら、もう二度と感じることのできない愛しい体温を、しっかりと感じていた。
「行くぞ」
フリードはアリシェと共に重く厚い扉を開ける。
ギィィと音を立てて扉が押されると、目の前は急に広く大きく開けた。
中央には4つの燭台に囲まれた棺が置かれていた。
棺に近寄ると、燭台に灯された炎が揺れる。
全員が広間に入ると、扉は自動的に閉ざされる。
「あ、ちょっと!」
アリシェは慌てて駆け寄り、閉ざされた扉を力強く叩く。
だが、びくともしなければ反応もない。
唯一の出入り口を閉ざされたため、逃げ道を作っておこうと魔法を使おうとした。
だが、この扉を壊すことができるような魔法を彼女は持っていないことに気づく。
それに、ここで逃げれば後に起こる大惨事を免れられない。
ここで、決着をつけなければ。
設置された木製の棺は古びていた。
白い文字が刻まれ、古代文字がずらりと描かれている。
だが、時間の経過により文字は薄れつつある。
「まさか、貴様らに裏切られるとはな」
どこからともなく声が聞こえる。
広間いっぱいに響く聞いたことのない低音に、イルノスのものだとわかる。
棺の蓋がガタガタ震えだした。
「絶対に悪いことはさせないんだから!」
キッと棺を睨みつけるアリシェ。
そんな彼女を守るように、棺との間に割入って立つフリード。
「まさか汝がウィンリウスの持ち手とはな。宝玉だけでいいものを、余計なもんを連れてきおって」
「貴様なんぞ、我が倒してくれるわ」
静かな怒りに満ちた声に、恐れることなく声を高々に言い放つウィンリウス。
「封印を解け」
フリードが棺を睨みながら告げる。
立ち尽くしていたリーナは、一歩ずつ距離を詰めていく。
「憎きレオンと共に来るとは、リーナよ。解いてみろ、お前らから先に殺してやる」
「……っ」
明らかな怒りを含んだ言葉に、足を止める。
恐怖を振り払うように首を横にぶんぶん振る。
そんなリーナの隣にレオンがやって来ると、傍にくっついた。
「大丈夫だぞ。リーナ様は、俺が守るから」
自信がなくとも二カッと笑ってみせるレオンに「ありがとう」と告げ、カッと目を見開き、ついに詠唱を始めた。
途端に宝玉が光りだす。
「封印を施した我が告げる」
リーナはゆっくりと両手を上げた。
「橙には未来を」
アリシェたちが初めて手に入れた橙の宝玉が、その光を棺の上空に向けて放つ。
「赤には我が血を」
鋭く伸ばした爪を腕に食い込ませる。
すると溢れ出した鮮血は、指先から棺に滴る。
それを待っていたかのように、深紅色に染められた宝玉から光が放たれる。
「緑には癒しを 光には願いを 純白には全てを無に帰す力を」
順に宝玉が光を放ち、すべての宝玉から注がれた光が上空でひとつになる。
「穢れた悪魔の魂をこの場において放たれよ」
詠唱が終わると、虹色に輝く光が棺めがけて空中を駆け、衝突する。
同時に棺に描かれた文字や陣は消え、炎は赤から青に変色した。
棺は音もなく崩れ、土となり地面に飲み込まれるようにして消えていった。
「さあ、血祭りにあげてやろう」
姿を現したのは2メートル程の体長がある大男。
大剣を腰に、背中に2本ずつ背負い、金色に輝いた双眸は獣を捕らえるように一行を睨んでいた。
口元を歪ませ、妖しい笑みを浮かべている。
「レオン!」
「んっ」
フリードは体当たりしてレオンを退けたと同時に、その場所に大剣が振り下ろされ、突風が吹き荒れる。
隣にいたリーナは吹き飛ばされ、壁に思い切りぶつかる。
イルノスの行動はフリードと並ぶくらい素早い。
移動した姿は誰にも見えていなかった。
「うっ……」
「リーナ!」
「犬っころが!次こそは殺してくれる!」
イルノスの怒りは明らかにレオンに向けられていた。
起き上がらないリーナを心配するレオンは、彼女の元に駆け寄ろうとする。
だが、フリードはそれを阻止する。
「今は奴を倒すことだけに集中しろ」
レオンに言い聞かせると同時に、自分にも言い聞かせた。
イルノスをアリシェに斬らせる為に如何すればいいか作戦を考える。
だが、イルノスはその隙を与えない。
「左に行け!」
「おう!」
別れるようにフリードとレオンが地面を蹴ると、そこにも大剣が振り下ろされた。
再び突風が吹く。
「ふんっ、こざかしいわ」
「あんたなんか、倒してやる!」
「アリシェ!」
両手に大剣を持つイルノスの背中めがけて駆けるアリシェは、ウィンリウスを抜き出して構える。
だが、このままではアリシェが斬られると思ったフリードがすぐに駆け出し、振り下ろされる大剣を遮るように、剣を抜いて交えた。
「ぐっ」
「フリードっ」
「ほぅ、力は相当なものを持っているな」
にやりと余裕の笑みを浮かべ、大剣に体重を加えながらフリードの剣を押していく。
歯を食いしばってイルノスの力に対抗するが、明らかに劣勢であることが目に見えて分かる。
その隙にアリシェはイルノスに飛びかかって斬りかかんとする。
だが一瞬で姿を消し、気付けばレオンの元にいた。
それに気付いたフリードは、雷鳴のごとく駆けつけて阻止しようとする。
「我が妃に手を出した罪は重い」
フリードが地面を蹴る前に容赦なく振り下ろされた剣は、レオンの体を深く斬り裂いた。
辺りに血の華が飛び散る。
「ぐあああああっ」
「レオン!」
アリシェが地面を蹴り出したと同時に、レオンは地に伏せた。
呼吸は荒くなり、血だまりができる。
フリードは剣を振りかざした後に生まれた隙を狙ってイルノスに鮮やかな剣舞を見せる。
振り返って確認するも、イルノスの体には血どころか傷ひとつさえついていない。
確かに手ごたえはあったのに。
「ちっ」
「残念だったな。貴様は最後に調理してやる」
すると、駆けつけるアリシェの前を阻むようにして立つイルノス。
瞬間移動してきたイルノスにアリシェは見事に体当たりする。
「いったあ……」
「早く下がって構えを取れ、小娘!」
額を抑えるアリシェはウィンリウスに注意され、ぶつかった人物を見上げると、足早に距離をとった。
改めてウィンリウスを手に構える。
フリードは駆け寄り、アリシェを背に匿うようにして立つ。
「俺が奴の気を引く。大剣を振り下ろした後に生まれる隙を狙って、思い切り斬りかかれ」
「わ、わかった!」
このとき、フリードは覚悟を決めた。
作戦が上手くいく方法はこれしかない。
「俺もっ……戦うぞ!」
出血が酷いレオンは、よろめきながら立ち上がる。
するとイルノスをキッと睨みつける。
あんな状態で戦おうとするレオンに止めるように言っても、きっと聞いてくれないだろう。
「まだ息があったか。次こそは息の根を止めてやる」
「まずい!」
イルノスの言葉に、リーナはうっすらと目を開けた。
危機を察したフリードとアリシェはすぐさまレオンの元に向かう。
そしてレオンを守るように前に立ち、斬りかかってくるであろうイルノスに向かって剣を構えた。
だが、イルノスは小声で何やら言い始めた。
「罪に濡れた魂を清き流れにおいて圧し」
移動しない気配に違和感を察すると同時に、聞いたことのない詠唱を始める。
考えは最悪の方向にいく。
最高級を超えた魔法なのではないかと。
それは、『ヘルバーストフレイガ』のように唱え始めたら避ける術はない。
彼らの足元に魔法陣が浮かぶ。
「足が動けないぞ」
「どうしよう、このままじゃ!」
アリシェとレオンは足を上げようとするが、床に貼り付いたようで動かすことができない。
無意識の中で見た記憶が蘇り、2人が炎の中で灰となって死んだ様子が脳裏を過ぎる。
自分も同じ結末を辿るのかと思うと、恐怖しか湧いてこなかった。
フリードは必死に策を考えるが、打開策は何も思いつかない。
この状況では、もうどうにもできない。
誰もがそう思ったときだった。
「小娘、我を魔法陣に突き刺せ!」
「えっ、何言って」
「早うせんか!」
「罪抹消の代償に苦しみに満ちた死を」
イルノスの詠唱が終わりを迎える。
とにかくウィンリウスに促されるまま、思い切り地面に突き刺した。
石の固い感触が切先から伝わってくる。
「お願い!」
「ヘルプレッシャーウォーガ」
それはほぼ同時だった。
だが、紙一重の差でアリシェの行動が早かった。
ウィンリウスを中心に、波紋のように魔法陣は消えていき、自由に動けるようになる。
力が抜けたアリシェは膝を折り、突き刺さったままのウィンリウスに体重を預けるようにして俯く。
一行は何が起こったのかわからず、それはイルノスも同じだった。
「まさかそんな力があったとはな。魔法を無効化するとは」
「リーナが言っておったろう、純白は全てを無に帰すとな」
得意げに答えて見せるウィンリウス。
知っているならもっと早く言ってほしいと思ったが、感謝の意を述べることにした。
「ありがとう、ウィンちゃん」
「……ふん」
変なあだ名に慣れたらしいウィンリウスは、照れ隠しに「早う立たんか」と言った。
フリードは後ろに振り返り、レオンの体調を確かめる。
そのとき初めて気がついた。
「……レオン?」
レオンは床に倒れていた。
大量出血で、傷口から血の池が広がっていた。
渾身の力を込めてようやく立っていられたのだろう。
今はかすかな呼吸さえ聞こえない。
瞼は半分開き、瞳は光を失っている。
「レオン!」
アリシェはイルノスに背を向け、レオンを起こすように体を揺さぶる。
けれど、反応はない。
静かな予感が、現実となる。
「レオン、起きて!あ、リキュアレク――」
「やめんか!奴に背を向けるな、小娘!先ずイルノスを倒すことを考えんか!」
「れ、レオン」
気を失っていたはずのリーナはよろめきながらもレオンに近寄る。
白い体毛は赤く染まり、鮮血は止めどなく流れる。
その水面に、リーナの顔が映る。
「私が、私が助ける!リキュアレクション!」
残り少ない魔力を全てこの魔法に注いだ。
アリシェがレオンを助けたとき同様、魔法陣がレオンを包み込む。
光があふれんばかり出て、レオンの深い傷を癒していく。
けれど、生気はまったく感じない。
「感謝することだな。本来ならじわじわと痛ぶって殺してやりたかったが、楽に死ねたんだ」
イルノスの高笑いが響く。
後ろに広がる光景を見れず、代わりに怒りのあまり正気を失いそうなくらい頭に血を上せたフリードがイルノスへの殺意を剥き出しにして睨む。
アリシェは泣きながら、悔しさや悲しみやら複雑な感情が相まって、爪が肉に食い込むくらい拳を握った。
涙をぐっと堪えながら、リーナはレオンをギュっと力強く抱き締める。
もう、脈はない。
それが示すことは一つ……レオンの死。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
悲しみに満ちた声が広間にむなしく響く。




