40話 黒薔薇の監死者
「最後の宝玉は、『真実の湖』の水底にあるわ」
静かに口を開くと、リーナは宝玉の在り処を教えた。
レオンを看るため頭に乗せたタオルをどかし、代わりにそっと手を当てる。
その体温から高熱だと判断すると、タオルを桶の冷たい水に浸して硬く絞った。
「『真実の湖』ってどこにあるの?」
「地図を渡すわ」
絞ったタオルをレオンの頭に乗せる。
そのとき、リーナは小声で何やら呟いた。
次の瞬間、アリシェの目の前に1枚の羊皮紙が現れた。
「え!?すごーい!!リーナも魔法使えるんだね!」
宙に浮いた地図を手に取ると、アリシェは尊敬の眼差しを向けた。
それに対してフリードは、驚く様子を見せない。
リーナが魔法を使えるとわかっていたのだ。
そして少し躊躇ってから、リーナはアリシェから視線を逸らすようにして話した。
「……私は、天神界とレグザムの生命を司る神なの。神は魔法を使えるわ」
「神なの!?すごいね!」
「『ヘルバーストフレイガ』もか?」
ずっと黙っていた口を開いたのは、フリードだった。
リーナを射るように目視すると、口角を上げた。
「リーナも使えるの?」
「あの魔法は、神だろうと誰もが使えるようなものではあるまい」
リーナは無言でフリードを睨んだ。
答えないのを肯定と受け取り、フリードは自分の考えの正誤を確かめるために問いを続けた。
「『新世界の創造』の発端はお前とレオンが原因じゃないのか」
「黙っているのは私の優しさだと気付かないあなたは、愚か者ね」
明らかな怒りを込めて話すリーナにたじろぐことなく、むしろ好戦的に食らいつこうとするフリード。
一触即発の雰囲気を和らげようと、アリシェはぶつかる視線の真ん中に割り入った。
「ちょっと!二人とも、止めてよ!そうだ、レオンは眠ってるから2人で宝玉を取りに行こうよ!ね、フリード」
「……」
フリードの腕をとり、宮殿を出ようとする。
それを払おうと掴まれた腕を思い切り振るが、アリシェは強く握って離さない。
「アリシェ、この小瓶に湖の水を汲んできて。あと、最後の宝玉は手強いわよ」
「わかった!アドバイスありがとう!」
リーナから空の小瓶を受け取り、忠告に感謝の旨を告げると、しかめっ面の男を引っ張っていく。
レオンとリーナを交互に見やってから、宮殿を後にした。
フリードの何かを見抜いているかのような態度に腹を立てながらも、内心では心配していた。
彼の正体を、リーナはわかっていたからだ。
「きっと勘付かれている。……気をつけて、黒薔薇の監死者」
「ケンカはダメだよ、フリード」
「説教は嫌いだ」
2人は宮殿を出て、真実の湖に向かっていた。
相変わらず、空が晴れる気配はない。
人気のない森に入ると、整備された道がないので木々を縫うようにして歩く。
「うん。あたしも説教は嫌い」
「それなら、黙っていろ」
「でも気になるよ。イルノスの計画って、本当にリーナとレオンが原因なの?」
アリシェも気になっていたらしく、誰もいないこの機会に聞こうと考えていた。
少し間を置いて、フリードは発言する。
「帰ったら、レオンに聞いてみるといい」
「そうだね。でも、また頭痛くならないかな。レオン、大丈夫かな」
「……それなら、自分で答えを探すんだな」
アリシェから距離を置くようにわざと歩みを早め、地図を見ながら進んでいく。
天神界には朝、昼、夜という時間帯は存在しない。
なので、陽が隠れて道が見えなくなるということは起こらないのだ。
「フリードは、どうして一緒に旅をしようと思ったの?」
「以前にも言ったはずだ。お前は危なっかしいからな」
「あ、そうだった!フリードはオカマだったんだ!」
「なっ、おい!断じて違う!オカマではない!!」
哄笑するアリシェを見ながら、フリードはオカマ論を否定した。
内心冷や冷やしながらも、先程とは打って変わって心が穏やかになっていくのを感じる。
だが、このままではアリシェのことだ。
本当に信じてしまうかもしれない。
まだ高笑いしている彼女を置いていこうと、大股で歩いていく。
「待ってよ、フリード」
しばらくして後ろから呼び止める声が聞こえると、仕方なく留まる。
振り返ると、右腕を左手で小刻みに叩くアリシェがいた。
何をしているのか聞こうとしたが、瞬時に理解したのでその言葉をグッと飲み込んだ。
右腕を地面と平行に真っ直ぐ伸ばし、人差し指だけを立て、そこに気を集中させる。
アリシェは魔力を高める修行を行っていた。
自ら修行を行う姿に、改めて感心した。
「リーナ、すごい魔力を持ってた。だから、あたしも頑張るんだ」
笑顔で言い切ると、再度修行に取りかかった。
努力する彼女を見、新たに決心を固める。
「……絶対に、守ってみせるから」
自分にしか聞こえないように呟くと、フリードはアリシェの背後に回って、ついていくように歩き始めた。
が、急に風が吹き始めた。
最初はそよ風程度であったが、次第に強さを増していく。
嫌な予感がしたフリードは、瞬時にアリシェを押し倒した。
「ギャッ!」
それと同時に、倒れた2人の頭上を風の刃が飛び過ぎた。
顔面を地面にぶつけたアリシェは、頭を上げようともがく。
「フリード、痛いよぉ!」
安全を確認すると、フリードは起き上がった。
アリシェから退くと、風の刃が飛んできた方を見やる。
嫌な予感は、見事的中した。
「女とイチャつくなんて、フリードもやるねぇ」
聞き覚えのある声に、アリシェはすぐに立ち上がった。
そして、声の主と視線がぶつかる。
「あ、あんたは……ローブ男!」
「アリシェ、先に行け」
自分の背後に匿うと、地図をアリシェに押し付ける。
「嫌っ!絶対に、絶対にアイツは許さない!!」
「いいから、行け!」
フリードの言葉を聞かず、アリシェは目を伏せると唱え始めた。
「この悪しき魂を全て――」
次の瞬間、ローブ男が何かを唱えようとする。
それよりも早くフリードは、アリシェの詠唱を止めるために剣の鞘を使い、脇腹を軽く突いた。
「んっ……、フリード、何するの!?」
「ここで寝られては困る!お前は宝玉を取りに行け!早く!」
いつになく急かすフリードの言葉を、拒否してでもローブ男を殺したかった。
だが、奴を殺してもそこに何も生まれないことを知っている。
殺されたミアノの両親も、きっと喜びはしないだろう。
「……わかったよ。必ず来てね、フリード」
無理やり自分の気持ちを押し殺し、全速力で走り去っていく。
それを邪魔しようとはせず、詠唱を止め、肉眼でフリードを捉える。
「『あの人』から貴様の抹殺を命じられた」
「イルノスか。俺は奴に騙された」
「『人間界の征服』とだけ聞いていたってか」
「あぁ。それによりレグザムに住む者と人間界に住む者は互い行き来でき、いつでも会える。ヴァイルになる条件を満たした俺でも、任務を果たせば人間界に行ける。そう聞いていた」
彼がイルノスから課せられた任務は、『アリシェの宝玉集めの手伝い』である。
無事に任務を遂行したあかつきには、約束を果たすとのことだった。
ローブ男、レイドはフードを外し、笑みを浮かべる。
「残念だ」、とでも言うように。
「じゃあ、冥土土産に真実を教えてやろうか。まあ、お前にとって悪い話はあの女神さんから聞いたとは思うけどな」
「『新世界の創造』か」
「あぁ、確かに皆が死ぬ。俺も、貴様も。あぁ、そうだった。フリードはどちらにしろ、死ぬんだった」
「っ!?」
その言葉に衝撃を受け、愕然とするフリード。
「驚くのも無理はない。黒薔薇の監死者は役目を終えれば、無に帰すのが運命。例え『人間界の征服』を行ったとしても、貴様は人間界に行くことなどできない。あの女とも、バイバイだ。あぁ、可哀そうなフリード」
手をひらひらと左右に振り、声を上げて笑い始める。
その態度に腹を立てるより、真実を知ったことによる何とも言えない怒りがこみ上げる。
見事に騙された自分の愚かさに、泣きたい衝動を堪える。
だが、すぐに気付いた。
イルノスの計画を阻止すれば、叶う一つの願いに。
「お前が俺に勝てるとでも思っているのか」
「……減らず口を叩けるのも今のうちだ。貴様の死期を早めてやるよ!」
剣を鞘から抜き、切先をレイドに向ける。
願いを、たった一つの願いを叶えるためにも、此処で死ぬわけにはいかない。
「お前の死に場所は此処だ」
宣言すると、光速とも言える速さでレイドとの距離を縮める。
肉眼ではフリードを捉えられないため、先に詠唱する。
真正面に現れ、体を真っ二つに切り裂くだろう。
動きを読んだレイドは、フリードが来る瞬間を正確に捉えるため、目を瞑った。
そして気配を感じると、移動魔法を唱えると同時に、分身を作り増やした。
「トランガ!ディルガ!」
トランガとは移動系上級魔法で、半径10km以内ならどこにでも移動できる魔法である。
上のランクに行くほど、移動範囲は広くなる。
そしてディルガは分身系上級魔法であり、ランクが高い程分身できる人数が増えていく。
その上、レイドは神に匹敵するほど魔力が高いため、威力は倍増する。
「小細工は通用せん」
目の前には無数と言えるレイドがフリードを囲むようにして立っている。
その誰もが不気味な笑みを浮かべていた。
だが、この状況を打破する策を知っている。
すぐさまフリードは駆け出し、正面に立つレイドを軽々と飛び越えていく。
走る男に向かって、レイドたちは詠唱を始める。
無数の口から放たれる呪いの言葉が、森に響き渡った。
だがそれに臆することなく、詠唱が終わる前に一人のレイドめがけて剣を思い切り振り下ろす。
「ぐはっ……」
それが本体であると、分身たちは次々と煙となり、消えていった。
レイドは緑色をした血を吐き、斬られた箇所から溢れ出る血液を止めようと、回復系魔法を唱え始める。
が、それをさせまいと地面に落ちていた石を拾い、レイドの口めがけて勢いよく投げる。
すると、見事に石が入り、詠唱は止められた。
「もごっ、もごっ!」
「冥土の土産に良いことを教えてやる」
レイドに歩み寄り、切先を喉元に触れるか触れないかのギリギリの位置で止める。
そして口角を上げた。
口から石を出したくとも、両手はフリードに踏みつけられているため、まともに息も出来ずとても苦しい状態だった。
「分身は魔力を一切持たん。だから、魔力を持つ奴が本体だ」
「もごもごもごっ!!」
「……じゃあな」
止めを刺し、剣を抜くとレイドの息が止まった。
ドクドクと緑色の血液が流れ、地面に染み込んでいく。
目を大きく見開いたまま死んだ彼を見て屈むと、そっと顔に手を伸ばした。
額から鼻に流れるように手を添え、その目を閉ざした。
剣に付着した血を振り払い、鞘に納めるとフリードは『真実の湖』に向かった。




