4話 始まりの街 トラルベル
「ちょっとアンタ、そこ突っ立ってると邪魔だよ」
肩でど突かれて、ようやく気付いた。
「あ、ごめんなさい」
体格のいいおばさんは、服の入った洗濯かごを抱えながら、人波に消えていった。
レンガ造りの家が建ち並ぶここは、いったい何処だろう。
快晴の下、色とりどりの風船が空を舞い、ビラ配りの人や商人は誰かれ構わず呼びこみをかけ、多くの人で賑わう街であることは確かだ。
遠くからも近くからも話し声が行き交い、絶えない。
レンガが敷き詰められた道の真ん中に立っていた渚沙は、端に寄ることにした。
人波の間を縫って歩き、壁にもたれかかった。
気付けば、渚沙はこの街にいた。
どうやってこの街に来たのだろうか。
とりあえず、覚えてることを思い出してみた。
和人とデートした帰りに、車と衝突したのは覚えてる。
その後、誰かの声を聞いたことも。
でもそれからは記憶がない。
考えても仕方ない、と思って行動に出た。
「あの、すみません」
隣にいた女性に、声をかけた。
「なんですか?」
ほんわかとした雰囲気を持った女性は、優しい声音をしている。
小さな橙色の石がはめられた首飾りが、とてもよく似合う。
きっと優しくて、明るい人格なんだろうなと想像できた。
「ここって、どこですか?」
予想通り、その女性は笑みを浮かべながら答えた。
「ここはトラルベルっていう街よ。あなた、この世界に来たばかりでしょう?」
「この世界って、何ですか?」
「あぁ、気付いてないのかな。ここは死者が集まる世界なの。」
「・・・じゃああたし、やっぱりあのとき死んだんだ。」
「・・・皆は"レグザム"って呼んでるわ。」
その女性は、渚沙の死にあえて触れず、話を続けた。
「"レグザム"?」
こくり、と頷いた。
「そうよ。それじゃあ、名前を決めないとね!」
「え?あたしの名前は渚沙―― 」
「生前の世界での名前は使えないわ。」
「何で使えないの?」
質問攻めされて気が滅入るだろうに、その女性はため息ひとつつかず、親切に答えてくれた。
「あたしの前の世界の名前はね、リオルよ」
口を動かしてるのはわかるが、名前の部分だけが全く聞こえなかった。
「ごめんなさい、名前が聞こえなかった」
「謝る必要はないのよ。生前のときの名は、この世界では誰にも聞こえないの。だからあなたがさっき言った名前は、聞けなかった」
この世界レグザムで生きてくなら、レグザムでの名前が必要だという。
「じゃあ、アリシェって名前にします。」
「アリシェ、可愛いじゃない。良いと思うわ」
「あ、ありがとうございます」
思いつきで決めた名前を褒められ、アリシェは頬を染めながら照れた。
そのとき、トラルベルに空砲の音が鳴り響いた。
パン パン パン
女性は「あっ」と小さな声を上げ、腕時計に目をやった。
針は15時を指していた。
「やばいっ!!」
「どうしたんですか?」
「ショーが始まっちゃうわ!!ごめんアリシェ、さようなら」
バイバイ、と小さく手を振ると彼女は慌てて走って行った。
「あの人、優しい人だったな。でも、何のショーだろう?」
「すーっごくゆうめいなパルフェだんのサーカスだよ!」
幼い男の子が、アリシェの元にやってきた。
なぜか、声が揚々としている。
「パルフェ団?」
なんか美味しそうな名前だなと思ったのは、アリシェだけだろうか。
「しらないの?あのきょうぼうなヴァイルをあやつってる、すごいサーカスだんなんだよ!」
ヴァイルという存在について疑問が浮かぶが、楽しそうに話す男の子を見て、聞くのをやめた。
「へぇ、そうなんだ!」
「あのね、いちねんにいっかいしかこないから、まちのひとはみぃーんなね、きょうをとてもたのしみにしてたんだよ」
その証拠に、先ほどより人通りがかなり減った。
商人は店をたたみ、ビラ配りの人もいなくなっていた。
「おねえちゃんはみにいかないの?」
「うん、いいや。」
今は状況の把握と、これからしなければならないことを確認したかった。
「どこか休めるところはあるかな?」
「それなら、ここをちょっとすすむとやどやさんがあるよ」
「そうなんだ!ありがとう、僕」
頭を撫でると、嬉しそうに笑った。
「えへへ。どーいたしまして!ばいばい」
小さな手を一生懸命振りながら、男の子は走って行った。
アリシェも男の子に手を振った。
姿が見えなくなると、ひと息ついた。
「とりあえず、宿屋に向かうとしますか。」
そして、アリシェは歩き始めた。




