39話 神王の計画 ヴァイルの秘密
暗雲が立ち込める中、川辺の砂利道に彼らはいた。
倒れている一行に気付き、起こそうと近寄る。
「起きるぜよ起きるぜよ!」
「クルル様ぁー!この人たち死んじゃいましたのかしら」
赤子よりも小さい手が、道端で寝ている男の体を叩く。
だが、反応はない。
「ミュウ姫、不謹慎なことは言ってはいけないのですよ」
「あーもう!大好きなクルル様との大切な時間をこんなことで奪わないで欲しいですわ」
「僕もね、君を愛しているぜよ。でも人の命を助けるのは当然のことなり」
この会話を煩いと思いながら、フリードは地面に伏していた顔を上げた。
すると、そこにいた2匹は驚いて尻もちをついた。
「い、イケメンですわ!」
ピンク色に染まったリスが、フリードを見つめて目を輝かせている。
ほんのりと頬を赤く染めた。
「ミュウ姫!心の浮気はよくないなり!」
「クルル様だってリーナ様を見るとボーっとしてるじゃないの!それと同じですわ!」
肌が水色のリスは、立ち上がると咳払いをした。
座り込んだミュウを置いて、フリードの隣で寝ている女のところに行く。
「ちょっと!あなただって心の浮気をしているではありませんか!あなたはあの狼を起こしてくださいですわ」
「君が起こせばいいぜよ」
「なんてひどいことを言うのかしら!狼に食い殺されるかもしれませんわ」
そうこうしているうちに、フリードは起き上がるとレオンを起こそうとする。
「レオン起きろ、着いたぞ」
「あ、ありがとうの一言もないのかしら!」
ミュウも立ち上がると、フリードに駆け寄った。
「ん。ありがとな」
「言ってくれればそれでいいですのよ。……って、今のは狼!?」
「……フリード、これ食べ物?」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ミュウは猛ダッシュでレオンから離れる。
その勢いでクルルにしがみつくと、そのまま後ろに倒れた。
「な、何事ぜよ!」
「あたし、まだ死にたくないわ!死ぬとしても、1000年後がいいわ!」
ミュウは身を震わせながら、レオンをじいっと見つめていた。
当の本人は首を傾げ、悪びれもなくニコッと笑った。
「……今の、何?」
ミュウの叫び声で目を覚ましたアリシェは、隣で横になっている2匹のリスに目をやる。
「わー!めっちゃ可愛いリスだ!」
「リスじゃないですわ!ミュウ姫よ!」
「ぼ、僕はクルルと申すなり」
ミュウのふさふさした尻尾を触ると、嫌悪の視線を向けられた。
それをに気にも留めずに、指で尻尾をつんつんする。
「ミュウ姫の尻尾、ふわふわしてるー!」
「いいなー!俺も触りたいぞ!」
「お、狼はダメ!絶対ダメ!」
レオンが近寄ると、ミュウは逃げるようにアリシェの手から腕を通って肩に乗った。
「天神界で、異変はあったか?」
「そりゃあ、あるぜよ!って、そなたらはレグザムから来たのか?」
「ふーん。天神界に縁のある狼がいるから、入ってこれたのね」
パルーゼが死んだ理由はそこにあった。
彼は天神界に入ろうとした故、『裁きの雷撃』を受けて死んだ。
ミュウの言葉に、レオンはシュンと肩を落とす。
「なぜレオンが縁のある狼なの?」
「動物で人間言葉話せるのは、天神界で生まれ育った動物だけですわ」
確かにミュウとクルルもリスではあるが、アリシェたちと普通に会話ができる。
フリードはレオンを気遣い、話題を変えようと話を振った。
「雨が降りそうな天気だな」
「いつもこんな感じの雲だけど、大丈夫ぜよ。天気の神様は今日はご機嫌だったからの」
天神界とレグザムの天気は、それを司る神の機嫌で変わるらしい。
アリシェたちはずっと旅をしていて、一度も天気予報なるものを見たことがなかった。
神様の機嫌という基準で天気が変わるなら、レグザムの人々は予測できない。
「そうだ!あのね、あたしたち最後の宝玉を探さなくちゃいけないんだ」
「宝玉?ミュウ姫はご存じなりか?」
「知らないですわ。でも、リーナ様ならご存知かもですわ」
ミュウの言葉に反応し、レオンは瞬時に顔を上げた。
「……リーナ、様?」
「あなた、天神界の者なのに何で知らないのかしら?」
「レオンはね、記憶喪失なんだよ」
アリシェが事情を教えると、ミュウは目を細めた。
「何かやらかしたのかしら?」
「何故そう思う?」
フリードは冷ややかな視線をミュウに向けるが、それを知らずにミュウは続けた。
「天神界の者がレグザムに降りるというのは、それ相当のことをやらかしたからに決まってるですわ」
「ミュウ姫、もう止めるぜよ」
クルルは落ち込むレオンを気遣って、話を止めるように説く。
が、ミュウの多弁は止まらない。
「それに加えて記憶喪失ってことは、きっと――」
「やめてくれ!」
突如レオンは両足を使って頭を押さえた。
呻き声を洩らしながら、何かに耐えるように目をギュッと瞑っている。
フリードとアリシェは傍に行くと、心配の声をかけた。
「レオン、大丈夫!?」
「また頭痛か?」
見ていてとても苦しそうだ。
だが2人は、それを止める術を知らなかった。
「ミュウ姫、謝るぜよ!」
「……ホントのことを言っただけですわ」
「ミュウ姫!!」
クルルは怒声を上げると、ミュウは肩をすくめた。
そして、砂利道を軽やかに走っていく。
「ミュウ!どこに行くの?」
アリシェがミュウに聞くと、立ち止まって振り返った。
「皆様を案内してあげますわ。こっちですわ」
「……これで大丈夫よ。間に合ってよかったわ」
天使のような微笑みを浮かべるのは、リーナ様と呼ばれた女性だった。
白い布地を簡易なドレスにあしらった服装をしている。
黒く染まったロングヘアーは、白い海を流れるように揺らめく。
今、レオンは落ち着いて眠っている。
その様子にアリシェは、「よかった」と胸を撫で下ろした。
「クルル、ミュウ、もう帰っていいわ。ありがとう」
「リーナ様、ありがとうございました」
「……ありがとうございましたですわ」
2匹は頭を下げると、そそくさと宮殿を後にした。
「にしても、クルルすごかったね!」
クルルは小さいリスだが、その正体は風を司る神。
風を使って、自分の体重の何千倍ものレオンを宙に浮かせて運んだ。
それを見てアリシェは感動していた。
「あぁ、そうだな」
返事をしつつ、フリードはリーナを観察する。
彼女はレオンを見守っているが、どこか切なそうに遠目に見ている。
レオンとリーナには深い事情がありそうだ。
「あの、宝玉がどこにあるのか知りたいんですが……」
ため口口調のアリシェでも、リーナには敬語を使う。
神聖な宮殿に住んでいるということもあってか、少し緊張しているらしい。
「宝玉は、教えられない」
「……何故だ」
「あなた達は、騙されてるのよ。イルノスに」
聞いたことのない名前に、アリシェは首を傾げる。
「イルノスって誰ですか?」
リーナはフリードに目をやると、わざと視線が合わないように逸らした。
このやりとりにアリシェは気付いていない。
「この天神界とレグザムを治めていた王。神王と呼ばれていたわ。宝玉を集めるように指示した人よ」
「じゃあ、あの声はイルノスって人の声だったんだ」
「そう。けれど、宝玉をすべて集めてイルノスのところに持っていけば、終末を迎える」
アリシェには全くわけのわからない話だった。
眉間に皺を寄せながら、リーナに質問を投げる。
「宝玉を集めて持っていけば、生前の世界に返してくれると言っていました。これは、嘘?」
「……可能性から言えば、できるわ。それを叶えるのは確かに、宝玉の力が必要」
ただ、先程パルーゼから貰った光の宝玉では、アリシェの願いは叶えられない。
彼女が願うことは、レグザムや天神界のルールを覆すような行為であるからだ。
そのため、神王がすべての宝玉を使うことでやっと叶うことができるらしい。
「でも、彼が目論むことを知れば、自ずとその願いを叶えるのをやめようと思うわ」
「リーナはイルノスの考えてることを知ってるの?」
いつの間にため口に戻っていたが、それに気付かずアリシェは続ける。
真剣な眼差しでアリシェを見つめながら話す。
「『新世界の創造』よ」
「……新世界の創造?」
そう言われてもすぐに飲みこめないアリシェは耳を疑った。
同時に、フリードは落としていた視線をリーナに向ける。
「簡潔に言うと、宝玉を使ってレグザムと人間界を融合して、新しい世界を創造する。そして、新世界の王になる。それがイルノスの考えていることよ」
「融合したら、人間界にいつでも行けるね」
閃いたようにパッと目を輝かせながら言う。
だが、リーナは立ちあがって沸き起こる怒りを壁にぶつけた。
「馬鹿!レグザムと人間界が融合する意味をわかって言ってるの!?レグザムに住む者、人間界にいる者すべてが滅するのよ!」
「えっ……」
「それを防ぐには、宝玉を集めちゃいけないの。宝玉を集めたら、封印が解けてイルノスが――」
そこまで言うと、リーナは俯いた。
「絶対にダメ」とだけ口に出して、力なく座り込んだ。
この状況を変えたのは、ずっと話の聞き手に回っていたフリードの言葉だった。
「俺たちが止めてもイルノスは、他の人間を使って宝玉を集めさせるだろう。同じことの繰り返しだ」
「……」
「イルノスを倒せばいい」
リーナは無言でフリードの話を聞いた。
その言葉は何度も考えついたけれど、自分の力を持ってしても封印するのがやっとだった。
倒すなんて、できっこない。
「あたしも、そう思う!イルノス倒そうよ!」
「無理よ。彼は倒せる相手じゃない。……でも」
アリシェの希望に溢れた瞳を見ていると、無理という考えが薄れていく気がした。
そして、本当に倒せるのではないかと思ってしまう。
「封印を解けば、イルノスと戦える。でも、元とは言え神王。強さは半端じゃない。それに負けたら、死よりもつらい苦しみが延々と続く」
「……ヴァイルか」
「ヴァイルって、どういうこと?」
一人理解できないでいるアリシェの為に、リーナは説明した。
「ヴァイルはね、元は人間なの。生前の世界で悪事を働いた人は、レグザムではヴァイルになる。また、神王に背いた者もヴァイルになる」
「彼らは人間のときの理性が残っているが、飢えは人間の血肉でしか満たせない。姿は獣でも、人間が人間を食べる、という輪廻が続くということか」
初めて知る真実に、アリシェは口を両手で押さえた。
町の外では人間を求めて彷徨っていたヴァイル、トラルベルでローブ男に使役されていたヴァイル、霧の中に潜んでいたヴァイルを順に思い出す。
「絶対に、許さない!」
唇を強く噛みしめ、拳を固く握る。
「絶対に神王を倒してやる」、そう心に誓ったアリシェだった。




