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37話 叶わぬ恋に溺れるのは

『ル・パルーゼ』と『ドゥ・リシャス』の創作料理のテイスティングが終わった。

美食家の審査員は、無言で1枚の評価用紙に書き込んでいる。

彼らの持ち点は200点に対し、観客の持ち点は1点。

来場している客は総勢500人程度だろう。

つまり、優勝は美食家にかかっていると言ってもいい。

審査結果の発表まで、ティルたちは広場の裾で待機していた。

両腕をだらんと垂らし、レオンに寄りかかったアリシェ。


「つ、疲れた」

「アリシェ、お疲れさま。『マンタのフロアーくれ』だっけ?すっごく美味かったぞ!」

「『マンダリンのル・ガトー・オ・フロマージュ・フレ』だよ」


レオンの名づけた名前に、訂正を加えながらも笑うティル。

復唱しようとするが、それでも正しい名前は返ってこなかった。

3時間で会場にいる人々全員分の菓子を作ったのだ。

作り慣れているティルでさえ、疲れていた。


「明日は、筋肉痛になりそうだな」


調理終了後、ティル自ら美食家に提供した際に浮かんだ、食す者の笑み。

口に運べば、意図せずに出る「美味しい」という言葉。

それが純粋に嬉しかった。

メリルがいない状況で危ういと思ったが、アリシェがそれ以上の働きをした。

メリルが心配で、途中何度も手を止めたミゼールも、時間が経つにつれ目の前の作業に集中し、取り組んだ。

そしてティルも、この4年間で磨き上げた技術を思う存分発揮した。

後悔は、ない。


「全ての票が集まりました。両者、舞台にお上がり下さい!」


司会の音声がマイクを通して、町中に響く。

会場はざわめき立ち、どちらが優勝するのかを予想していた。


「前回優勝した『ル・パルーゼ』だろ」

「いやいや、『ドゥ・リシャス』の『ミルティーユ・パイ』も美味かった!」


この観客たちに紛れて、メリルもいるのではないか。

辺りを見回し、拭いきれない不安のため息を漏らすミゼールはティルに肩を抱かれながら表舞台へと立つ。


「フリードはすっごく強いんだよ!だから、大丈夫だよ」

「……アリシェ、ありがとう」


少しでも安心できるようにと、アリシェは重い腕を上げ、隣で背中をさすった。

いつまでも心配させてはいけないと、ミゼールは笑みを作り顔を上げる。


裏で何が起こっているかを知らない『ドゥ・リシャス』のオーナー、バゼルは勝利を確信していた。

バゼルだけでなく、『ドゥ・リシャス』メンバーも皆がそう思っていた。

「こんな待ち時間は不要だ」と自信たっぷりに発言する。


「『ル・パルーゼ』と『ドゥ・リシャス』のどちらも美しく、この決勝にふさわしい極上なガトーを創作した!」


司会者の言うとおり、『ドゥ・リシャス』も相当な実力を持っている。

根回しをしなくとも勝利する確率は充分にある。

『ミルティーユ・パイ』はブルーベリーを中心にイチゴやラズベリーなどが豪華に盛られたパイである。

そして上から粉砂糖を振りかけている。

それに対し、『マンダリンのル・ガトー・オ・フロマージュ・フレ』はレアチーズケーキの上には桃のシロップ漬けを薔薇のように飾りつけ、蜜柑の小さい粒粒をレアチーズと共に練り込むことで、見た目と食感を楽しめるようにした。

チーズの味が濃いため、蜜柑の味は影響を与えない。


「第20回メルポルコンテスト優勝者は……」


優勝者誕生の瞬間に、誰もが息を飲んだ。

ティルを横目にバゼルはニヤリと笑んだ。

それに気付かないティルは、目を伏せて両隣りにいるミゼール、アリシェの手を握った。

皆が手に汗を握っている。


「……『ル・パルーゼ』だあーっ!」


刹那、会場は割れんばかりの拍手喝采に包まれた。

ぞわりと何かが身体中を走ると、ティルは喜びの雄叫びを上げた。


「よっしゃーっ!!」


豪快なガッツポーズを見せた。

ミゼールはアリシェと抱き合い、喜びを分かち合う。

レオンも咆哮を響かせ、メルポルは一気に活気に包まれた。


一方で予想外の出来事に、バゼルは呆けて口を開けていた。

『ドゥ・リシャス』の他メンバーは眉間に皺を寄せて、その結果に納得できないようだ。

バゼルは結果に我慢ならず、ティルに向かって怒声を放った。


「妹を殺す!」


この言葉に、会場はざわめきだす。

ミゼールは「やめて!」とバゼルを追おうとするが、ティルがそれを制した。

歯を剥き出し、足音を響かせながら舞台を降りるバゼル。

舞台袖に立っていたボディーガードに「早く殺れ」と命令する。


「残念だな」


会場にはフリードとメリルの姿があった。

メリルは顔に花を咲かせながら、舞台上にいる家族に向かって駆け出した。


「母さーん、お兄ちゃーん!」

「「メリル!」」


2人も舞台を降り、メリルに駆け寄ると、ミゼールは思い切り抱擁した。


「どこも怪我してない?大丈夫?」

「あたしは平気よ!それより、優勝おめでとう!」


ミゼールは安堵したのか、泣き始めた。

アリシェとレオンも駆けつけると、一緒になって抱き合った。

フリードだけが遠くから、その光景を見つめている。

思わず、笑みがこぼれた。


「くっ……くそっ!どうなっている!?」

「それを聞きたいのは私たちだ。バゼル君」


メルポルの町人らがバゼルたちを囲み、審査員の美食家がやって来て質問をする。

『ドゥ・リシャス』には罵声が飛び、『ル・パルーゼ』には賞賛する声が町を飛び交う。

その後、バゼル率いる『ドゥ・リシャス』は閉店を余儀なくされた挙句、メルポルを退くことになったのは言うまでもない。















メルポルコンテスト終了後、毎年恒例の祝宴が始まった。

観客や町の人はもちろん、アリシェやレオンも心から楽しんでいた。

広場にはオードブルが並び、それを上回る数の菓子が大皿に盛られ、陽気な音楽が流れていた。

料理を食べる者もいれば、踊りを楽しむ者もいた。

ミゼールもメリルと手を取り合いながら、曲に合わせてリズムをとっていた。

その輪から外れ、一人座っているフリード。

彼は考えごとに耽っていた。


『今の天神界は、ヤバいぞ』


ローブ男の言葉が、心に引っかかっていた。

それが嘘という可能性も考えられるが、『あの人』を知っていることから、信憑性はあると判断した。

フリードは天神界を知ってはいるが、詳細はわからない。

だから「ヤバい」と言われてもそのケースを想定するのが難しい。

「今」ということは、しばらく時間を置いてから行けばそれを回避できる。

かつ、その時間をアリシェの修行に当てたらいい。

その考えが過ぎるが、放置するともっと悪化するケースも考えられることに気付く。

思考を巡らせながら、町の人と踊るアリシェに視線を向ける。

そのとき、どこか違和感を感じた。

一瞬だけ、今までとは違うアリシェを見ている感覚に陥った。


「……そういうことか」


直感で理解したらしい。

フリードは腕を組み、ふぅとため息をつくと夜空を見上げた。


「フリード、助けてくれてありがとう」


フリードの元に誰かがやってきた。

両手にジュースが入ったグラスを2つ持ち、満面の笑みのティルがいた。


「いや、こちらこそ世話になった。おかげで手間が省けた」

「手間が省けた?あぁ、アリシェの世話ってこと?俺は世話だなんて思ってない」

「隠さなくていい。お前が修行してくれたんだろ」


それを否定しようとするが、すぐに止めた。

間を置くと、フリードの隣に胡坐をかいて座る。


「……君は魔力を持ってない。素質がないだろ。しかも俺は魔力を消してる。なぜ気付いた」


レグザムでは魔法を使える人が少ない。

というのも、魔力さえ持っていれば誰でも魔法を使うことが可能だが、魔力を持っている人自体が少なく、それに加えて自分が魔力を持っていることに気付かない人もいる。

普通ならば、魔力を持つ者のみが相手の魔力の有無を知ることが出来る。


「昨夜に比べアリシェの魔力が格段に高まった。それはお前が何らかの施しを行ったからじゃないか?」


質問を質問で返す。

答えられないことを察知し、ティルはそれ以上深く聞かないことにした。

そして、フリードの質問に答える。


「俺は料理の指導をしてただけさ。ま、これからも高める必要があるけどね。彼女は」


すると、グラスを一つ差し出してきた。

フリードは「ありがとう」と言って受け取ると、何かを話そうとした。

が、先にティルが口を開いた。


「気を一点に集中させる。出来れば、魔法を使いながらね。それで魔力は格段に上昇する」

「ヴァイルの弱点だけを狙い、魔法を放つ。そういうことか?」

「それもありだね」


修行方法を聞きたかったフリードには好ましい情報だった。

だが、他にも気になる点はいくつかあった。


「なぜ普段は魔力を消しているんだ」

「魔力を使って菓子を作ってると、思われたくないから」


ティルはグラスに口を付け、ジュースを口に含む。

それにつられ、フリードも一口飲んだ。


「それに、魔力を狙ってる輩もいるって聞いた。だから用心してってこともある」

「そうなのか。では、なぜアリシェの魔力を高めた?」


ティルは「質問攻めかよ」と愚痴をこぼしながらも、その問いに答えるつもりらしい。

夜空を見つめていた視線を、宴の中にいるメリルに注ぐ。

部屋に置いてあった写真に写っている恋人が、彼女に近づく。

それに気付くと、すぐにミゼールから離れて彼に駆け寄り、ギュッと抱きしめた。

彼もメリルを抱き返し、どちらも頬を赤らめているのが遠目から見てもわかる。

その現状を寂しげな表情で見つめているティル。

それが何を示しているのかをフリードは察知した。


「メリルを愛してる。家族としてではなく、一人の女性として」


だがレグザムでも同様に血縁関係のある者同士の恋愛は禁止されている。

彼は、叶わない恋に落ちていた。


「大切なメリルを救ってくれたんだ。恩返しのつもりだ。それに、君たちは冒険者だろ。魔力は高めるに越したことはない」


「にしても、アリシェは魔力が低すぎたけどね」と口添えると、力なく笑って見せた。

フリードにはティルの気持ちが痛い程わかる。

今の自分と同じ状況だから。


「ティルが自ら助けに行けただろう。だがそうしなかったのは、気持ちが抑えきれなくなりそうだったから。違うか?」

「……こんな夜だ。もうこの話は止めよう」


ティルはグラスに残っているジュースを一気に飲み干すと、空を見上げた。

星空の下、フリードの隣で鼻をすすり、密かに涙を流した。




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