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35話 強くなりたい

アリシェが背中を擦りながら、呼吸を落ち着かせる。

涙を拭い、間を置いて、ミゼールは話し始めた。


「……男が来るのは、この店を潰すため」

「なぜ潰したいんだ?」

「あいつは自分の店をメルポルの1番にしたい。それで、メルポルで1番美味しいと評判の店『ル・パルーゼ』を潰したいのよ」


ラスカノンと同様に、メルポルで1番と評されることは世界一のパティシエと言っても過言ではない。

高い技術力を持ったパティシエたちが腕を競い合う町、それがメルポルである。

その町では、4年に一度、『メルポルコンテスト』を行っている。

優勝すれば、『メルポル一のパティシエ』という名誉に加え、その年によって様々な豪華賞品がもらえるらしい。

何十年も前から行われている1番盛大に行われる町の行事で、前回は『ル・パルーゼ』が優勝した。


「すごーい!優勝したってことは、今年も優勝確定じゃない?」

「男がその優勝賞品を狙ってるということはないのか?」


二人からの質問に、ミゼールは首を横に振り否定の意を示した。


「前回優勝したのは、ティルではないの。私の夫、パルーゼよ。それに、優勝賞品の内容は本人しか知らないの。あいつは、そんな得体の知れないものを欲しがるような奴じゃない」


目の前にある名誉、それさえあれば儲かるのは確実である。

世界中のグルメや美食家たちがそのパティシエの創作菓子を目当てに集まり、評判が良ければまた知名度が上がる。

パティシエにとっては夢のような話である。

そこで当然のように浮かんだ疑問をぶつけた。


「今回のコンテストには、旦那さんは出ないのか?」

「パルーゼは……」


言葉を濁しながら俯くと、ミゼールはベージュのエプロンの袖を強く握った。

その悲しげな瞳からは涙があふれる。


「父さんは、死んだ」


そう発言したのは、帰ってきたティルであった。

肩を落として、怒りか、後悔の念からか拳を強く握っていた。

その後ろには、レオンがいる。

どちらも浮かない顔をしている。

やはり、メリルは見つからなかったらしい。


「……そうか」

「だから、俺が出る。でもあいつらを勝たせなくちゃね」


店の名誉よりも家族の、大切な妹の命を優先するのは当たり前のことだ。

それにはミゼールも賛成していたため、頷いた。

だが、フリードは最悪の事態を想定していた。


「あたしたちが助けるよ!妹さん、奪還してくる!」


そう発言したのはアリシェだった。

それは正しく、最悪の事態を避ける唯一の方法でもあった。

もしあの男を勝たせても妹を返ってこないのではないか。

フリードはそう予想していた。


「おう!俺らに任せとけ!」

「……今会ったばかりの人たちに、頼むわけには」

「それなら、一つ条件がある」


顔を上げ、フリードを見つめた。

手紙をショーケースの上に置き、ティルに近づく。


「な、何で条件なんてつけるの?!困った時はお互い様だよ」

「アリシェとレオンは此処に残れ。俺一人で行く」


その言葉に、ティルだけでなくアリシェとレオンも驚いた。


「待って、俺に何かを課せるんじゃないのか?」

「それ、どういうこと?」

「何で俺も行っちゃいけないんだ!」


それぞれが思ったことを口に出す。

フリードは、順に答えていった。


「ティル、お前に何かしてもらうとするなら、優勝だ」

「そんなの、言われなくてもやってやる!」


妹を助けてくれるなら、それこそ確実に保証はないが絶対に優勝しよう。

そう意気込んだのだった。


「どこかしらの建物内に妹がいるなら、正面突破は難しい。変装して入る必要があるだろう。よって体格が大きいレオンは目立ちやすいから却下。アリシェは役に立たないから却下」

「それなら、仕方ないか」

「ちょ、ちょっと!役に立たないってどういうことよ!」


レオンは納得したものの、アリシェはフリードをにらみつけた。

彼女自身にその自覚が少なからずあったのだろう。

今にも泣きそうな表情で、必死に涙を堪えている。


「あ、アリシェ、俺たちを手伝ってくれないかな?メリルがいないから、人手が足りないんだ」


ティルがそう尋ねると、アリシェは首を縦に振って快諾した。

ティルの気遣いでこの場は収まりそうだ。


「フリードなんか大嫌い!」


睨みつけながら叫ぶと、走って店を出て行った。

レオンが追いかけようとするが、眼前に手をスッと出し、それを制止した。


「アリシェを追いかけなくていいのか?」

「……大丈夫だ」


そう言うと、フリードは壁に寄りかかり腕を組んで目を伏せた。


「あの言い方では、傷ついてしまうわ」

「……母さん、準備しよう」


ティルとミゼールも心配するが、明日の準備があるため、厨房に行きすぐに取りかかった。















人気のない通りを、当てもなく歩いていた。

たまに吹く冷たい風に、身を震わす。

店の明かりもなくなり、街灯だけがアリシェの道先を照らしている。


「……ホント、役立たずなアリシェ」


泣き腫らした顔で拳を強く握ったまま、自分を責める。

言い方は厳しくとも、彼は正論を言っただけ。

だが、その言葉に傷つき我慢していたものが心からあふれ出る。


元の世界に帰って、愛しの人に会うために宝玉を集める旅を続けてきた。

フリード、レオンに会っていなかったら、一人で旅をしなければならなかった。

考えると、自分がいかに贅沢な状況を過ごしてきたのかが分かった。

そう、彼らに頼りすぎていた。

ヴァイルに遭遇してもフリードが倒してくれるし、道中疲れたらレオンが背負ってくれる。

一人だったら、何にもできなかった。

自分の目的を果たすために彼らは一緒に旅をしてくれている。

それなのに、自分はフリードとレオンに甘えているだけで、何もしていない。

もう、自立しなければならなかった。


「うっ……」


その場にしゃがみ込んで、涙を拭った。

だが、何度拭っても涙はあふれて止まらない。

その目的さえ、あの夢のせいでぶれてしまうことがあった。

大好きな和人が、垢川に取られてしまう夢。

実現してしまいそうで、それが本当に怖くて、アリシェの心を惑わせるには十分だった。

早く宝玉を集めようと思っても、それを達成した後に和人との未来があるのだろうか。

いつも明るく振る舞ってはいるが、どこかで不安に押しつぶされそうだった。


「ひっ……和人に、会いたいよぉ……」


生前の世界で渚紗と和人は、嬉しいことも辛いことも半分こしてきた。

どんなことも話して、一緒に泣いたり、一緒に笑ったりした。


「もっと……ひっく……強く、なりたい」


どうすればいいの?と心に思い浮かべた笑顔の和人に問いかけた。

返事が返ってこないことは承知している。


「それなら、修行あるのみだ」


背後から声がして、すぐに立ち上がり振り返った。

そこにはフリードが立っていた。

それに気付くと、アリシェは袖で顔をゴシゴシ拭う。


「き、聞こえてたの?」

「呟いていれば、聞きたくなくても聞こえる」


アリシェに近寄り、顔を拭う手を掴んだ。

彼女の動きは止まり、腫らした目でフリードを見つめる。


「店に戻るぞ」

「なっ、ごめんの一言くらい言ってくれてもいいじゃん!」

「……すまなかった」


いつものフリードなら言わないであろう言葉を、アリシェは聞いた。

驚いて、口を開ける。


「フン……ほら、行くぞ」


手を離し、呆けたアリシェを見て鼻で笑うと、翻って歩き始めた。

先ほどまでは憎いと思ったけれど、弱い自分に気付かせてくれたフリード。

今胸にある想いを、言葉にした。


「ありがとう」


アリシェは走って、フリードの後を追う。
















悲惨な運命が待っているとも知らずに。


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