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言わぬが花、知らぬが仏

作者: 西禄屋斗
掲載日:2026/01/19

「やっぱり、履き慣れてない革靴って歩くだけで疲れるよな。サイズも合ってない感じがするし」


 アリーナで行われた成人式からの帰り、僕の隣で親友の明慶あきよしがぼやいた。確かに一歩を出すにも苦労しているようで、いつものせかせかした足取りとは違う。


「大丈夫か?」


 駅を降りてから、すっと顔をしかめているので、僕は心配した。


 明慶は靴擦れの痛みをこらえながら、


「まあ、もうちょっとでウチに到着するし、我慢するっきゃないだろ。それとも、オレをおぶってくれるか?」


 と冗談を言う。


 構わないよ、と僕は即刻OKした。


「そんな姿を誰かに見られて恥ずかしくないなら、別にしてあげてもいいけど」


「だよなぁ。やっぱ、今のなし。――あーっ、くそぉ、早く靴脱ぎてえ!」


 これから僕らは明慶の家に行き、成人式を無事に迎えられたことを祝って、ささやかな食事会をすることになっていた。


 普通、成人式の後は懐かしい同級生たちと合流して、そのまま居酒屋などへ繰り出し、二十歳になったことをさもアピールするみたいに飲酒して盛り上がる――という行動パターンが一般的だと思うが、僕らはそうしなかった。下戸げこで、賑やかな場所も好まない僕のことを親友である明慶が気遣ってくれたからだ。


 お互い家が近所同士だった明慶とは、それこそ保育園から高校、さらに大学と、ずっと一緒だったので、かれこれ十八年以上の付き合いになる。特に小学校の中学年くらいまでは、ウチの両親が共働きだったせいもあり、給食がない土曜日の放課後など、よく明慶のお宅にお邪魔してはカレーライスやナポリタンなど、昼ご飯をご馳走になっていたものだ。どちらの家族からも「兄弟のよう」と認識された間柄と言えよう。


「しばらくぶりだなぁ、明慶の家に行くのも」


「高校卒業して以来じゃないか?」


「確かに、そうかもしれない」


「ウチの母さんも、成人したお前の晴れ姿を見たいって言ってたぞ」


「そう言えば、おばさんの手料理を頂くのも久しぶりだ」


「昔は、よく一緒にウチで食ってたよな。――そうそう、久しぶりで思い出したんだけど、今日の成人式で山下やました里咲りさを見かけたんだ」


 いきなり出された名前に、僕は眉をひそめた。


「えっ? ヤマシタ……誰だって?」


「だから、山下里咲だよ! 憶えてねえ? ほら、五年と六年のとき、一緒のクラスだった山下里咲!」


 そこまで言われて、ようやく僕は思い出した。


「ああっ、山下里咲か! 確か、教室でリコーダーを失くしたって、大騒ぎになったよな。あとで音楽室に忘れただけだと分かったけど」


 確か、それを見つけたのは僕だったはずだ。


「そういう記憶の仕方かよ!?」


「違ってた?」


「いや、そういうことも確かにあったけど――そうじゃなくて、あの娘、クラスで可愛かったろ?」


「そうだっけ?」


「可愛かったんだよ! 何たって、このオレの初恋の相手なんだから」


 明慶との付き合いは長いが、その僕でさえ初めて聞いた。


「えっ、そうなの? だって、あの頃、クラスの女子はおしゃべりでうるさい、とか言って、硬派を気取ってたじゃんか」


「それは……山下のことを好きだなんて、クラスの誰かに知られたら恥ずかしいからだろ。小学生の初恋とかって、そういうもんじゃねえか?」


 あまりにも真っ赤になって言うので、僕は可笑しくなった。


「まあ、そういう気持ちは分からなくもないけど。――で、その山下里咲を成人式で見かけたってんだな?」


「ああ。晴れ着姿だったけど、何か凄い大人っぽくなってて、モデルみてえに綺麗だったなぁ」


「声くらい掛ければ良かったのに」


「いやいや、無理だって! オレのことなんか憶えちゃいないよ、きっと。第一、同じクラスになったのは二年間だけなんだぜ。おまけに山下は中学受験で別の学校に行っちまって、それっきりだし。――いいんだよ。初恋なんてものは実らないと相場が決まっているんだから。子供時代の淡い思い出さ」


 ふと寂しげな表情で、明慶はぽつりと呟いた。


 ――初恋は実らない、か。


 僕の胸にも小さな針がチクリと刺したようだった。


「そう言や、きよし、お前の初恋はいつなんだよ? そういう話、お前から聞いたことねえぞ」


 カミングアウトを終えた明慶は、今度は僕に矛先を向けてきた。


「僕の初恋? イヤだよ、いくら明慶でも絶対に教えないから!」


「何だよ、ずるいじゃないか! オレのは教えてやったんだからさ!」


「頼んでもいないのに、自分で勝手に喋ったんだろ」


「そう言わずにさ。なら、せめてヒントだけでも。――オレの知ってるヤツか?」


「うっ……そ、それは、まあ……」


「で、何年生の頃の話だよ?」


「何年生って……それは……明慶よりも前――とだけ言っとく」


 渋々ながら、僕は打ち明けた。はぐらかそうとしても、こういうときの明慶はしつこい。


 すると明慶は途端に大きく目を見開き、


「オレよりも前かよ!? 小学五年よりも前ってことは……まったく、どっちがませたガキだったんだか!」


 そんなことは張り合うものでもないだろうに、なぜか明慶は悔しそうに言う。


 さらに誰だと問い詰められそうになり僕は困った。


 すると、程なくして明慶の自宅へ到着した。タイムアップを悟った明慶は舌打ちする。


 やれやれ、と僕は心の中でホッと胸を撫で下ろした。


「ただいまぁ」


 玄関では明慶のお母さんが出迎えてくれた。多分、料理の最中だったのだろう。懐かしいエプロン姿だ。顔を合わせるのは実に二年ぶりだった。


「お帰り。――あら、潔くん。久しぶり。やっぱり、男の子はスーツを着ると、大人っぽく見えるわねえ。背も伸びたんじゃない?」


「こんばんは、おばさん。ご無沙汰してます。今日はお言葉に甘えて、ご馳走になります」


「どうぞ、どうぞ。何だか昔を思い出すわねえ。懐かしい。今日は腕によりをかけて作っているから。――明慶は着替えてからにするの?」


「うん。ネクタイ、きついし、早く解放されてえ。――潔、先に行っててくれ。すぐ行くから」


「分かった。――お邪魔します」


 二階へ上がって行く明慶を見送り、僕は奥へと通された。


 いくら親友であろうとも、多分、この先も僕は自身の初恋について、明慶に話すことはないだろう。――いや、教えられるわけがない。


 僕の初恋の相手は、今もずっと想い続けている「お前の母親」だなんて。

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