これは怖い話ではありません。不思議な話です。「サッポロ街の窓」
これは「創作」じゃない。
どうしようもないくらい──実話だ。
※あまりよくないものが写っているかもしれない写真があります。苦手な方はご注意を。
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地元に戻った最初の夏。空気がやけに重たくて、蝉の声までアスファルトにべったり貼り付いているようだった。私は勤めていたリゾート会社を家庭の事情で辞め地元に帰ってきていた。前職が激務だったこともあり、しばらくは失業保険を受給しながらのんびり過ごそうと決めていた。時間だけは持て余していた頃、記憶の中とは少し雰囲気が変わった街並みに、様々なところへ赴いては写真を撮っていた。
駅前から少し離れた、アーケードのあるサッポロ街まで歩くと、剥がれかけ軋むタイルの音にスニーカーの裏が湿る。アーケードの屋根は割れ、昼でも薄曇りのような光が満ちている。看板はぶらさがったまま、ほとんどの店は閉まっていた。まるで街なかに突然存在する廃墟。それでも何枚か、写真を撮った。誰もいない飲み屋街。タイルが剥がれ、一部剥き出しになったコンクリート。隅に転がる空き缶。埃っぽい風の匂い。
それから数年。PCの写真フォルダを整理していた時のこと。サッポロ街の写真が出てきた。画面の奥、窓ガラスの向こう──見覚えのない顔が、カーテン越しにこちらを向いていた。
一瞬、眉間にしわを寄せる。いや、これは──布のしわだろうか? でも、口元。あんな不自然な線ができるものか? 目の位置も、鼻筋も、妙に人間の顔をなぞっている。
そもそも、撮った当時には気づかなかったのはなぜだろう。
単純に見落としたのか、それとも──見ることを、選ばなかったのか。
今となっては確かめようもない。
サッポロ街はもう解体されてしまった。
あの窓も、あのカーテンも。
ふと思う。
思い出の街が消えていくのが世の常なら。
この『顔』だけが写真の中で変わらず、じっとこちらを見続けている。