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『がらんどう』の中の人

ランドールの隠し事

作者: なかな

 『がらんどう』の番外編、2作目です。

 イシュタニア国、最強の魔術師「ランドール」

 彼の不可解な行動原理からやってしまった『ある隠し事‥』の話。




 俺はランドール・レオーネ。


 イシュタニア国では言わずと知れた魔術師だ。

 俺にとって魔術を扱う事は呼吸をするのと同じで、細かい術式や属性なんて後から付いてくるものに過ぎない。


 どう感じてどう生み出すか?

 それを突き詰めた先にあるのが俺の術。


 王宮に雇われるようになり、気が付けば俺は最強と呼ばれ、まともに話かけてくる奴は誰も居なくなっていた‥。


 そう、フニャフニャとした髭面で笑う、いつも楽しそうな男、リチャード以外は。



* * *


「ランドールさぁ、お見合いさせられたんだって?あのニコル嬢と。確か、すっごい美人だって聞いたよ?」


「あぁ‥」


 俺の人生に必要無いと思っていた縁談が、先日舞い込んだ。

 早く片付けたいばかりに、戦場で力を使い過ぎたのがいけなかったらしい。

 国王に目をつけられてしまった‥。

 遠縁でも、俺を王家に縛り付けておくつもりなのだろう。


「僕さぁ、ランドールなら逃げちゃうだろうと思ってたんだよ。よく、お茶会とか行ったよね」


 俺だって逃げるつもりだったんだ‥。

 彼女の絵姿を見るまでは。



* * *



 絵姿を見せられて、本当にこんな人間が居るのなら見てみたいと、そう思った。

 まるで人形か人外かという程に整った容姿。動く姿がまるで想像できなかった。

 俺が戦場で戦った事でこの娘の日常を守れたのなら悪くないと、いつになく心が揺れた。


「で、どうだったのさ?婚約する事になったの?」


「あっ?」


「あっ?、じゃなくてさぁ‥。ほら、次の約束とか、そういうの、ないの?」


 次の約束?なんだ?その悠長な響きは?


 

 ◇ ◇ ◇



 俺が指定された屋敷に行くと、その一室には優雅な所作でティーカップを傾ける妖精がいた。


 (やっぱり人外じゃないか‥)


 絵姿より人らしさを感じられない、春風に乗って何処かへ消えていきそうな可憐な姿がそこにはあった。


 だが、俺の目的はもうこれで達成された。

 本当にあの絵姿の女性が存在するのかどうか?知りたかったのはそれだけだ。


 俺は踵を返し、茶の席を後にした。



* * *



 茶会の開かれていた屋敷の使用人に、急用が出来たから帰るとだけ告げ、俺は自分の屋敷までの道を駆け抜けた。

 魔術に乗せた俺の走りは、すれ違う人も馬も、ただ風が吹き抜けただけだと思うだろう。


 野山や街を駆け抜けながら、いつに無く鼓動が早いと感じた。目の前に迫る貴族の屋敷も、無駄に跳躍をして越えてしまう。


 自分の屋敷に帰っても部屋に入る気にならず屋根の上で雲を眺めていると、入口に馬車が停まるのが見えた。


 その馬車から現れたのは、そう、あの妖精だった。



* * *



 俺にとっては緊急事態だ。

 屋敷に入ってもらっては困る。使用人も数える程度、客人もろくに来ない我が住処では令嬢をもてなせない。


「待て‥、ここから先は行かせない‥。」


 俺は慌てて屋根から飛び降り、妖精の前に立ちはだかった。



 ◇ ◇ ◇



 「な、何ですの?どこから来ましたの??‥さては貴方ですわね?招待を受けておきながら、ろくに顔も見せずに帰った失礼な方は?!」


 突然、妖精が俺に説教を始めた。

 どうやら機嫌を損ねているらしい。


「ああ、そうだ。悪いが俺はそういう男だから国王には断りを入れてくれ。あんな奴との縁談は受けられないってな」


 俺はそもそも、こんな綺麗な令嬢と一緒には居られない。後々嫌われるくらいなら、はなから近づかない方が良いだろう。


「何を仰っていますの?勝手な事ばかり言われても困りますわ‥」


 そう言いながら妖精は上を見てキョロキョロしている。


「あの‥、使いの者が馬も馬車も見なかったと言うのですが、このお屋敷までどうやって戻られたんですの?」


「走った‥」


「先程、急に上から現れましたけど、あれは魔術師の方が使う転移の術だったのでしょうか?」


「いや、屋根から飛び降りただけだ‥」


「・・・・・」


「?」


「・・面白い、面白いですわ」


 妖精が目をギラギラさせながら、俺の顔を見つめてくる。


「何故、先程は帰ってしまいましたの?特に急ぎの用があるようには見えませんけれど」


「それは‥、確認したかっただけだったからだ‥」


「確認?何をですの?」


「‥ニコル嬢が、本当に動く人間なのかを‥」


「はーぁ?!‥‥く、くっ、くっ。なーんてお馬鹿さんなんですの?!国を救った魔術師様なのに‥、なんて、お馬鹿さんなのかしらっ!」


 ニコル嬢は俺の事を2度も「お馬鹿」と言った挙句、目尻に浮かんだ涙をハンカチで押さえた。

 俺は怒る事も出来ずに、その令嬢らしからぬあけすけな笑い顔を眺める羽目になってしまった。


「私、この縁談をお受けいたしますわ。もし、また貴方が逃げたとしても、必ず追いかけて捕まえてみせます。私、貴方に決めましたから」


「お、おう」


「私を甘く見ないでくださいませ。手始めにバラの花とチョコレートを持って、明日、私の屋敷に来てください。もし来てくださらないのであれば、こちらの屋敷に私の荷物を移しますので、そのおつもりで」


「お、おう‥」


「その後も、3日に一度は花や小物を用意して、私に会いに来てください。これも、いらっしゃらないようなら、私がこちらの屋敷に居を移すまでです」


「お、おう‥」


 今までどんな相手にも恐怖を感じることは無かったのに、この時俺は背筋に嫌な汗をかいていた。

 この妖精にだけはどうしても逆らえない。

 

 俺が本気になれば逃げる事は容易いが、この妖精から逃げるとクソみたいな後悔が付きまとうだろう。

 それは流石に俺でも分かっている。


 ‥俺が勝てない相手に、初めて出会ってしまった。



 ◇ ◇ ◇



「ランドールっ!次に帰って来るときは、夏用の布地を持ち帰ってくださいませっ。日本で買ったドレスと同じ型を、別の布で作りたいんですの」


「お、おう。色とかよく分かんねーけど、薄い布なら良いのか?」


「色はお任せしますわ。迷ったら何種類かまとめて持って来てくださいね」


「‥分かった」


 我が屋敷に帰ったばかりだと言うのに、ニコルは次に俺が帰って来る時の話をしてくる。


 俺が居ない事で寂しい顔をされるより有難いが、俺は彼女にどう思われているんだろうか?


「なぁ、ニコル‥。俺はちゃんと君を幸せに出来ているか?日本でミツリに文句を言われたから、聞かなくてはいけないと思っていた‥」


 成長したミツリと話して分かったのは、俺がミツリを悲しませていたと言う事。

 記憶にも無いような俺の存在でも、ミツリにとっては重要だったと言う事だ。


「そんな事を気にするようになりましたの?成長しましたわね!」


「成長‥」


「ご心配には及びませんわ。私は自由を楽しん‥、あ、いえ、1人の時間も大事に出来ますのよ」


 今、自由を楽しんでるとか言いそうになっていなかったか?


「そうか、まぁ、俺はこんな感じだからな‥。何があっても君を守る事は確かだが、ベッタリといつも側には居られない」

 

「分かってますわ。私もそんな事は望んでおりませんもの。そんな付き纏われても面倒く‥、いや、え、一緒にいるだけが大事だとは思いませんわ」


 今、付き纏われても面倒くさいとか言いそうになっていなかったか?


「まぁ、ニコルがそう言うなら、そうなのだろうな。信じてもらえるかは分からないが、俺はずっと君だけを見ている。歳をとってもずっと‥」


「まぁ!そういう時は『愛してる』という言葉を使うのですよ。さぁ!」


「愛してる‥」


「私も愛してますわ」



* * *



 久しぶりにニコルの顔を正面から見る事が出来た。


 彼女の細くしなやかな指に輝く魔石の指輪は、リチャードに作ってもらった俺を呼び出す為の魔導具だ。


 彼女がいつでも俺に助けを求められるように‥、そう思って身に付けてもらっている。


 だがニコルは、この魔導具の本当の効果は知らない。ニコルの声だけに反応し、いつでも俺にその艶やかな声が届いていることなど‥。


 彼女が幸せに過ごしているなら、俺はそれで幸せなんだ。だから、彼女の姿を見守るのも俺の大事なやるべき事だ。


 変態?不器用だって?

 そんなの知るか‥。


 俺は、彼女を幸せにしたいだけだ。

 側に居ても離れていても、俺はこの思いを諦める事は決してないだろう。


エピソード「ランドール サイド」でした。 

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