魔王の兆し
目を開けた陽葵が最初に見たのは、親友の心配そうな顔だった。
「……ちょっと、大丈夫? いったい何があったのよ」
夏穂は上から、彼女を覗きこんでいる。その目を見返して、陽葵は何度かまばたきした。
「……えっと」
どう説明しようか、迷いながら起き上がる。そこで彼女は初めて、樹に膝枕をされていたことに気づいた。
「……あ。ごめんなさい、私……重かったよね?」
彼女は顔を赤くして俯く。その様子を見て、樹が優しく微笑んだ。
「気にしないで。僕には幸せな重みだったから」
「陽葵。その男はお前の意識がないのを良いことに、自分の側に寄せていただけだ。お前に非はない」
玲央が横から口を出す。夏穂はジト目を樹に向けて、春奈は呆れたように笑った。
「……ねえ陽葵。そろそろ夕方よ。いくら夏とはいえ、薄着だと体も冷えるでしょうし……そろそろシャワーを浴びて、着替えましょう?」
渚が遠慮がちに口を開く。陽葵は無言で頷いて、彼女に連れられてシャワー室に向かった。夏穂たちがその後に付いていく。残された樹は、玲央の方を見て言った。
「僕たちも行こうか」
玲央は黙って立ち上がった。そして2人は、並んでシャワー室に向かう。シャワー室は個室だったが、複数人でも余裕で入れる広さだった。陽葵は渚と、春奈は夏穂と一緒に利用していて、千秋は1人で使っている。個室の数はちょうど5つあったので、少年たちは分かれて入った。ゆっくりと入口の扉を閉めた玲央は、目の前にある蛇口のレバーをシャワー側に傾けて、そのハンドルをひねる。水用の物とお湯用の物を組み合わせて、ちょうどいい温度にしながら、彼は目を細めた。
(……改めて思うが、とんでもない家だな)
プールに備え付けのシャワー室が、ビジネスホテルのそれよりも広い。ここまで来ると、張り合うことすらバカバカしくなるだろう。普通なら。
(起業か。……まあ、出来ないこともないな)
玲央には舎弟たちがいる。樹の部下と比べれば、優秀さでは劣るかもしれない。けれど彼らは、玲央のことを本気で慕っている。彼が会社を作ると言えば、全員付いてくるだろう。
(やってみるか。何をするかは、奴らと考えることにして……)
玲央は決して諦めない。元々彼は、魔王だった。人を纏めることも動かすことも、樹よりも慣れている。そして、何よりも。
(樹と同じだけの力を手に入れて、陽葵も貰う。全てで奴を越えなければ、本当の意味で勝ったとは言えん)
強欲さで、彼の右に出る者はいなかった。




