ボールゲーム(前編)
試合といっても、明確なルールがあるわけではない。即席のゴールラインを引いて、そこまでボールを持っていったら1点というシンプルなルールで、7人はしばらく遊び続けた。水に浮いて転がってきたボールを拾って、陽葵はプールの床に足をつけて立つ。
「……あ」
その目の前に、樹がいた。彼はニッコリと笑って、口を開く。
「楽しそうだね、陽葵。……君はいつも笑ってくれてた。だから僕は勘違いしてしまったんだ。君も、僕のことが好きなんだって」
「……勘違いじゃないよ」
陽葵はボールを抱えて、ふわりと笑う。
「大好きだった。憧れてた。……でも、私じゃアルトを幸せにできないと思ったから。2人を、祝福しようと思ったの」
目線を下に向けて、彼女が呟く。その言葉に、樹は真剣な声音で返した。
「それは逆だよ。君以外では、僕は絶対に満たされない」
「……うん。それも、今は分かってる。でも」
「玲央のことが、気になるの?」
突き刺すような問いに、陽葵は頷く。そして彼女は、目を伏せたまま続けた。
「樹くんが、危険だと思うのも分かるの。でも私、なんだか放っておけない気がして」
「……そうだろうね。君はとても優しいから」
ため息と共に、樹が言葉を吐き出す。諦めの中に、少し温かみが混ざったその声に、陽葵は顔を上げた。彼の表情は変わっていない。それなのに、どこか寂しそうに見えて。
「……樹、くん? どうしたの?」
陽葵はゆっくりと近づいて、その顔を見上げた。彼はその手からボールを奪って、笑みを深める。
「どうもしないよ。……じゃあね、陽葵。楽しんで」
そう言って、彼はボールを持ったまま、彼女の横をすり抜ける。呆然とした顔でそれを見送った彼女の横には、いつの間にか春奈が立っていた。
「気にするな、陽葵。あれは拗ねているだけだ。……お前と奴は、幼馴染だったのだろう。奴はその関係が、いつまでも変わらないものだと思い込んでいた。生まれ変わっても。だが、人とは変わり続けるものだ。いつまでも頑なに変わろうとしない、あいつの方が間違っていると、俺は思う」
彼女は真顔でそう告げる。そして陽葵の肩を、力強く叩いた。
「お前は好きな方を選べ。あいつは結局、どこまで行っても……お前が幸せに笑っているなら、それで良いと思える男だ」
その言葉を残して、少女は兄を追いかける。陽葵は無言で、その背を見送った。波を掻き分ける音がして、玲央が彼女に近づいてくる。
「……陽葵? 何故、こんな所で立ち止まっているんだ。何か、あったのか?」




