屋内プール(中編)
「ふむ、本当に変わったな」
少し遠くで、陽葵が足からプールに入る。そんな彼女に、優しげな視線を向けている玲央を見ながら。春奈は興味深そうに口を開いた。
「あれが、あの魔王か。……セラが見たらなんと言うか……」
「アイツのことだし、それも神様の導きだって思うだけだろ。アイツはオレが知ってる中でも、1番敬虔な信者だったからな」
水を掻き分けながら、夏穂が彼女に近づく。その言葉に、彼女は目を細めた。
「……お前は、いつから記憶があったんだ?」
「オレは入学式の前日に、夢を見てから思い出したクチだ。お前と樹は、生まれた時からあったんだっけか?」
「ああ、そうだ。もっとも、俺の方が後に生まれたからな。樹がそれまでに何を考え、どう思ったかは分からない。……俺たちの両親は、この家を見ても分かると思うが、典型的な上流階級の人間でな。正直、生家は俺でも窮屈だと思うほどだった。それでも樹は、ある1点を除いては従順に従っていた。奴が譲ろうとしなかったのは、1つだけだ。『心に決めた人以外とは、決して結婚しない』と」
「それが陽葵か。……でも、それ、叶わなかったらどうするんだ?」
「それはまあ、一生未婚で済ませるだろうな。親は嘆くだろうが、俺も樹も、もうあの人たちには何も期待していない。樹は特に、1人でも生きられるだけの力があるからな。その気になれば、すぐに縁を切ることもできる。そしてそうなれば、困るのは彼らの方だ。奴以上に有能な跡取りなど、どこを探しても見つかるまい。俺と違って、奴は現代の科学技術も使いこなしている。まるきり前世と同じだな。結局、俺は生まれ変わっても、何の力にもなれていない」
どこか悔しそうに、春奈が溢す。その横顔を、夏穂は黙って見つめた。王女がアイルーズを殺して、アルトゥールがその後を追った日。彼らが駆けつけた時には、もう死体は片付けられて、墓に入れられていた。
『……こんなことが、許されていいのでしょうか』
村の片隅に建てられた小さな墓に、白髪の少女が花を供えた。そこに眠るのは、少女だけ。アルトゥールは死んでも、彼女の隣に居続けることができなかった。それもこれも、彼が英雄だったから。人の理想を体現した男は、最期を迎えても、個人としての望みを叶えることができなかった。
『良くないよ。良いわけない。アルトはあんなに頑張ったのに』
普段は引っ込み思案な黒髪の娘が、吐き捨てるように言う。そうして彼女は提案した。次は絶対に、彼の望みを叶えようと。
「でもまさか、そう言い出した奴の記憶が無くなってるとは思わなかったけど」
遠くで弟に絡んでいる千秋に視線を向けて、夏穂が呟く。春奈は苦笑を浮かべながら、その手を取った。




