樹の妹(前編)
「……まあ、何だな。ホントなら、アタシはこういうの苦手だけど。マナーとか気にしなくていいのは助かるな」
ソルベの後に運ばれてきた牛フィレ肉のステーキを食べながら、千秋が溢す。樹はその言葉を聞いて、にこやかに微笑んだ。
「そうでしょう? ご自分のお家だと思って、寛いでくださいね」
「いや、それは流石に無理だけど。つーかアンタは、アタシたちを懐柔する気はないんだろ。好きにしていいって言ったもんな」
「もちろんです」
樹が笑みを深める。そのすぐ後に、広間の扉が少し開いて、その隙間から少女が顔を覗かせた。樹は彼女の方を見て、笑顔のままで声をかける。
「おや春奈。朝の鍛錬は終わったのかな?」
少女が無言で頷いて、扉を閉めて去ろうとする。夏穂は目を細めて、冷ややかな声で言った。
「おいこら、逃げんな。お前、そういうタイプじゃなかっただろ」
「……メルヴィン」
ため息と共に、彼女が言葉を吐き出す。
「俺は魔王の顔を見に来ただけだ。いくらお前がいるといっても、ここに長居する気はない。それに俺は、喋るとボロが出るからな。黙って去るのが1番だと考えただけだ。……どうにも、この体には未だに慣れん。力も弱いし、あちこち柔らかいし、声も高い。お前も同じなんだろう。よく馴染んでいるな」
「そりゃお前、堅物だったそっちと違って、こっちは色々と経験あるしー? まあでも、戸惑う気持ちは分かるぜ。だけど気にしなくていい。ここにいる奴らは、皆それぞれ事情がある。その事情に、安易に踏み込むようなことはしねえ。そう、決めてるからな」
夏穂が快活な笑みを浮かべて断言する。少女は少し考えた後に、ゆっくりと広間に入ってきた。
「樹。説明してくれ」
「はいはい」
樹が苦笑を浮かべて席を立つ。彼は少女に目線を合わせて屈み、小さな声でこれまでのことを説明した。説明を聞き終わった少女は、周囲を見渡してから頭を下げる。
「……大方のことは理解した。ここはやはり、初めましてと言うべきだな。俺は御門春奈。樹の妹で、親友でもある。よろしく頼む」
その言葉に、渚と千秋が首を傾げる。そんな2人の姿を見て、樹は困ったような顔で告げた。
「……まあ、言いたいことはあると思うけど、春奈はこういう子だから。このまま受け入れてくれると嬉しいな」
彼の言葉に、2人は何か言いたげな目をしていたが、それでも口を挟むことはなかった。全てを知っている陽葵と玲央は、複雑な顔で食事を進める。そして夏穂は、呆れたように息を吐いた。
「お前は変わらねえなあ。学校でもそんななのか? 苦労するだろ」




