邂逅(前編)
盗賊とは、ダンジョンにおける斥候役である。その性質上、求められるのは体力や筋力よりも素早さと器用さ。つまりはまあ、女性として生まれ変わったとしても、ある程度は同じように動けるということだ。
(だけど、強くなったわけじゃねえんだよなあ)
夏穂はナイフを構えてため息をつく。入学式の日の朝に、彼女は前世を思い出した。その時から、密かに決めていたことがある。
(まあいいか。最悪、オレは負けても……陽葵さえ守れれば、それでいい)
今世では幼馴染の親友。前世では悪友の想い人。どちらにしても、守りたい相手だ。目前の少年の攻撃を、紙一重で避けながら。夏穂は陽葵のことを思った。
「相変わらず、逃げることだけは得意だな」
「……そりゃあそうだろ。お前こそ、前から全然変わってねーのな」
この世界に魔法はない。少年の身体能力は、普通の人間のそれと同じだ。それ故に、夏穂でも何とかなっているが。
(長く続くと、やべえな)
夏穂は内心で冷や汗をかきながら、体勢を立て直した。と、そこで。彼女の後ろにいた不良たちが騒ぎ出す。
「ボス! さっきの女、戻ってきたよ! どうする?」
その言葉で、夏穂の動作が鈍る。その体に少年の蹴りが当たって、彼女は大きく吹き飛ばされた。少年は地面に倒れた彼女を見下ろして、楽しそうに笑う。
「……そうだな。少々、予想外だが……。この勝負の決着は、貴様の友人につけて貰おう」
その言葉と同時に、自転車のブレーキ音が聞こえた。夏穂は咳き込みながらそちらを見て、目を瞠る。
「そうか。ではその勝負、僕が引き受けよう。異論はないね?」
穏やかな笑みを湛えた少年が、止まった自転車から下りる。その後ろにいた陽葵が、慌てて夏穂に駆け寄った。
「メルヴィンくん! 大丈夫?!」
「……へーき。ちょっと、痛むけど。それよりさ、アイツどうやって連れてきたの? 説明、苦労したでしょ」
「別に……メルヴィンくんが大変だって言ったら、すぐに一緒に来てくれたよ? なんかね、あの元魔王の人って、この辺では有名な不良らしくて……」
「へえ。てことはアイツ、この地域のこと調べてたんだ。陽葵がいることも知ってて……ハハ。相変わらず、抜け目ねえなあ……」
「もう喋らないで。先生も呼んだから、じっとしてて」
陽葵が夏穂の体に縋って言う。その声は震えていて、目には涙も溜まっていた。そんな彼女を見て、夏穂は苦笑を浮かべる。
「……あーあ。オレが守るつもりだったのに、結局守られる方になるんだ。情けないなあ、オレ……」
そして。その言葉を残して、夏穂は意識を手放した。