昼食はフルコース(後編)
「ああ、あの子なら庭で鍛錬中だよ。まあ、昔から体を動かすことが好きだったからね。……君にはこう言えば伝わると思うけど、元はレイフだから。僕以外の家族とは合わなくて、一緒にこっちに越してきたんだ」
夏穂の問いに、樹は近くの席に座りながら、横目で中庭の方を見る。小さな声で続けられた言葉の後半部分を聞いて、少女は呆れたような顔をした。
「何だそりゃ。いくらなんでも変わらなすぎだろ。てか、だとしても一緒に食べりゃあいいのに。仲が悪くなったわけじゃねえんだしよぉ」
「それが、春奈には専用のメニューがあって……僕としては気にしないんだけど、あの子が一緒に食べたがらないんだよ」
苦笑を浮かべて樹が告げる。夏穂はため息をついて、サラダを口に運んだ。全員の皿が空になるのと同時に、鈴生が次のメニューを運んでくる。
「どうぞ。トマトの冷製スープと、焼き立てのパンでございます。お皿をお下げいたしますね」
「……あっ、はい。ありがとうございます」
陽葵が慌ててお礼を言う。彼女は黙ったまま頭を下げて、ワゴンを押しながら厨房に戻っていった。スープを掬って飲みながら、渚が感嘆の声を出す。
「本当に、お店の味とおんなじね。御門くんは、いつもこんな豪華なものを食べているの?」
「そうでもないですよ。僕、普段のお昼は購買のパンですし。……今日はお客様をお呼びすると決まっていたので、特別なメニューを作ってもらっています。我が家の料理人は和食も洋食も中華も、何でも作れるのでどんなものでも頼めますよ。今からメニューを変えるとなると、多少時間はかかるでしょうが」
柔らかな笑顔で樹が答える。夏穂はその服の袖を掴んで、思いっきり引っ張った。
「ちょっと。そういうのいいから、Wi-Fiのパスワード教えて。アンタのことだから、どうせ空で覚えてんでしょ」
樹が無言で手帳を取り出し、その場でサラサラとメモを書く。夏穂はその手帳を受け取ってWi-Fiの設定を終わらせた後に、隣にいる陽葵にそれを渡した。手帳が一周する間にも食事は続き、舌平目のソテーの後にレモンのソルベが運ばれてくる。陽葵はスプーンに乗った氷の欠片を口に入れて、幸せそうに微笑んだ。
「本当、美味しい。ありがとうね、樹くん。時間のある時でいいから、シェフの人にもお礼を言わせて」
「……ふふ、どういたしまして。僕の方こそ、君に喜んでもらえて嬉しいよ。後で厨房の方に顔を出して、軽く挨拶だけしておこうか。そのくらいなら、邪魔をすることもないと思うし」
笑みを深めて、樹が返す。玲央は目を細めて、彼らの様子を観察していた。




