樹の家にご招待(前編)
妹の前にクッキーの乗った皿を置きながら、渚は少し寂しそうにする。
(私が大学に行っている間に、陽葵に何かあったのかしら)
事情が分からないから、何を言うこともできない。黙って見守ることしかできないのが、悔しくて。渚はその日、よく眠れなかった。夜が過ぎて朝になり、ウトウトしている彼女の耳に、車のエンジン音が聞こえてくる。彼女は窓のカーテンを開けて外を見た。黒い車が、自宅の前で停車する。車から降りてきた樹がドアの前に立って、インターホンを押した。渚はベッドから出て、パジャマを着替えながら隣を見る。陽葵はまだ眠っていた。渚は軽く顔を洗って、ドアを開けて樹を出迎える。
「ごめんね、樹くん。陽葵がまだ起きてないから、少し待っててくれるかしら?」
「おや、そうなんですか? 少し早く来すぎてしまいましたね。では、先に他の方々を迎えに行ってきます」
樹は笑みを浮かべてそう言うと、そのまま車に戻っていった。その背を見送って、渚も家の中に戻る。
(樹くん、いい子よね。ちょっと怖いところもあるけど。……ちーちゃんの弟さん……玲央くんって言ったかしら。あの子も分かりにくいけど、本当は優しい子なんでしょうね。ちーちゃんの弟さんだもの)
リビングのソファに座って、渚は虚空を見つめながら考え込む。渚には、妹の悩みが全て分かるわけではない。ただ、恋愛が絡んでいることだけは何となく理解していた。
(陽葵は樹くんと玲央くんのうち、どちらに惹かれているのかしら。最初は樹くんかと思ったけど、あの子の様子を見てると、そういうわけでもなさそうだし……)
思考しているうちに時間が過ぎる。昼前になって、陽葵がようやく起きてきた。彼女の支度が済んだ頃に、樹も再び戻ってくる。
「うわあ、すごい。毎朝遠目に見てたけど、乗せてもらうのは初めてだね!」
一晩寝て、すっかりいつもの調子を取り戻した陽葵が、車を見て目を輝かせる。樹は後部座席に陽葵と渚を案内して、自分は助手席に乗った。後部座席には既に、夏穂と玲央、そして千秋が座っている。
「お姉さんたちもお招きすることになったので、いつもより大きめの車を用意してもらったんです。日本車なので、田舎道も通り抜けやすいんですよ」
ニコニコと笑いながら彼が話す。その声を聞くともなしに聞きながら、渚は次第にウトウトし始めた。千秋が彼女に肩を貸す。
「おい渚、大丈夫か?」
「うー……ごめんなさい、ちょっと無理かも……」
「まだ時間はかかりますから、少しくらい寝ていても構いませんよ」
「……そう? じゃあお言葉に甘えることにするわね」
樹の言葉に、渚は目を閉じて答える。それからすぐに、彼女は寝息を立て始めた。




