帰宅
「……陽葵?」
渚が心配そうな声を出す。その言葉に、陽葵はハッとしたような顔をした。樹が手を下ろして、ハンカチを差し出す。
「……ありがとう」
陽葵はハンカチを受け取って涙を拭いた。そして俯いたまま続ける。
「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっと色々あって……詳しいことは話せないんだけど、樹くんも来間くんも居てくれるし、私は大丈夫だから心配しないで」
妹の言葉に渚は納得できていないようだったが、それでも妹の気持ちを慮って、その主張を飲み込んだ。樹が彼女に寄り添って、そのままゆっくりと歩きだす。他の4人は、無言でその後についていった。自宅に向かって足を進めながら、陽葵は思考の迷宮に迷い込む。彼女は姫依の言葉を、真剣に受け取ってしまっている。人を信じる気持ちと、殺された瞬間の痛みと悲しみ。それらが混ざり合って、姫依と相対した時、彼女はどうにも動きにくくなるのだ。そしてそんな彼女のことを、樹と夏穂は彼女以上に理解していた。
「じゃあね、また明日。僕の家なら、あの女の邪魔は入らないから……楽しい時間を過ごせるよ。当日は迎えに行くからね」
陽葵の家の前に到着したところで、樹が彼女を離して微笑みかける。少女は無言で頷いて、去っていく友人たちを見送った。全員の姿が見えなくなったところで、渚が柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「……ねえ陽葵。今日はお母さんにお願いして、晩ごはんの前に少しだけオヤツを食べさせてあげるわね。手作りのチョコチップクッキーよ。あなた、好きでしょう?」
「……うん」
陽葵は万感の思いを込めて答える。姉の気遣いが嬉しくて、少しぎこちないながらもようやく笑うことができる。そんな妹を微笑ましげに見つめながら、渚は家に入って妹と一緒に手を洗った。そしてリビングに陽葵を残して、彼女は台所に向かって声をかける。
「お母さーん! 小麦粉、まだあったかしら? 陽葵がちょっと、落ち込んでて……元気づけてあげたいの」
「あら、そうなの? 小麦粉ならまだあったと思うわよ。何を作るの?」
母親の明るい声が聞こえる。リビングのテレビには、人気の漫才コンビが映っていた。そんな日常の風景に、陽葵の気持ちも少しずつ上向きになっていく。リビングからお菓子の焼けるいい匂いが漂ってくる頃には、彼女はすっかりいつも通りに戻っていた。お皿にクッキーを乗せた姉がリビングに来て、妹の顔を見て安心したように笑う。
「……良かった。少しは元気になれたみたいね。あなたももう高校生だし、言えないことがあるのも当然だけど……それでも私は、陽葵のお姉ちゃんだから。頼れる時には、頼ってくれると嬉しいわ」
そう言われて、陽葵は困ったような顔をする。
「……うん、ありがとうお姉ちゃん。こうやって気にしてくれるだけで、助かってるよ」




