前世と今世
陽葵が無言で頷く。そして彼女は、姫依が去った方向を見つめた。そんな彼女の頭を撫でて、樹が優しく声をかける。
「……もう帰ろう、陽葵。あの女は諦めが悪いから、今でもどこかで見ていると思う。そんな状況じゃ、君も楽しめないだろう?」
陽葵は何も答えない。樹は彼女の目を自分の手のひらで覆って続けた。
「僕の1番は君だ。もし君に選ばれなかったとしても、あの女の手を取ることだけはない。君を傷つけた彼女のことを、僕は死んでも許さないから」
穏やかな声には、確かな決意が込められている。それを感じ取って、陽葵はようやく口を開いた。
「……私は」
掠れた声で、彼女が呟く。
「私は今でも、自分の方が邪魔だったんじゃないかって思っているのに?」
その言葉に、樹の表情が固まる。夏穂は特大のため息をついて、玲央は呆れたような顔をした。
「……お前、それは流石にどうかと思うぞ。俺が言うことでもないが……お前とこやつの間には、確かな絆があったのだろう。そこに横から入ってきたのは奴の方だ。樹がそれに、心を動かされたというのなら別だが……。何も感じていなかったのなら、奴は完全な部外者だ。胸を張って前を向け。……俺の心すら動かしたお前の魅力を、お前自身が自覚せずしてどうする」
淡々とした声の中に、隠しきれない熱が籠もっている。その言葉に、陽葵は一瞬呆気にとられた。
「……だって。だって私は……」
否定しようとするけれど、言葉が出てこない。王女は今でも愛らしく、誰もが守りたくなる儚さを持ち合わせている。そう主張したいのに、樹が腕に込めた力の強さが、何よりも雄弁に伝えてくる。彼が守りたいと思っているのは、ここにいる陽葵だけなのだと。
「……なんかさ、アタシは何となく分かったよ」
何も言えない陽葵の耳に、親友の言葉が届く。
「陽葵は自分に自信がないだけじゃなくて、昔のことが忘れられてないんだね。アンタにとってはまだ、それは終わったことじゃないんだ。あの子が皆から愛されて、尊敬されていたことを、アンタは昨日のことみたいに覚えてる。だから余計に、自分が惨めに思えるんだろうけど……でもね、陽葵。今のあの子は違うんだよ。もしかしたら、樹を愛してから変わってしまったのかもしれないけど。どちらにしても、アンタが見ていたのはあの子の表面だけだ。……本当は、アンタも分かっているんじゃない?」
そう言われて、陽葵は静かに涙を流した。夏穂の言うとおりだ。勇者の心が欲しくて、自分を殺したその人の表情を見た、その時に。彼女は全てを理解した。それでも受け入れられなかった。なぜなら、その人は。自分が心の底から憧れていた、大好きな人だったから。




