お出かけ(中編)
「……確かに、姉さんに言っていないことはあります」
玲央が掠れた声で言う。千秋はその言葉を聞いて目を細めた。
「それは、どうしても言えないことか?」
その問いに俯いて、黙り込んだ彼を見ながら。樹はそれまでよりも低い声で口を挟んだ。
「……そうですね。だって、前世のことなんて話されても、お姉さんも困るでしょう?」
「なわけねーだろ。むしろ納得するよ。アタシがどれだけ、玲央を見てきたと思ってるんだ」
彼から投げかけられた問いかけに、彼女は真顔で即答する。姉の答えを聞いた玲央は、目を見開いて顔を上げた。そんな弟に、姉は呆れ顔で告げる。
「……ったく、お前は本当にバカだよな。取り繕えてると思ってたのか? 父さんも母さんも、お前が他の子供と違うことは分かってたよ。その上で黙って見守ってくれてたんだ。お前が自分から話さないうちは、無理に聞き出すのは止めようってな」
彼女の言葉に、玲央は何も言えなくなって、樹は遠くを見るような目をする。生まれた時から前世のことを覚えているということは、良いことばかりではない。彼はそのことを、よく知っていた。
(僕もそうだ。東京からこっちに越してきたのは、陽葵に会いたかったというのもあるけど……両親と関わるのが、面倒になったからでもある。それで言えば、玲央の家は……どちらかというと、恵まれている方なんだろうな)
耳の奥で声がする。気味が悪いと母親が泣き、恐ろしいと父親が溢す。昼は遠巻きにされ、夜はあの日の夢を見る実家は、樹にとって地獄のような場所だった。
(……まあ、それも当然か。普通の人間には、前世の記憶なんてないんだから)
彼は目を閉じて、過去の記憶を追い払う。陽葵と再び出会えた今は、それすらどうでもいいことだ。ゆっくりと目を開き、かつての宿敵を見据えた上で。樹は穏やかに微笑んだ。
「そうだね。話したければ話せばいい。僕が邪魔だというのなら、少しの間離れておくよ」
「……いや、その必要はない」
玲央がようやく口を開く。彼は姉を見据えて続けた。
「姉さん。前世の俺は、人間ではなかったんです。人のことを知ろうとも思わなかったし、人になる気もなかった。でも今はそうではない。俺は人間として生きると決めた。……もう、前世に拘る気もない。その記憶は捨てられなくても、抱えたまま今の俺自身を大切にすると……そう、決意したんです。だから昔の話はしません。もう終わったことですから」
力強い声で伝えられた言葉を聞いて、千秋は深々とため息をつく。
「……分かったよ。お前がそこまで言うんなら、この話はここまでだ。本当に、お前はいつまで経っても不器用で、手がかかるっつーか……」
そう言いながら、彼女は弟に手を伸ばしてその頭をワシャワシャと撫でる。玲央は驚いたような顔をしたが、抵抗せず、されるがままになっていた。そんな2人に、樹は物言いたげな視線を向ける。




