玲央の家での勉強会(中編)
「おい玲央、客が来たぞ」
千秋がドアを勢いよく開けて声をかける。部屋の中で座っていた玲央は、その声を聞いて振り返った。
「……よく来たな、陽葵」
彼が表情を和らげる。陽葵は少し困ったような顔で、彼の真向かいに荷物を下ろした。
「えっと、その……」
「なあ玲央。渚から聞いたけど、なんかややこしいことになってんだって? ちょっと面貸しな。アンタの話も聞いときたいから」
彼女の後ろに立ったままの千秋が、真剣な顔で手招きする。玲央は舌打ちして立ち上がった。そして彼は、姉に連れられて奥に引っ込む。残された陽葵は、不安そうな表情で彼が去った方向を見つめた。その肩を、夏穂がつつく。
「ほら、まだ宿題が終わってないの、アンタだけでしょ。ちゃっちゃとやっちゃいなさいよ」
「そうよ陽葵。来間くんのことは、ちーちゃんに任せておけばいいわ」
姉からも背中を押されて、陽葵は戸惑いながらも参考書を取り出す。隣に座った樹が、満面の笑みを彼女に向けた。
「分からないところがあったら、いつでも聞いてね」
その言葉に、彼女は苦笑を浮かべてペンを握る。妹の視線が問題集に移ったことを確認して、渚はそっと席を立った。
(ちーちゃんのことだから、きっと弟くんとも喧嘩してるんでしょうね)
その思考を裏付けるように、庭の方から物が崩れる音が聞こえてくる。千秋は勝手知ったる幼馴染の家で、台所の棚を開けて救急箱を取り出した。そして彼女はそれを持って、靴を履き直して庭の方に回る。その目の前を、姉に殴られて吹き飛ばされた玲央が横切った。彼は庭木に突っ込んで止まる。そこに、千秋がゆっくりと歩み寄った。
「なあ玲央。テメェまさか、腑抜けてんじゃねえだろうな」
「……そんなことは、ありません」
玲央が素早く起き上がると同時に、握った拳を思いっきり振り抜く。千秋は間一髪でそれを避けた。
「俺はあの男に勝ちたいだけです」
「本当にそれだけか? アタシを誤魔化せると思うなよ。御門って奴に勝つためとか、そういうこと抜きで。お前自身は、あの子のことをどう思ってる?」
「……それは」
玲央の表情が曇る。その瞬間を、千秋は見逃さなかった。鋭いストレートでもう1度弟をふっ飛ばして、彼女は低い声で告げる。
「別にアタシは、お前の事情に口を挟む気はない。だけど忠告はしといてやる。そのままじゃ、お前は一生勝てねえぞ。まずは自分の気持ちを自覚しろ。勝負の土俵にも立ってねえのに、勝ちてえとか吐かしてんじゃねえ」




