約束と猶予
そうして陽葵は夏穂と共に、6時間目が終わる頃に教室に戻った。帰る前の掃除をしている途中で、理仁が物言いたげな目をして見てくる。陽葵はそれに笑顔を返した。彼はすぐに目線を逸らして、机を運ぶ作業に戻る。他の生徒たちは相変わらず、彼女と関わらないように動いていた。少し気まずい空気のまま、掃除と帰りのホームルームが終わって、生徒たちがだんだんと席を立っていく。けれど陽葵は席を立たず、座った状態で待っていた。しばらくして、教室の扉が外から開けられて、そこから玲央が顔を出す。彼は陽葵を見つけて、ニヤリと笑った。
「……ここにいたか」
陽葵は彼の目を見返す。近づいてくる彼と、微動だにしない彼女。その間に、夏穂が割り込む前に。教室に残っていたもう1人の生徒が、彼に向かって声をかけた。
「玲央。譲たちはどうしたの?」
「奴らには校門を見張らせている。この女が逃げぬようにな。……どうやら、それは不要だったようだが」
玲央は足を止めない。それを見て、理仁は目を細めた。
「僕が口を挟むことじゃないかもだけど」
理仁が立ち上がり、玲央に向かって歩み寄る。彼はそのまま、玲央の腕を掴んだ。
「そもそもの始まりは俺だ。見過ごせないなら、関わるしかない」
玲央が止まる。彼は理仁に掴まれた腕を見つめた。
「……お前もか。全く、どうしてこう、邪魔者が多いのか……」
「君の普段の行いが悪すぎるからじゃないかな?」
教室の反対側にある扉が開く。その向こうには、樹がいた。夏穂が心配そうに陽葵を見る。
「……ちょっと陽葵。アンタ、ここからどうすんのよ」
「大丈夫。言いたいことは纏まってるから」
小声で会話して、陽葵はゆっくりと深呼吸をする。心を落ち着けて、彼女は口を開いた。
「……あのね、私は……」
前を見ると、玲央と目が合う。背後から、樹の視線も感じる。どう考えても逃げられない、そんな状況で。彼女は胸に手を置いて告げた。
「私は誰かを愛するっていうことが、幸せなことだって信じてた。だけど私は、アルトを愛してたイザベラ様に殺されたから。……もう、純粋な気持ちで居続けることはできない。だから、3年後まで待ってほしいの。3年後の卒業式の日に、私なりの答えを出すから」
王女に殺された記憶は、今でも彼女の心に残る傷だ。けれど同時に、それは彼女が主張できる唯一の強みでもある。樹がバツの悪そうな顔をして目を伏せた。彼女を守れなかった彼には、その言葉を受け入れるしかない。そして。
「…………そういうものか。人間というものは分からんな」
玲央はしばらく考えた末に、どこか達観したような様子で言った。彼女の痛みが本当の意味で理解できていない彼には、その言葉に反論するだけの材料はない。
(……なんつーか、陽葵ってホント、意外な所で強いよな……)
そして、そんな2人を見て。夏穂は心の中で舌を巻いた。




