逃亡(後編)
先生に連れられて、少年たちが去った後で。陽葵はようやく、落ち着くことができた。
「ねえ夏穂。私はどうしたらいいのかな」
友人は何も答えない。陽葵も心の中では理解していた。これは彼女の問題だと。
(……好きって何だろう)
人を愛することは幸せなことだと信じていた。いつか、本当に愛する人と結婚して。生まれた子供のことも愛して、幸福な家庭を築くのだと。けれど。
(王女様は、アルトのことが好きだった。本当に、心の底から。だから私を……)
今も彼女の心から離れない、赤く染まった視界に映る銀色の刃。それを持つのは、国民の憧れだったはずの乙女。そう。彼女自身も、その少女に憧れていた。幼馴染と並び立つ姿を、少し寂しく思いながらも祝福していた。
(私はあの人のことを、邪魔する気なんてなかったのに。それとも、アルトと会い続けていたことが悪いことだったの? でも、だからって、彼を拒絶したくはなかった。……それって矛盾することだったのかな)
どうすれば良かったのか、今でも彼女には分からない。分からないまま、樹の手を取ることはできそうもなくて。
(……それなら、いっそ来間くんを頼る?)
それはとても簡単な逃げ道だ。樹や夏穂が、たとえ許さなくとも。玲央には力があるのだから。
(でも、そんな理由で頼ってきた私のこと、彼はどう思うんだろう)
玲央は気まぐれな男だ。少し付き合っただけでもそれは分かる。いつ気が変わるか分からないのに、頼り切るのは危険な気がして。陽葵はどちらも選べそうになかった。
(……だったら、私は……)
結局のところ、彼女にできることはそれほど多くない。それでも。
(……よし!)
自分に気合を入れて、陽葵は真っ直ぐ前を向く。やることは決まった。樹と玲央に自分の意見を伝えて、分かってもらう。それがどれだけ困難なことでも。
(私は1人で立てるようになる。誰かに守ってもらうんじゃなくて、私の手で私自身を守るんだ)
心が定まると、体の震えも治まった。どこかスッキリしたような表情になった彼女を見て、夏穂はようやく安心できた。
(良かった。陽葵、少し元気になれたみたい)
勇者には恩も義理もある。それでも彼女は陽葵だけの味方だった。それは彼女自身の意思でもあったが、何よりも。
(なあ樹。お前だって、こっちの方が好きだろう?)
どんなに執着していても、暗い感情を抱いていても。それでも彼女の幸せを願って手を離すことができる彼のことを、仲間として信じているから。夏穂は迷いなく、その道を選ぶことができた。




