入学式(後編)
「……え?」
友人の言葉を耳にして、陽葵は心底驚いた。
「アルトが私の、後を追った……? なんで。どうして。だってアルトは、国を救った英雄なのに」
「んー……そりゃあまあ、アイツが本当に救いたかったのは、そんな大きなものじゃないからね。君と君が生きる世界。それだけだよ。シンプルでしょ? だから英雄扱いなんて柄じゃないっていつも言ってたし、お姫様との婚約について聞かされた時はすっごく怒ってた。オレたちだって、王様のやり方にはかなりイラッとしたよ。聖女のセラと勇者のアルトだけ特別視して、他はどうでもいいって感じだったから。オレなんて、前科をチャラにしてやるんだからって、報奨金すら貰えなかったんだよ。ふざけんなって話。盗賊ってのは職業名で、オレは人から物を盗んだことなんて1回もないってーの! つうかそのくらい、調べりゃすぐにわかんだろ!」
途中から、夏穂の語尾がキツくなる。周囲にいた生徒たちがザワザワとし始めて、陽葵は慌てて彼女の口を手で塞いだ。
「ま、待って待って。こんな所で、大きな声で話さないでよ。メルヴィンくんの気持ちは分かったから」
夏穂が不満げに口を閉じる。陽葵はその背を押しながら、教室に向かって歩いていった。途中で予鈴が鳴って、2人は顔を見合わせて走り出す。どうにか本鈴の前に教室に滑りこみ、自分の机の上に鞄を置いて、陽葵はようやく一息つく。
(ふう……なんとか式には間に合ったけど、問題はこれからよね。メルヴィンくんのこと、どうしよう……)
小中と同じクラスだった彼女は、高校でも当然のように一緒だった。佐藤と東雲で、出席番号も近い。そうなると当然、入学直後の席も近くなる。
(……明らかに意識されてるし。私は夏穂ちゃんとは仲良しだったけど、メルヴィンくんのことはよく知らないのよね)
右斜め前にいる彼女が、笑顔で手を振ってくる。陽葵は苦笑を浮かべて、手を振り返した。彼に偏見を持っていたのは、何も王様だけではない。
(正直、私もちょっと警戒してたし……)
職業が盗賊だと聞けば、大抵の人間はそうするだろう。けれどアルトゥールだけは別だった。彼はメルヴィンだけでなく、パーティーにいた仲間たち全員を信頼し、背中を預けて戦っていた。その結束と絆は、幼馴染だったはずのアイルーズすら、容易に踏み込むことができなくて。
(メルヴィンくんもそうだけど、パーティーにいた人たちは皆、アルトのことが好きだったんだろうな。……私が死んで、アルトが後を追った時。あの人たちは、どう思ったんだろう)
本鈴がなって、担任の教師が部屋に入ってくる。彼は生徒たちに資料を配って、入学式の説明をした。その説明を、聞くともなしに聞きながら。陽葵はずっと、昔のことを思い返していた。