体育祭・昼(中編)
「……樹くん」
陽葵は握られた手を見つめて、震える声で呟いた。
「でも、私はあなたの隣に並べるほどの女の子じゃないから。……ごめんなさい」
そう言って、彼女は手を引こうとする。けれど樹の力は強く、振りほどくことができなくて。困ったような顔で彼を見た彼女は、彼の表情を目にして固まった。
「……あのね」
彼は笑顔だが、その瞳は全く笑っていない。
「僕が僕の隣に並ぶことを許す女の子は、君だけだ。旅の間の仲間でも、それだけは譲らなかった。僕が許しているんだから、他人がどう思おうと関係ない。君には、その資格があるんだよ」
強い口調で、彼が断じる。陽葵は何も言えなかった。そんな2人の間に、夏穂がため息をつきながら割り込む。
「はいはい、そこまで。ここは目立つから、校庭の隅に移動しよ。もうすぐお昼休みだし、詳しい話はお弁当を食べながら。……ね?」
「……仕方ないな」
樹が不満そうに手を離す。夏穂は動けなくなっている陽葵を無理やり引きずって、その場から離れた。
「……あの、ごめん、夏穂。私ビックリして……」
そして、更衣室に置いてあるお弁当を取りに行く途中に。陽葵は小声で彼女に話しかける。彼女は陽葵の方を見て、朗らかな笑みを浮かべた。
「いいよ。アイツにあんなに言われたの、初めてなんでしょ?」
そうして。彼女は過去を懐かしむように、穏やかな声音で続けた。
「……アイツは昔から、誰に対しても優しいけど。旅の仲間でも、相手が女性なら、必要以上に近づかなかった。一度だけ、女が嫌いなのかって聞いたことがあるんだ。そうしたら、『そうじゃないよ。これは僕の誠意なんだ。僕には心に決めた子がいる。その子に勘違いされるようなことだけはしたくないから、女の子とは意図して距離を取っているんだ』なんて言ってた。……分かるよな。きっとあの時、アイツはアンタを想ってたんだ」
更衣室の扉を開けて、中に入る。他に人は居ない。まだ、昼休みには少し早いからだ。
「だからさ、オレも。アンタがアイツに相応しくないなんて話には、同意できない。アイツが待ってるのはアンタだけだし、それに」
話しながら壁際に移動した夏穂が、自分のロッカーから弁当箱を取り出して掴む。そして彼女は振り返り、強い意志の籠もった視線で陽葵を射抜いた。
「陽葵はアイツには勿体ないくらい、優しくて可愛い女の子だよ。アンタの親友をずっと続けてきたアタシが保証する。だから胸を張っていい。アイツの想いに答えるかどうかは、アンタ自身がどう思うかで決めればいいんだ。他の人間の意見なんて、聞く必要はないからね」




