体育祭の前に
その日の6時間目は、体育祭の出場者を決めるために使われた。陽葵たちのクラスでは、それは大きな揉め事も無く進んでいく。変化があったのは、樹のクラスの方だった。
「ねえあの子、玲央くんでしょ……?」
「嘘。何でここにいるわけ? だって玲央くんって、小学生の頃から学校行事にも不参加で……」
ひそひそと。目の前で交わされる噂話を、聞くともなしに聞きながら。その女生徒は、夢見るような目をしていた。
(ああ。相変わらず、お美しい……)
彼女の視線の先には、常に樹がいる。この学校で、彼を見かけた瞬間に。彼女は前世の記憶を取り戻した。
(私、失敗してしまいましたわ)
取るに足りない村娘を殺すことは、思ったよりも容易かった。そこで満足して、しばらくその場に留まってしまったのは彼女のミスだ。すぐにそこから離れていれば、彼に見咎められることはなかっただろうと。彼女はそんな事を考えて、憂い顔でため息をついた。
(……次はもっとうまくやります。あの人の目を盗んで、犯人が私だと分からないように。……そうね、今度は……人を使うことも、考えておきましょうか)
眼前で。2人の男が、まるで競い合うかのように別々の競技を選んで参加する。彼女は片方の男のことは知らない。けれど。
(あの方と対立しているのなら、もしかしたら私の味方になってくれるかもしれません。とにかく1度、ゆっくりとお話しなくては)
彼女は神の国に未練など無い。そこに彼が居ないのなら、転生して良かったとすら思っている。そんな彼女の眼の前で。発言し終わって席に着く直前に、樹が一瞬だけ彼女の方を見た。冷たい、刺すような視線。
(警戒されていますわね。仕方がありませんけれど)
彼女は……元王女で現在は女子高生である王生姫依は、笑ってそれを受け流した。樹の表情が険しくなる。
(ああ……やっぱり素敵。怖い顔をしていても、この世の誰より美しいなんて)
姫依は全く動じない。転生前からそうだった。彼にどんなに邪険にされても、彼女はそれすら嬉しく思える。
(ねえ、アルトゥール様。あんな小娘のことなんて、すぐに忘れさせてあげますわ。だからあなたは、私と一緒になってくださいね)
前向きで自信家。強欲で独善的。変わらない彼女の姿を見て、樹は覚悟を新たにした。
(あの女は以前と同じだ。質が悪い。……やっぱり、陽葵には僕が付いていないと……約束したんだ。僕が必ず、守るって)
彼女が彼に向ける執着は、彼が幼馴染に向ける感情と同じだ。誰よりも、彼には彼女の気持ちが分かる。そして、だからこそ。彼女とは決して相容れないと、彼は確信していた。




