入学式(中編)
「おはよう陽葵。ご飯できてるわよ」
「……はあい」
リビングに入ると、エプロンを付けた母親が笑って出迎えてくれた。トーストとベーコンと目玉焼きのセットが、テーブルの上に乗っている。
(……平和だ……)
トーストを食べながら、陽葵はしみじみと思った。いや、前世でも平和ではあったのだ。魔族との戦争があったといっても、アイルーズが暮らしていた村は特に巻き込まれなかったし。
(そういえば、アルトはどうしているのかな。私、死んじゃったけど)
転生前は幼馴染からの好意に気づけなかったが、流石に殺されたとなれば少しは自覚できる。もう関係のないことだとしても、自分が死んだ後の幼馴染の悲しみを思うと、陽葵の気持ちは少しだけ沈んだ。とはいえ今の陽葵には、どうすることもできないが。
「……じゃあ行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
ご飯を食べ終えて、母親に挨拶し、カバンを持って外に出る。そして陽葵は自転車に乗って高校に向かった。家から1番近い、中学からの友人も多い学校。その駐輪場で、彼女は後ろから声をかけられた。
「おはよう、陽葵。流石に初日は遅刻しなかったね」
「……おはよう夏穂。急に何なの。初日じゃなくても、私は一度も遅刻したことなんてないけど」
振り返った先に居たのは、幼稚園の頃から一緒にいた親友だ。彼女は意味深な笑みを浮かべて話を続ける。
「え〜? でもさあ、アイツから聞いてるよ?凱旋記念のパーティーで、1番に会いたくて呼んだのに、昼まで会場に来なかったって」
「あれは馬車が遅れたからで……って、ちょっと待って。なんであなたが知ってるの?」
ウッカリ話に乗りかけて、陽葵は気づく。それは前世の出来事だ。夏穂が知るはずもないこと。
「うん? そうだねえ、何でだと思う?」
ニコニコと笑う彼女の顔は、見慣れているはずなのにどことなく雰囲気が違う。その表情が、転生前に幼馴染の横にいた年下の友人と重なって。
「……もしかして、アルトの友達のメルヴィンくん……?」
陽葵が思い浮かんだ名前を口に出すと、夏穂は楽しそうに笑いながら頷いた。
「そうだよ~。久しぶりだね、お嬢さん。その様子だと、アルトにはまだ会ってないのかな?」
「……あ、会ってないも何も、アルトはここには居ないんじゃ……」
そう言いながらも、陽葵は嫌な予感がしていた。その予感は、夏穂の次の言葉で確信に変わる。彼女は目を細めて、真面目な口調で告げた。
「そうか。お嬢さんは、知らないのか。君が死んだ後に、アルトも後を追ったんだよ。だからオレたちも、エイミーに頼んでこっちに来たんだ。お嬢さんとアルトを、今度こそ幸せにするために」