魔王と勇者と村娘(前編)
目の前のやり取りを横目に、玲央はパンを食べ終えて陽葵を見つめた。最初は人並みに怯えていた彼女も、今ではすっかり落ち着いて、笑顔で弁当を食べている。
「……陽葵といったか。貴様は何故死んだ? 勇者に守られていたのではないのか」
そう、彼が言った瞬間に。樹は笑みを浮かべたまま凍りついて、夏穂は彼に鋭い視線を向けた。そして陽葵は箸を動かす手を止めて、どこか困ったような、申し訳なさそうな表情になった。
「あれは……アルトは気にしてくれてるけど、私は誰も悪くないと思ってる。私みたいな平凡な子が、アルトに相応しくないって言われるのは当たり前だし。殺されたことには驚いたけど……」
「何言ってんの」
冷たい声で、夏穂が口を挟んでくる。
「どんな理由があっても、人が人を殺すことは良くないことだ。セラも言ってたよ。私欲で人を殺した者は、神の国には行けないんだって。あの王女様は、それだけのことをしたんだ」
刺すような言葉に、樹が目を伏せる。彼は陽葵の腹に腕を回して、しがみついた。
「……ああ。メルの言うとおりだ。それにね、陽葵……たとえ君が許しても、僕は絶対に許さないよ」
ドロリとした感情の籠もった声。陽葵はそれに、ますます困った顔をする。玲央は特に感じ入った様子もなく、彼らの話を聞いていた。よくあることだ。人間は、時に魔族よりも醜悪になる。
(……だが)
改めて、彼は陽葵を観察する。気を取り直して食事を再開した彼女は、自分が殺されたことについては本当に、何も気にしていないようだった。
(いかにも騙されやすそうだ。……しかし、それなら何故、あの勇者が未だに手に入れられていないのか……)
樹は別に、誠実なだけの男ではない。必要なら嘘もつけるし、相手によって接し方を変えることもある。その彼が、彼女の前では偽らず、本性を曝け出している。
(自分を偽る余裕もないほど、この女に入れ込んでいるのか……。それともこの女が、そう言った嘘だけは見抜くのか。前者なら簡単に手に入れられそうだが、後者だと少し厄介だな)
玲央は今朝の出来事を思い返して目を細めた。会ったばかりで、ろくに話もしていないのに、彼の本質を見抜いた陽葵を。
(……まあ、そうでなくては面白くない)
薄く笑って、彼は正面に座る少女を見続ける。少女は弁当を食べ終えて、深いため息をついた。
「……あの、ところで魔王さん。さっきから私を見てますけど……私の顔に、何か付いているんですか?」
「いや? ただ、面白いと思っていただけだ。何しろ我が知る中で、勇者がそこまで露骨に甘える相手は居なかったからな」
玲央はそう言ってニヤリと笑う。陽葵は複雑な顔で、自分に抱きついている樹の頭に手を置いた。




