入学式(前編)
「あなたが悪いのよ」
ドレスを着た女性が、ナイフを握ってそう言った。
「あなたがいるから、あの人は私を見てくれないの」
「……え? ええと、あの、何の話でしょうか……?」
アイルーズは、彼女の言葉を理解できなかった。彼女は王の1人娘だ。優しくて美しい、国民の憧れの的だったはずなのに。どうしてこんな小さな村に来て、無力な少女を殺すのか。
(……分からない。私は何か、悪いことをしたのかしら)
思い当たるのは1つだけ。毎日会いに来てくれる幼馴染の男の子と、他愛もない話をしていたこと。それがどうして、殺されるほどの罪になるのか。彼女は最期まで、理解できなかった。
――――
ジリリリと、目覚まし時計のベルがなる。寝ぼけ眼でそれを止めて、少女はゆっくりと起き上がった。
「……すっっっごい複雑……」
刺されたはずのお腹を撫でながら、彼女は呻く。今は特に痛くもないし、血も流れていないし、傷跡すらない。けれど、その時のことは鮮明に思い出せる。痛み。驚き。苦しみ。疑問。そして恐怖。
「夢占いで検索とか……しても意味ないよね」
何故なら、それは前世の記憶だからだ。彼女は部屋の棚に並んでいる本の背表紙に視線を向けて、ため息をつく。
「どうせなら、異世界に転生したかったな。異世界からこっちに転生してきた上に、転生前も単なる村娘で、ゲームではチュートリアルにしか出てこないような役だなんて……。一応、勇者様には好かれてたみたいだけど、それでもちょっとあんまりじゃない?」
思い返す。昨日までは普通だった。一般的な家庭に生まれて、平凡な幼少期を過ごして、皆と同じ学校に行く。そんな何気ない生活をしていた、はずだ。
「私は佐藤陽葵。お父さんは会社員で、お母さんは主婦。大学生のお姉ちゃんがいて、今日は高校の入学式。……うん、大丈夫。ちゃんと覚えてる」
声に出して確認し、顔を洗いに洗面所に行く。そこで彼女は、鏡を見ながら呟いた。
「……顔は変わってる、よね?」
自分の手で触れてみるが、イマイチ実感が湧かない。そもそも転生前も今も、顔のことで何か言われていた記憶はない。村の人や勇者、家族たちからも可愛いと褒められたことはあるが、それは身内の欲目のようなものなのでノーカウントである。
「まあいいか。勇者様も王女様も、ここには居ないし」
結局彼女は、今の交友関係を思い返してそう結論づけた。これから先、彼らを見かけたとしても。もう何の関係もなくなったのだから、関わらなければいいだけだ。
「今回は、絶対! 平和に生きて、穏やかに死んでやるんだから! 目指せ大往生!」
そう決意して、彼女は顔を洗い終え、カバンを持って階下に足を向けた。