Bクラス
「こら陽葵。アンタが流されてどうすんのよ」
寄り添い合ったまま立ち止まっている2人に向かって、横合いから声がかけられる。陽葵は慌てて樹を押しやり、声がした方に視線を向けた。
「ご、ごめん夏穂……じゃなかった、メルヴィンくん」
そこには陽葵の親友であり、今は樹の悪友でもある女生徒がいた。彼女は不満そうな顔をした樹を横目に見ながら話を続ける。
「別にどっちでも、陽葵の呼びやすい方でいいけど。学校で前世の名前を口に出すと変な目で見られそうだし、気軽に夏穂って呼んでね」
「じゃあ僕も! 樹って呼んで?」
夏穂の話に、樹が勢いよく口を挟む。夏穂は彼をジト目で睨んだが、彼は全く気にしなかった。陽葵が苦笑を浮かべて、夏穂と共に自転車を押しながら歩きだす。
「……うん、ありがとう夏穂。それに樹くんも。……それと、ごめんなさい。私はまだ、あなたと並んで歩けない。自分に自信がないから……」
樹が捨てられた子犬のような表情になる。彼は2人に着いていきかけた足を止めて、無理やり笑みを作った。
「……そう。陽葵がそこまで言うのなら、仕方ないね。今日のところはここまでにしよう。でも、何か困ったことがあったら……いつでもここに、連絡して」
彼はそう言って、小さな長方形の紙を陽葵に渡して去っていった。残された陽葵は、夏穂と一緒に手元の紙を覗き込む。そこには流麗な筆跡で、樹の名前と090から始まる携帯の番号、そしてメールアドレスまで書き込まれていた。
「うわ。アイツ、とんでもないもん渡してきたな。悪用とか、考えてないの?」
夏穂が顔をしかめて呟く。陽葵は紙を見つめてしばらく悩んだ後に、自分のスマホを取り出して携帯の番号だけを登録した。どこか嬉しそうな、照れくさそうな表情で自分のスマホを見つめる陽葵に、夏穂は少し複雑な気分で話しかける。
「……そろそろ行こっか。ここで止まってて遅刻とか、洒落にならないし」
彼女の言葉に頷いて、陽葵は貰った紙をカバンのポケットに入れる。そして2人は自転車を駐輪場に停めて、教室に向かう階段を上った。朝の1件で、陽葵は周囲にいる生徒から遠巻きに見守られている。特に女生徒の1部は出会った途端に、強い敵意の籠もった視線を向けてきた。
「……こんな調子じゃ、友達なんてできないね」
「別にいいでしょ。陽葵にはアタシがいるし。それに悪いのは、あんな目立つところで騒ぎを起こしたアイツなんだから。今度会ったら、ガツンと言ってやろ」
寂しそうに肩を落とす陽葵の背を軽く叩いて、夏穂は殊更明るい口調で言う。そして彼女は斜め前の席に座り、先生が教室に入ってくるまで、椅子を後ろに向けて陽葵と話し続けた。