お祭り(中編)
オレンジ色の明かりに照らされた道を歩きながら、陽葵が呟く。
「ねえ樹くん、どうしたの。怒ってる?」
「……いや」
樹は彼女の目を見返して微笑んだ。
「怒ってないよ」
「嘘。ちょっと不機嫌になってる。何があったの。私にも言えないこと?」
彼女は真剣な顔をしている。樹がくすぐったそうに笑った。
「君って子は、ホント……」
ため息をついて、彼は陽葵を抱え込む。
「単に嫉妬しただけだよ。玲央と君が、内緒話をしたって知って」
「陽葵も言っていただろう。俺は慰めてやっただけだ。狭量な男は嫌われるぞ」
玲央が呆れ顔で口を挟む。陽葵は苦笑を浮かべた。
「嫌わないよ。……でも、慰めてもらったのは本当。樹くんの力になれなくて、泣いていた時に。玲央くんが助けてくれたの。だけど私、もう泣かないから。安心して」
彼女の言葉に、樹は何も言えなくなった。腕に抱いた少女を、離さないように。彼はそっと力を込める。
「……陽葵」
彼女は困ったような顔で、玲央の方を見た。彼は目を細めて、樹の腕を掴む。
「樹。手を離せ」
「嫌だ」
「……樹くん」
「嫌だ!」
樹は何度も頭を振った。玲央は無理やりその手を剥がして、陽葵を助ける。
「いいかげんにしろ。望みを何でも叶えてきた人間は、これだから……」
苦言を呈しようとした玲央を、陽葵が視線だけで止める。そして彼女は、裏切られたような表情で固まっている樹の手を握った。
「樹くん。今はお祭りを楽しもう? 手を繋いで、歩こうよ。あの頃みたいに、一緒に」
樹が泣きそうな顔になる。陽葵は彼の頭を撫でた。玲央が2人の様子を見て嘆息する。
「お前は本当に、陽葵が相手だと子供のようになるな」
「……悪い?」
樹がジト目で、彼を睨む。玲央は全く意に介さず、言葉を返した。
「そんなことでは、いつまで経っても陽葵が気を揉むぞ」
「君に言われる筋合いはない」
キッパリと言い捨てて、樹は深い息を吐く。そして彼は、穏やかな顔で陽葵を見つめた。
「……だけどまあ、君の言うことも一理ある。勝手に嫉妬して、彼女との時間を嫌な思い出だけで終わらせるのは勿体ない。だから僕は、勝負をしようって言ったんだ。この熱は、そうしなければ晴らせないから」
数歩、足を進めて。彼は射的の屋台の前に立つ。
「さあ陽葵。欲しい物を教えて」
陽葵が大きなクマのぬいぐるみを指差す。樹は店主に金を渡して、コルクを弾にした銃を受け取った。その後に、玲央も代金を支払って銃をもらう。2人は並んで、狙いを定めた。陽葵は少し、後ろに下がる。2人の邪魔にならないように。そして2人は、同時に撃った。