春奈が語る、彼の話(前編)
「ていうかさあ、このままお風呂、入りたいんだけど」
シャワー室から出てきた夏穂が、隣にいた樹に向かって言う。樹はニコニコ笑顔で応えた。
「いいんじゃない? お風呂なら、この向かい側にあるから……君たちが先に入りなよ」
その言葉に、夏穂は陽葵の方を見た。
「……ってことだから、先に行かせてもらいましょ」
「そうだね。ありがとう、樹くん」
陽葵は軽く頭を下げて、夏穂と共に春奈に付いていった。2人の後から、少し距離を開けて渚と千秋も歩いてくる。5人は更衣室を通って、廊下に出た。春奈が出てすぐに目の前の扉を開けて、後ろの4人を招き入れる。
「浴室はこっちだ。着替えやタオルは、梶ヶ原さんに持ってきてもらおう」
扉の先には、先ほど通ったのと同じような更衣室があった。5人は水着を脱いで棚に置き、裸で更衣室の奥にあるガラス戸を開ける。その向こうは、湯気で満たされていた。
「……わあ。お風呂屋さんみたい」
陽葵が感嘆の声を上げる。広い浴槽には温かいお湯が張られていて、壁際には複数本のシャワーが取り付けられていた。
「……こんなに要るか?」
驚きを通り越して、呆れたような声で、千秋が呟く。春奈は苦笑を浮かべていた。
「まあ、特に必要はないですね」
「だよな。アンタらの親父さんたちも、毎日客を呼んでたわけじゃないんだろ?」
「それどころか、あの人たちはこの別荘を使おうともしませんよ。軽井沢や伊豆の方には、しょっちゅう行っているんですが」
「あー……まあ、ここは取り立てて珍しいもんがあるわけでもねえからな。けど、てことは何か? 使いもしねえのに、でけえ屋敷だけ建てたってことか?」
「そういうことです。樹が自力で人を雇って、何とか管理していますが」
渋い顔をしている千秋に向かって、春奈は淡々とした声音で告げた。渚が浴室を見回す。
「……六軒山の頂上に、このお屋敷が出来たのって、確か10年くらい前よね? その頃から、樹くんは陽葵のことを見つけてたの?」
その言葉に、春奈が遠い目をする。
「……そうですね。俺と樹は、1才違いなんですが……。彼は小学生の頃に基本的なことを身に着けて、6年目からはもう、陽葵のことを探させていました」
「馬鹿なの?」
夏穂が半目で声を上げる。
「優秀とか、そういう話じゃないでしょ、もう。アイツ何なの。いくら好きな子に会いたいからって、やり方が極端すぎるんじゃない?」
「まあ、そうだな。俺も同じことを思った」
春奈が目を細めて頷く。彼女は淡白な声で、話を続けた。