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第9話 気の重い誘い

「あの方が、正妃候補の一人、玄武宮のよう 玲蘭れいらん様でございます」


 霜月が耳打ちするように教えてくれた。


 そんな偉い立場の人がこちらに向かってくるというのに、無視して帰るわけにもいかない。


 立ち止まっていると、玲蘭はすぐ目の前までやってきた。


「あら、やっぱりそうだわ。玉琳様じゃありませんか。まぁ、なんてことでしょう。お元気になられつつあるとお噂はお聞きしていましたが、まさか出歩けるほどとは考えてはおりませんでしたわ。玉琳様のことですから、ずっと白虎宮にこもりっきりなのだと思っておりました」


 玲蘭はころころと鈴の音のような声で親しげにはなしかけてくるが、言葉のはしはばしに棘を感じる。


「は、はい。ご心配かけてもうしわけありません」


 庸介は顔ではにこやかに微笑みつつ、龍明メモにあった玲蘭の情報を必死に想い出そとしていた。


(たしか、正妃争いの一番のライバルだったはず。宰相の娘の楊玲蘭)


 玉琳が死んだと世間に思われたとき、いち早く玲蘭を擁する宰相派が強硬に正妃の座を狙おうとしていたと龍明が言っていた。しかも、宰相派は龍明と敵対する立場にある。


(憎々しく思ってんだろうなぁ。あと一歩で、玲蘭が正妃の座を獲得できると思ってたのに、なぜか死んだはずの玉琳が生きかえったんだもんな。そりゃ、恨み言のひとつも言いたくなるか)


 庸介はにっこりと微笑み返す。


「ありがとうございます。龍明様から篤く看病していただけたおかげで、こうして再び玲蘭様とも相まみえることができました」


 嫌味を言われたお返しに、龍明の篤い庇護にあることを滲ませた言葉を返すと、玲蘭の顔からすっと笑みが消えた。


 しかし、それも一瞬で、すぐに穏やかな表情に戻る。


「龍明様は次期天子様となられる神にも等しきお方ですから。龍明様の奇蹟をお受けになられたというのなら、玉琳様がお元気になられたのも当然のこと。そうだわ」


 玲蘭はいま思いついたとばかりに胸元で両手をあわせた。


「今度、玉琳様をお招きしてお茶会を開こうと思うのですが、いかがかしら。もちろん、桃華とうか様と香蓮かれん様もお呼びしましょう」


 おう 桃華と、りゅう 香蓮。ともに、正妃候補たちだ。


「玉琳様はお体が弱くていらっしゃるから、なかなか四姫があつまってのお茶会はできませんでしたものね。桃華様と香蓮様もお喜びになるにちがいないわ」


 にこやかに、だが有無を言わせぬ口調で玲蘭は提案してくる。


(こういうとき玉琳だったらどう返したんだろう)


 龍明からは玉琳の口調などは教えてもらったが、性格についてはおしとやかで穏やかな性格としか聞いていない。


 一旦、断った方が玉琳らしいのだろうか。でも、他の正妃候補たちを見てみたい気持ちもある。実際、会って話すことで得られる情報は多いからだ。


「そうなぁ……」


 思わず考え込むときの癖で腕組みしてしまい、玲蘭はおろか、杏梨や霜月からも怪訝そうな目を向けられてしまった。


(まずいまずい、つい玉琳のふりがおろそかになってた)


 すぐに腕を解いて誤魔化すために、朗らかに微笑む。


「そうですね。ありがとうございます。楽しみにしておりますね」


 あっさり承諾の返事をしたからだろうか。玲蘭は、一瞬ぽかんとしたあと、


「そ、そうね。私も楽しみにしておりますわ。それでは、またお茶会のときに」


 そう言い残すと、ひらりと裾を翻して、来たときと同じように沢山の女官を引き連れ戻っていった。


 その一行を見送ったあと、庸介も白虎宮の方へと戻り始めると、道すがら杏梨が心配そうに尋ねてくる。


「よろしかったんですか? 私、玉琳様はまた今回も欠席なさるのかと思っていました」


 やはり、いままでは断っていたようだ。


「うーん。たまには、いいかなって思ったから」


「それもそうですね。そうと決まったら、準備万全にしなきゃいけないですものねっ。女官長にもすぐに伝えますっ」


 杏梨は妙に意気込み熱く、拳を握って語りだす。


「え、えと……お茶会、だよね? 四人でお茶を飲むだけだよね?」


「四姫が集まるとなれば、公式行事みたいなものです。それぞれの宮、ひいては四姫たちの優劣がそこで決まることもあるんですよっ」


(えー、そんな大事な会だったのか!? まだ、早かったかなぁ)


 急に不安になってきたが、参加すると伝えてしまったので今さら取り消せば心象がますます悪くなることだろう。


 当日、ぼろが出ないように頑張るしかないなぁと思い直したときだった。


 ギャーギャーという甲高い声が耳に届く。人間の声ではない、鳥の声だとすぐにわかった。


 声のする方向に視線を向けると、鳳凰殿の方から二羽の鳥が絡み合うように飛んできて真上を通り過ぎ、壁の向こうに消えていった。一羽は大きく、もう一羽はそれよりこぶりな鳥だった。大きい方が小さい方を狩ろうとしてたようにも見えた。


 さらに、壁の向こうではバタバタともみ合う音とギャーギャーと騒ぐ鳥の声が聞こえてくる。


「行ってみましょう!」


 防衛大の寮に入るまで、実家でコザクラインコを飼っていたことがある。ついそのインコのことを思い出して気になったのだ。


 裾がひらひらとして邪魔で走りにくい。裾を手で捲し上げると、幾分走りやすくなった。走ると言っても玉琳の身体を気遣って、ほんの小走り程度なのだが、それでもすぐに息が上がってくる。


「あ、玉琳様! お待ちください!」


 杏梨と霜月も慌ててついて来る。


 壁をぐるっとつたって門から入ると、そこは女官たちが洗濯などに使う場所だった。井戸を中心に、洗濯紐が張られ、シーツ類や服などが風にはためいている。


 鳥たちはその端でいまもバタバタと暴れており、女官たちは作業の手を止めて恐々とその様子を見守っていた。


 白虎宮では見た記憶のない女官たちの姿も多い。共用スペースなのだろう。


 庸介が鳥たちに近づくと、大きな鳥の方は庸介を警戒したのか一声鋭く鳴いたあと飛び去っていった。残された小さい鳥の方に近づく。


 鳩より一回り小さいくらいの大きさの黒い鳥がぐったりと地面に横たわっていた。まだ息はあるが、鉤爪にやられたのだろう、背中辺りがぬらぬらと濡れている。傍にしゃがみ込んで指で触れると、赤い血がついた。


「玉琳様! いけません! 穢れてしまいます!」


 追いついてきた杏梨が血相を変えて叫ぶが、気にせず庸介は霜月に尋ねる。


「何か布とかもってないかな。この鳥、まだ息がある。手当すれば助かるかもしれない」


 霜月もまさか助けるとは思っていなかったのだろう。驚いたように目を丸くしたが、咎めることもなく胸元からすっと一枚の手巾を取り出すと渡してくれた。


「これでよろしいでしょうか」

「おお、さんきゅっ」

「さん?」

「ああ、えと、ありがとうございます、霜月」


 焦るとつい地の言葉が出てしまう。なんとか玉琳風の微笑とともに言い直した。


 さっそく手ぬぐいで鳥をそっと抱き上げる。


「……もしかして、持って帰るおつもりですか?」


 庸介が抱き上げた鳥を恐々眺めながら杏梨が聞いてくる。


「もちろん、そのつもりだけど。杏梨、あとで医局にいって傷に効く薬をもらって来てもらえないかしら」

「は、はい……」


 それ以上何を言っても無駄だと思ったのだろう。杏梨はしゅんとうなだれた。


 お茶会の案内状が届いたのはその翌日のことだった。

 開催は二週間後。それまでに最低限の作法は身に着けておかなければならなさそうだ。

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